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1805年/秋

実験≪リンス≫

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「やっぱ風呂だよなー」
 湯に乳を浮かべているバカ先輩は放っておいて、俺は急いで髪を洗っていた。
「なあ、臭くないか?」
「うん、スッパイ臭いする」
 二人は、俺を見た。
「ちょっと、実験するんで」
 俺は、髪についた石鹸を流した。
 リンスを酢で代用できないか、と思いついたので、確かめてみようと考えていた。
 髪が滑らかになると分かれば、傷痕を気にしてか風呂に来ないハンナも、固い髪質が改善される、と来てくれるようになるかもしれない。
 本当は、隣で洗っているナレッツ先輩のような長い髪の方が、効果がわかりやすいと思うのだが、先輩を生贄(いやいや)実験台にするわけにもいかない。
 食堂の調理場からもらってきたコップに入った酢を、手桶のお湯に加えて、手でかき混ぜた。
 先輩二人が、カワイソウな子を見る目で、ヒソヒソと話し合っているのが聞こえる。
 どのくらいが適量なのか、見当もつかない。
 思い切って、酢入りのお湯を頭からかぶった。
 ちょっと目にしみる。
 お湯ですすぐと、
「おおおおー」
 髪に、指が引っかからない。
 指通りがいいぞ。
 この感動と実験成果を伝える前に、先輩二人が口を開いた。
「すっぱい」
「スッパイ」
 え?
 うん、頭が酢臭い。
「いや! でも! 髪が滑らかだぞ!」
「すっぱい!」
「スッパイ!」
 リン酢を勧めるが、ナレッツ先輩どころか、バカ先輩にまで、断られた。

 失意の中、部屋に戻った俺に、ハンナの言葉が止めを刺した。
「すっぱい!」

 教師ローザ・ロッテルーノは、子供たちには禁じられている深夜に入浴する。
「すっぱい?」
 見ると、洗い場に、酢の入ったコップを見つけた。
「ちょうど良かった」
 魔法で、酢の臭いを消す。
 髪を洗うと、数滴それを加えたお湯ですすぐ。
「でも、誰が?」
 洗い場で、しばらく考え込んでいたローザ・ロッテルーノは、小さくクシャミをした。

「すっぱい」
 枕についた酢の臭いを吸い込んでしまったからか、俺はクシャミをした。

 ハンナと教室に入った。
 当然、頭が酢臭いことで、質問されたりするかと身構えていたが、別の話題で盛り上がっていた。
 ま、まあ、助かったけど・・・
 話題は昨日の授業、全員が失敗した最初のコンパイル(ボールを≪動け≫で動かす)、あれを隣のクラスで成功させた子がいたというのだ。
 フタされたコップの水も凍らせた子と同じだとしたら、天才だな、そりゃ。
 ちょっと顔を見にいってみるか、と思っていたら、先生が入ってきた。
「お静かに」
 慌てて席につき、おとなしくした。
「すっぱい?」
 先生の呟きに、気持ち目を合わせないように、俺は顔を伏せ気味にした。
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