【完結】中身は男子高校生が全寮制女子魔法学園初等部に入学した

1805年/秋

魔法練習授業≪凍れ≫

「それでは、魔法を練習する授業を始めます」
　ローザ先生が、教壇に立っている。
「今日は、みなさんに氷を作ってもらいます。先頭の人は、コップを取りに来てください」
　机の列、先頭の子たちが、籠に入れた木製のコップを受け取り、配ってきた。
　受け取ると、そのコップには、更に木のフタがハメられていた。
「コップを振ってみてください」
　先生の言うままに、振るとチャプチャプ音がした。
　見えないが、中には水が入っているらしい。
「この中の水を凍らせてもらいます」
　中身が見えないから、イメージしづらい。
「では、コップを机に置いて、スクロールをイメージします」
　前の方の子が、手をあげた。
「先生、スクロールは、コップの上と下、どっちに置いた方がいいですか？」
　そんなん、好きなとこに置けばいいじゃん、イメージなんだからさ。
「サニーさん、イメージしやすいところならば、どこでもいいのですよ」
　内心毒づく俺なんかとは違って、ちゃんと説明する先生。
「では、そのスクロールに、≪凍れ≫と書きましょう」
　黒板に、≪凍れ≫と実際に書く。
　その文字を真似して、スクロールを指でなぞる。
　もちろん、手を動かす必要はないのだが、慣れていないので、その方がやりやすい。
　教室中の子が、そうしていた。
　今思ったけど、これって拡張現実みたいだ。
　自分にしか見えない（イメージだけど）スクロール（ウィンドウ）に、自分にしか見えない（イメージだけど）スペルを書くのだから。
「みなさん、書けましたか？」
　スクロールのスペルのイメージを消さないように、小さくうなづく。
「では、コンパイルしてください」
『コンパイル』
　もちろん、口に出す必要はないのだが、慣れていないので、（以下略）。
『あ』
　教室中から、似たような声が漏れた。
　俺も例外ではない。
　コンパイルが失敗したのだ。
　イメージのスクロールが、プロセッサに姿を変えるはずが、消えてしまったのだ。
「誰か、成功した人はいますか？」
　先生が聞くが、誰も手を上げない。
「みなさん、できなくても悲しまないでください。これは、とても難しいことなのです」
　つまり、対象（今回はコップの中の水）が見えない、よくわからない状況では、≪凍れ≫の一言だけでは、コンパイルは難しいということか。
　コンパイルは、スペル以外にも、唱える者の意識、無意識を汲んでプロセッサを変形させるという、とてもいい見本だ。
　中の水、という意識づけがされていたから、コップごと凍らせるという荒業もできなかったのもある。
「では、フタをひねって開けてください」
　ここで、何人かが、水をこぼしたので、先生が机を拭き、水を足した。
　毎年こうなのだろう、手馴れた対応だ。
　ってそういえば、先生何歳なんだろう？
「今度は、水を見ながら、凍らせてみましょう。スクロールをイメージします。では、そのスクロールに、≪凍れ≫と書きましょう」
　黒板の文字を指で、軽く叩く。
「みなさん、書けましたか？」
　二回目なので、少し慣れて、さっきよりは、大きくうなづく。
「では、コンパイルしてください」
『コンパイル』
『あ！』
　教室中から、似たような声が漏れた。
　俺も例外ではない。
　コンパイルが成功したのだ。
　俺のイメージでは、スクロールが、光の粉になり、電子回路のようにも見えるプロセッサに姿を変えた。
「誰か、失敗した人はいますか？」
　先生が聞くが、誰も手を上げない。
　さすが魔法学園入学者。
　先生も、ちょっとほっとしたように見える。
「では、キャストしてください」
『キャスト』
　もちろん、口に出す必要はないのだが、（以下略）。
　俺のイメージでは、プロセッサの先端が、少しだけ世界に刺さり、吸い込んだリソースを注いでいる。
　コップの中の水が、凍った。
『わあ！』
　教室からの声に意識がいき、プロセッサは、俺のイメージの視界から消えた。
　やっぱり、拡張現実のウィンドウみたいだ。
「では、コップに指を入れてみてください」
　先生の指示で、恐る恐る指を入れる。
　表面に張った薄氷に、指が穴を開け、水がにじんできた。
　そのまま、見る間に溶けてしまう。
　水の温度は、さほど下がっていなかった。
　水の表面を見ていたから、表面しか凍らせられなかったのだろ。
　これは、スペルで範囲や温度の下げ幅を指定すれば、変わってくるのだろう。
　でも、一言のスペルでできることを理解するのは、とっても重要だな。
「では、最後に、コップの中に、氷を作ってください。できあがった氷が、水に浮かべば成功です。スペルは、≪凍れ≫以外は使わないように」
『はーい』
　教室が、ざわつく。
　一番簡単なのは、意識をコップの中に向けて、≪凍れ≫とやることだろう。
「できたー！」
　早々とできた子がいる。
　まあ、この授業の目的が、≪凍れ≫一言でやれることの確認。
　その一言をどう意識してコンパイルするか、スペルとコンパイルの関係を学ぶことなのだろう。
　でも、それでは面白くない。
　といって、範囲設定とか、細かくスペルを書いているのが、先生の目に入ったら、バレる。
　水を凍らせる。
　温度のコントロール。
　温度って、なんかの振動だっけ？
　水の原子だか分子だかの動きを止めればいい？
　これなら、≪止まれ≫の一言でも、できるかも。
　スクロールに、先生の目を逃れて一言だけ書き、水の中心を意識して、コンパイルする。
　変形したプロセッサを、キャストする。
　リソースが注がれ、世界を改変する。
　水の中心が、小さく白くなった。
　思った以上に、リソースが吸われる。
　なんだ？
　そう思った瞬間、木製コップは凍りつき、砕けた。
　俺が覚えているのは、そこまでで、意識を失った。

　翌日に、ハンナに聞いたが、大騒ぎだったらしい。
　大きな音がして見る、と俺が椅子から床に崩れ落ちていた。
　意識がなく、医務室に先生が運んでくれたらしい。
　しかも、揺らすと危険な可能性もあるから、と魔法で浮かばせてだ。
　浮かばせる、揺らさない、でも移動と、どうスペル書いたらいいかも俺にはわからない。
　先生、すごいな。
　診断としては、リソースの消費しすぎ。
　たくさん凍らせよう、とリソースを注ぎすぎたのが原因だろう、と女医に厳重注意された。
　リソースを使いすぎれば消滅、というのは一番初めに教わったことだ。
　ローザ先生にも怒られるのだろう、と想像できるので、気が重い。

　しかし、リソースを大量に注いだのは、俺の意思ではない。
　俺は、水の分子を止めたのだ。
　そして、それには膨大なリソースが必要だったのだろう。
　分子が止まる。
　そう、絶対零度だ。
　気温が仮に十度だとしても、三百度近く温度を下げたのだから、リソースも膨大に必要だったのだろう。
　ほんの一点に発生した絶対零度は、その極低温で水を凍らせ、木製のコップを凍らせ、自壊させた。
　スペルは、科学知識を利用して書けば、この世界の常識にはない魔法が使えるのかもしれない。
　俺は、ワクワクした。

　教師ローザ・ロッテルーノは、エイミー・ロイエンタールの机に残された、コップの残骸を見つめていた。