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運命の出会い
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「よっしゃあ、やっぱり異世界転生者か!」
不安げな表情を浮かべる新太を見て、商人とおぼしき小汚い風体の男は心底嬉しそうな表情で笑みを浮かべる。
新太はその一言に、この世界がやはり自分の知る世界ではなかったことを実感した。
仕事帰りにバスに乗り、そのバスが交通事故に遭ったところまでは覚えている。
反対路線から暴走車両が猛スピードで突っ込んできて、バスの運転手が大きくハンドルを回した次の瞬間、ドンッともガシャンッともつかない大きな音がした後でバスの前面が大きく潰されているのが見えた。
運悪く道脇のコンクリートブロックへ追突してしまったらしい。
新太は体が動かせないでいた。立っていた乗客たちが衝撃で吹き飛ばされ、彼方此方に将棋倒しになっていたせいだ。
どうにか這い出そうと手足に力を込めるが、将棋倒しの一番下にいる新太はまったくそこから動けない。
そうこうしているうちにバスの後方から炎が上がった。急激に熱くなっていく車内の温度に、新太はようやく自分に死が迫っていることを感じていた。
来週には二十四歳の誕生日を迎えるはずだったのに、とんだ災難に巻き込まれたものである。
こんなことなら、誕生日を迎えたら買おうと思っていたDVDを前倒しで買えば良かったな――などと思った瞬間だった。
バァンッ――という大音量と共に熱いなんて言葉では生ぬるいほどの熱風が体を襲い、新太の喉を一気に焼き切る。瞬時に呼吸ができなくなり、恐怖を感じる間もなく新太の意識はブラックアウトした。
次に目を覚ますと薄暗い倉庫の中だった。
あれ? 俺死んだよな――と思ってあたりを見回すが、周囲にはバスの残骸すら見当たらない。
新太の手足は近くにある柱へ鎖で繋がれていて、少なくとも病院ではなさそうだということはすぐに分かった。
それなら天国かとも考えたが天国にしては待遇が悪そうだし、地獄にしては随分と静かだ。いずれにしても自分が知る世界ではなさそうだということは、動物的な本能で感じ取った。
室内をぐるりと見渡すと別の柱にも数人の人間が鎖で繋がれていて、どの人物も生気を失ったように虚ろな瞳をしている。
きょろきょろとあたりを見回していると、見張り役が新太の起床に気が付いたらしい。
大声で「親方ぁ~」と叫びながらどこかへ走って行く音が聞こえた。そしてしばらくして現われたのが、中世のヨーロッパ絵画に描かれていそうな商人風の男だったというわけである。
「また……ってどういうことですか?」
震える声で新太が尋ねると、親方は欠伸しながら答えた。
「たまにあるんだよ。お前さんみたいに異世界で死んだ人間が、突然この世界に現われることが」
そういう人間は大抵、この世界では見慣れない服や持ち物を持っているから一目で分かる。
新太は浜に打ち上がっていたところを地元の漁師が見つけたそうだ。道理で体から磯臭い匂いがするわけだ。
この親方はそういう人間を格安で仕入れ、奴隷として売りさばくことを生業としていると淡々とした口調で教えてくれた。
ということはつまり、この部屋にいる鎖で繋がれた人間が皆その奴隷になる運命の者たちなのだろう。
新太よりも先に目覚めた者たちは当然すでにその事実を知っているため、あのように生気のない表情をしているのかと新太は妙に納得してしまった。
「奴隷……って、どうなるんです?」
「さあね、買い手次第さ。スタンダードに肉体労働をさせるために購入する奴もいれば、愛玩目的で買っていく奴もいる。ああそういえば、男性経験のない男を仕込む・・・のが好きっていう変態も買い手にいたな」
親方は心底意地の悪い笑みを浮かべると、新太の体を上から下まで舐めるように見つめた。
値踏みするような下卑た視線でじろじろと見回されると、虫が体を這ったような気味の悪い感覚に襲われる。
「お前さんは男にしては華奢な方だし、見るからに初心な顔つきをしてるから気に入られるかもしれん。まぁ、せいぜい良い買い手がつくよう祈ってな!」
悪意ある視線に嫌悪感を感じつつも、新太はその視線から逃れることもこの場から逃げ出すこともできない。仕方なく身を竦ませて男の視線から顔を背ける。
すると新太のそんな反応に満足したのか、親方はげらげらと品のない笑いを上げながらどこかへ立ち去っていった。
* * *
元の世界にいた頃、新太は良くアニメや漫画を見ていた。
特に最近は異世界転生ものの作品をよく見ていたため、異世界転生したら俺はどんなことをしようかな――とよく妄想を巡らせていたものだ。
けれどその妄想のどれを取っても奴隷になるという選択肢はなかったので、現在置かれた状況に新太は絶望していた。
勇者になって美しいダークエルフの奴隷を解放するんだという妄想はしたことはあるが、まさか自分が奴隷になるなんて思いもしない。
しかも先ほどの親方の発言が本当だとすれば、買い手によっては奴隷に性的なことを強いて楽しむ者もいるそうだ。もしそんなことになったなら精神をまともに保っていられる自信がない。
それならいっそのこと、武士のように「生き恥を晒すくらいなら己の命は己の手で」と格好付けて舌を嚙んで死ぬべきだろうか――とも考えた。しかし生憎と、指を切っただけでも顔面蒼白になる新太には舌をかみ切る勇気もなかった。
冷たい地べたに座り込んだまま、新太は本日何度目かも分からない重いため息をつく。
気分は晴れず、絶望感は増すばかりだった。
そのとき、急に足音が近付いてきた。
ずっずっと床を擦るような足音は先ほどの親方のものだろう。もう一つはヒール音だった。カッカッと軽やかな音が、がらんとした倉庫内に高らかに響く。
その音に鎖に繋がれた者たちは様々な反応を見せた。
ある者は恐怖し、足音の主たちと視線が合わないように体を小さく丸めた。またある者はここより酷い場所はないと踏んだのか、自分を選んでくれと自ら売り込みを掛けている。
しかし足音の主たちはそのどれにも目を向けることはなく、ゆっくりと歩みを進めている。
しばらくして、その音は新太が繋がれた柱の前でピタリと止まった。
「お嬢様、こちらなんていかがです?」
「あら、随分可愛らしい顔をしている子がいるのね」
濁声の親方の声に続いて響いたのは、この場に似つかわしくない可愛らしい声だ。
驚いて顔を上げると、長身痩躯の美しい女性が新太の前に立っていた。お忍びで訪れているのか暗い色のマントを羽織っているが、その裾からは赤いドレススカートが覗く。
ここでようやく新太は、ヒール音を響かせていたのが彼女であったことに気が付いた。
こんな綺麗な女性まで奴隷を欲するのかと恐怖するのと同時に、どうせ酷い目に遭うのならこういう美しい人のそばにいられる方が良いなと打算的なことを考える。
放心状態で女性の顔を眺めていた新太に気づき、親方が持っていた棍棒で新太の頭を軽く小突いた。
「こら、お嬢様をそんな物欲しそうな目で見るんじゃない。失礼だろ!」
「いってぇ!」
「活きもいいようね。気に入ったわ」
新太の素直な反応に令嬢はくすりと笑みを漏らした。
そりゃどうも――と新太が声を上げるよりも先に、女性は持っていた扇子を閉じてその先端で新太の顎を持ち上げる。
暗がりではっきりとは見えなかったが、美しい目鼻立ちをしている女性のようだ。
彼女の青い瞳と新太の黒い瞳がぶつかった。
「あなた、わたくしのフットマンにおなりなさいな」
「フットマン?」
意味が分からないと新太が首を傾げると、親方が媚びるように揉み手をして頷いた。
「お目が高い! わしもこの男は非常に有用な奴だと思っておりました! 労働以外使い道のない転生者をフットマンへ起用されるなど、お嬢様は寛大なお方だ!」
「ありがとう。今日連れて帰りたいのだけれど、よろしいかしら?」
「へぇ、もちろん!」
「それとわたくしがここへ来たことは他言無用です」
「分かっておりやすよ!」
急な展開に目を白黒させている新太のことなど尻目に、ほくほく顔の親方と令嬢は契約書を取り交わしていく。
数枚に及ぶ契約書のサインをものの五分程度で終わらせると、令嬢は新太に向き直ってにっこりと微笑んだ。
「わたくしの名前はオフィリア。今日からよろしくね、わたくしの大事なフットマンさん」
フィルはそう言って、新太の鼻の頭にちょんと触れるだけのキスを落とした。
その拍子に令嬢の顔を深々と覆っていたフードがはらりと落ちる。
フードの下から現れたのは西洋の美人画を思わせるような、金髪碧眼の美しい美女だ。ドレスを着ているから女性だと判別できるが、比較的中性的な顔立ちをしていて、陶器でできた人形のような無機質な美しさをその身に帯びていた。
暗いはずの室内が一気に明るくなったような錯覚を覚え、新太の目の前にチカチカと星が踊る。
(か、顔が良いっ……!!)
本当に情けない話であるとは思うのだが、その瞬間、新太は彼女に恋をした。
不安げな表情を浮かべる新太を見て、商人とおぼしき小汚い風体の男は心底嬉しそうな表情で笑みを浮かべる。
新太はその一言に、この世界がやはり自分の知る世界ではなかったことを実感した。
仕事帰りにバスに乗り、そのバスが交通事故に遭ったところまでは覚えている。
反対路線から暴走車両が猛スピードで突っ込んできて、バスの運転手が大きくハンドルを回した次の瞬間、ドンッともガシャンッともつかない大きな音がした後でバスの前面が大きく潰されているのが見えた。
運悪く道脇のコンクリートブロックへ追突してしまったらしい。
新太は体が動かせないでいた。立っていた乗客たちが衝撃で吹き飛ばされ、彼方此方に将棋倒しになっていたせいだ。
どうにか這い出そうと手足に力を込めるが、将棋倒しの一番下にいる新太はまったくそこから動けない。
そうこうしているうちにバスの後方から炎が上がった。急激に熱くなっていく車内の温度に、新太はようやく自分に死が迫っていることを感じていた。
来週には二十四歳の誕生日を迎えるはずだったのに、とんだ災難に巻き込まれたものである。
こんなことなら、誕生日を迎えたら買おうと思っていたDVDを前倒しで買えば良かったな――などと思った瞬間だった。
バァンッ――という大音量と共に熱いなんて言葉では生ぬるいほどの熱風が体を襲い、新太の喉を一気に焼き切る。瞬時に呼吸ができなくなり、恐怖を感じる間もなく新太の意識はブラックアウトした。
次に目を覚ますと薄暗い倉庫の中だった。
あれ? 俺死んだよな――と思ってあたりを見回すが、周囲にはバスの残骸すら見当たらない。
新太の手足は近くにある柱へ鎖で繋がれていて、少なくとも病院ではなさそうだということはすぐに分かった。
それなら天国かとも考えたが天国にしては待遇が悪そうだし、地獄にしては随分と静かだ。いずれにしても自分が知る世界ではなさそうだということは、動物的な本能で感じ取った。
室内をぐるりと見渡すと別の柱にも数人の人間が鎖で繋がれていて、どの人物も生気を失ったように虚ろな瞳をしている。
きょろきょろとあたりを見回していると、見張り役が新太の起床に気が付いたらしい。
大声で「親方ぁ~」と叫びながらどこかへ走って行く音が聞こえた。そしてしばらくして現われたのが、中世のヨーロッパ絵画に描かれていそうな商人風の男だったというわけである。
「また……ってどういうことですか?」
震える声で新太が尋ねると、親方は欠伸しながら答えた。
「たまにあるんだよ。お前さんみたいに異世界で死んだ人間が、突然この世界に現われることが」
そういう人間は大抵、この世界では見慣れない服や持ち物を持っているから一目で分かる。
新太は浜に打ち上がっていたところを地元の漁師が見つけたそうだ。道理で体から磯臭い匂いがするわけだ。
この親方はそういう人間を格安で仕入れ、奴隷として売りさばくことを生業としていると淡々とした口調で教えてくれた。
ということはつまり、この部屋にいる鎖で繋がれた人間が皆その奴隷になる運命の者たちなのだろう。
新太よりも先に目覚めた者たちは当然すでにその事実を知っているため、あのように生気のない表情をしているのかと新太は妙に納得してしまった。
「奴隷……って、どうなるんです?」
「さあね、買い手次第さ。スタンダードに肉体労働をさせるために購入する奴もいれば、愛玩目的で買っていく奴もいる。ああそういえば、男性経験のない男を仕込む・・・のが好きっていう変態も買い手にいたな」
親方は心底意地の悪い笑みを浮かべると、新太の体を上から下まで舐めるように見つめた。
値踏みするような下卑た視線でじろじろと見回されると、虫が体を這ったような気味の悪い感覚に襲われる。
「お前さんは男にしては華奢な方だし、見るからに初心な顔つきをしてるから気に入られるかもしれん。まぁ、せいぜい良い買い手がつくよう祈ってな!」
悪意ある視線に嫌悪感を感じつつも、新太はその視線から逃れることもこの場から逃げ出すこともできない。仕方なく身を竦ませて男の視線から顔を背ける。
すると新太のそんな反応に満足したのか、親方はげらげらと品のない笑いを上げながらどこかへ立ち去っていった。
* * *
元の世界にいた頃、新太は良くアニメや漫画を見ていた。
特に最近は異世界転生ものの作品をよく見ていたため、異世界転生したら俺はどんなことをしようかな――とよく妄想を巡らせていたものだ。
けれどその妄想のどれを取っても奴隷になるという選択肢はなかったので、現在置かれた状況に新太は絶望していた。
勇者になって美しいダークエルフの奴隷を解放するんだという妄想はしたことはあるが、まさか自分が奴隷になるなんて思いもしない。
しかも先ほどの親方の発言が本当だとすれば、買い手によっては奴隷に性的なことを強いて楽しむ者もいるそうだ。もしそんなことになったなら精神をまともに保っていられる自信がない。
それならいっそのこと、武士のように「生き恥を晒すくらいなら己の命は己の手で」と格好付けて舌を嚙んで死ぬべきだろうか――とも考えた。しかし生憎と、指を切っただけでも顔面蒼白になる新太には舌をかみ切る勇気もなかった。
冷たい地べたに座り込んだまま、新太は本日何度目かも分からない重いため息をつく。
気分は晴れず、絶望感は増すばかりだった。
そのとき、急に足音が近付いてきた。
ずっずっと床を擦るような足音は先ほどの親方のものだろう。もう一つはヒール音だった。カッカッと軽やかな音が、がらんとした倉庫内に高らかに響く。
その音に鎖に繋がれた者たちは様々な反応を見せた。
ある者は恐怖し、足音の主たちと視線が合わないように体を小さく丸めた。またある者はここより酷い場所はないと踏んだのか、自分を選んでくれと自ら売り込みを掛けている。
しかし足音の主たちはそのどれにも目を向けることはなく、ゆっくりと歩みを進めている。
しばらくして、その音は新太が繋がれた柱の前でピタリと止まった。
「お嬢様、こちらなんていかがです?」
「あら、随分可愛らしい顔をしている子がいるのね」
濁声の親方の声に続いて響いたのは、この場に似つかわしくない可愛らしい声だ。
驚いて顔を上げると、長身痩躯の美しい女性が新太の前に立っていた。お忍びで訪れているのか暗い色のマントを羽織っているが、その裾からは赤いドレススカートが覗く。
ここでようやく新太は、ヒール音を響かせていたのが彼女であったことに気が付いた。
こんな綺麗な女性まで奴隷を欲するのかと恐怖するのと同時に、どうせ酷い目に遭うのならこういう美しい人のそばにいられる方が良いなと打算的なことを考える。
放心状態で女性の顔を眺めていた新太に気づき、親方が持っていた棍棒で新太の頭を軽く小突いた。
「こら、お嬢様をそんな物欲しそうな目で見るんじゃない。失礼だろ!」
「いってぇ!」
「活きもいいようね。気に入ったわ」
新太の素直な反応に令嬢はくすりと笑みを漏らした。
そりゃどうも――と新太が声を上げるよりも先に、女性は持っていた扇子を閉じてその先端で新太の顎を持ち上げる。
暗がりではっきりとは見えなかったが、美しい目鼻立ちをしている女性のようだ。
彼女の青い瞳と新太の黒い瞳がぶつかった。
「あなた、わたくしのフットマンにおなりなさいな」
「フットマン?」
意味が分からないと新太が首を傾げると、親方が媚びるように揉み手をして頷いた。
「お目が高い! わしもこの男は非常に有用な奴だと思っておりました! 労働以外使い道のない転生者をフットマンへ起用されるなど、お嬢様は寛大なお方だ!」
「ありがとう。今日連れて帰りたいのだけれど、よろしいかしら?」
「へぇ、もちろん!」
「それとわたくしがここへ来たことは他言無用です」
「分かっておりやすよ!」
急な展開に目を白黒させている新太のことなど尻目に、ほくほく顔の親方と令嬢は契約書を取り交わしていく。
数枚に及ぶ契約書のサインをものの五分程度で終わらせると、令嬢は新太に向き直ってにっこりと微笑んだ。
「わたくしの名前はオフィリア。今日からよろしくね、わたくしの大事なフットマンさん」
フィルはそう言って、新太の鼻の頭にちょんと触れるだけのキスを落とした。
その拍子に令嬢の顔を深々と覆っていたフードがはらりと落ちる。
フードの下から現れたのは西洋の美人画を思わせるような、金髪碧眼の美しい美女だ。ドレスを着ているから女性だと判別できるが、比較的中性的な顔立ちをしていて、陶器でできた人形のような無機質な美しさをその身に帯びていた。
暗いはずの室内が一気に明るくなったような錯覚を覚え、新太の目の前にチカチカと星が踊る。
(か、顔が良いっ……!!)
本当に情けない話であるとは思うのだが、その瞬間、新太は彼女に恋をした。
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