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おまけ 青の宝石
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「……というわけで、亡くなったご主人が生前隠したという手紙は無事に発見しました」
久しぶりにルシウスの元を訪ねてきたシエラは、この前解決したという依頼の話を事細かに説明し、そう締めくくった。
シエラの父親から、一年以内に商会の業績を二倍にすることを条件に、シエラとの結婚を認めてもらった日から三か月が経つ。明確な目標が定まり、さすがにこれまでとは比べ物にならない忙しさになっている。
シエラもシエラで探偵業が順調なようで、訪ねてくる回数が目に見えて減っていた。それでもたまに訪ねてきたときは、こうして受けた依頼のことをルシウスに話している。
──そんなシエラの胸元で、今日は見慣れない青い宝石のネックレスが輝いていた。それが何となく気になったルシウスはじっと観察しながら言う。
「珍しく高価そうなネックレスを付けていますねぇ」
シンプルなデザインながらも存在感がある。サファイアだろうか。
恐らく彼女が自分で買った物ではない。シエラは貴族女性としては珍しく、自身を着飾ることをあまり好まない。貴族同士の社交場など、必要な場でなければそう高価なネックレスなどしないはずだ。その証拠に、同じく身に付けているピアスは、庶民でも奮発すれば手の届くような比較的安価なものである。
となればネックレスは贈り物か。しかし彼女の親から贈られたというのも考えにくい。高価な宝石の類を娘がそれほど喜ばないことは知っているはずだ。……ではまさか、どこぞの貴族の男から贈られたのだろうか。
いや、だがシエラは一応ルシウスと恋仲であるという自覚はあるはずだ。恋仲の相手と会うという時にわざわざそんな物を付けてくるような真似はさすがにするまい。
他の可能性は……何かの事件を解決した時、依頼人からお礼の品として贈られ、断り切れなかったから、といったところか。
ルシウスは三秒ほどでそこまで考え、シエラの返答を待つ。
彼女は胸元の宝石を触り、少し目を逸らした。
「これはその……今話した依頼人の奥様から、解決のお礼にと頂きまして」
依頼人からのお礼。予想が当たった。
しかしシエラの反応に何となく違和感がある。解決の報酬ならば喜んで自慢してきそうなものだが、まるでこれは話題に出して欲しくなかったとでもいうようだ。
「もちろん最初は断ろうとしたんですよ。でも思わず……青かったから」
「青かったから?」
「あ、えっとほら、青い宝石って綺麗だから!」
しどろもどろに説明しようとするが、全く説明になっていない。
話題に出してもらいたくないなら、そもそも付けなければ良いものを。青い宝石に何か説明できないような思い入れがあるのだろうか。
そう考えたとき、ルシウスは一つの可能性に思い至った。
……もしシエラがその理由でこのネックレスを受け取り、付けているのだとしたら。──何としても、そのことを彼女の口から語らせたい。
ルシウスはニヤリと口角を上げて言った。
「知りませんでしたねぇ、君がそこまで青を好んでいたとは」
「……」
「青といえば連想されるのは空や海の色でしょうか。それとも君の中では他にもっと強く連想されるものがありますか?」
「……絶対、気付いてて言ってますね?」
弱々しい声でそう言うシエラの顔が、いつの間にか真っ赤になっていた。
しかしルシウスはあくまでとぼける。
「気付く?おや、いったい何にですか?」
「この……が……の……そっくり……ってことに」
「はい?」
「この宝石の青が!ルシウスさんの瞳の色にそっくりだったから!思わず欲しくなっちゃったってことにです!」
望んでいた答えが聞けた。笑いが込み上げてきて肩を震わせる。
可愛い。あまりに可愛らしい。
「笑わないでくださいよ!だってルシウスさん、最近忙しそうであんまり会いに行けなかったから寂しくて……ルシウスさんのこと思い出すようなアクセサリー付けたら、ちょっとでも一緒にいる気分になれるかなって……」
「いえ、ずいぶんと俺を喜ばせることを言うものだと思いましてね。……それに、その発想には少し覚えがあったもので」
ルシウスはそう言うと、近くの棚に置いてあった箱を取った。
開けると中には──アメジストのネックレスが入っていた。
「商品の買い付けに行ったときに目に留まりましてね。シエラの瞳の色に似ていたので誕生日にでも贈ろうかと思っていたのですよ」
「え……」
「そちらの物ほど高価ではありませんが。せっかくですから今付けてみましょうか」
ルシウスはそう言ってシエラの背後に回る。
髪を持ち上げられ無防備になったうなじに何か良からぬ気持ちが芽生えそうな感じがしないでもなかったが、そこは堪えて留め具を付けた。
「どうです?」
「すごく……綺麗です」
「それは良かった」
ルシウスは二つのネックレスを嬉しそうに見つめるシエラを見て一つ決心した。
もう少し無理をしてでも仕事を詰め込もう。そして、彼女と過ごす時間を増やそう。
ルシウスの瞳の色の宝石を身に付けたがるシエラのため──というよりも、ルシウスの方が彼女と過ごせない時間の長さに耐えられなくなりそうな気がしていた。
「……というわけで、亡くなったご主人が生前隠したという手紙は無事に発見しました」
久しぶりにルシウスの元を訪ねてきたシエラは、この前解決したという依頼の話を事細かに説明し、そう締めくくった。
シエラの父親から、一年以内に商会の業績を二倍にすることを条件に、シエラとの結婚を認めてもらった日から三か月が経つ。明確な目標が定まり、さすがにこれまでとは比べ物にならない忙しさになっている。
シエラもシエラで探偵業が順調なようで、訪ねてくる回数が目に見えて減っていた。それでもたまに訪ねてきたときは、こうして受けた依頼のことをルシウスに話している。
──そんなシエラの胸元で、今日は見慣れない青い宝石のネックレスが輝いていた。それが何となく気になったルシウスはじっと観察しながら言う。
「珍しく高価そうなネックレスを付けていますねぇ」
シンプルなデザインながらも存在感がある。サファイアだろうか。
恐らく彼女が自分で買った物ではない。シエラは貴族女性としては珍しく、自身を着飾ることをあまり好まない。貴族同士の社交場など、必要な場でなければそう高価なネックレスなどしないはずだ。その証拠に、同じく身に付けているピアスは、庶民でも奮発すれば手の届くような比較的安価なものである。
となればネックレスは贈り物か。しかし彼女の親から贈られたというのも考えにくい。高価な宝石の類を娘がそれほど喜ばないことは知っているはずだ。……ではまさか、どこぞの貴族の男から贈られたのだろうか。
いや、だがシエラは一応ルシウスと恋仲であるという自覚はあるはずだ。恋仲の相手と会うという時にわざわざそんな物を付けてくるような真似はさすがにするまい。
他の可能性は……何かの事件を解決した時、依頼人からお礼の品として贈られ、断り切れなかったから、といったところか。
ルシウスは三秒ほどでそこまで考え、シエラの返答を待つ。
彼女は胸元の宝石を触り、少し目を逸らした。
「これはその……今話した依頼人の奥様から、解決のお礼にと頂きまして」
依頼人からのお礼。予想が当たった。
しかしシエラの反応に何となく違和感がある。解決の報酬ならば喜んで自慢してきそうなものだが、まるでこれは話題に出して欲しくなかったとでもいうようだ。
「もちろん最初は断ろうとしたんですよ。でも思わず……青かったから」
「青かったから?」
「あ、えっとほら、青い宝石って綺麗だから!」
しどろもどろに説明しようとするが、全く説明になっていない。
話題に出してもらいたくないなら、そもそも付けなければ良いものを。青い宝石に何か説明できないような思い入れがあるのだろうか。
そう考えたとき、ルシウスは一つの可能性に思い至った。
……もしシエラがその理由でこのネックレスを受け取り、付けているのだとしたら。──何としても、そのことを彼女の口から語らせたい。
ルシウスはニヤリと口角を上げて言った。
「知りませんでしたねぇ、君がそこまで青を好んでいたとは」
「……」
「青といえば連想されるのは空や海の色でしょうか。それとも君の中では他にもっと強く連想されるものがありますか?」
「……絶対、気付いてて言ってますね?」
弱々しい声でそう言うシエラの顔が、いつの間にか真っ赤になっていた。
しかしルシウスはあくまでとぼける。
「気付く?おや、いったい何にですか?」
「この……が……の……そっくり……ってことに」
「はい?」
「この宝石の青が!ルシウスさんの瞳の色にそっくりだったから!思わず欲しくなっちゃったってことにです!」
望んでいた答えが聞けた。笑いが込み上げてきて肩を震わせる。
可愛い。あまりに可愛らしい。
「笑わないでくださいよ!だってルシウスさん、最近忙しそうであんまり会いに行けなかったから寂しくて……ルシウスさんのこと思い出すようなアクセサリー付けたら、ちょっとでも一緒にいる気分になれるかなって……」
「いえ、ずいぶんと俺を喜ばせることを言うものだと思いましてね。……それに、その発想には少し覚えがあったもので」
ルシウスはそう言うと、近くの棚に置いてあった箱を取った。
開けると中には──アメジストのネックレスが入っていた。
「商品の買い付けに行ったときに目に留まりましてね。シエラの瞳の色に似ていたので誕生日にでも贈ろうかと思っていたのですよ」
「え……」
「そちらの物ほど高価ではありませんが。せっかくですから今付けてみましょうか」
ルシウスはそう言ってシエラの背後に回る。
髪を持ち上げられ無防備になったうなじに何か良からぬ気持ちが芽生えそうな感じがしないでもなかったが、そこは堪えて留め具を付けた。
「どうです?」
「すごく……綺麗です」
「それは良かった」
ルシウスは二つのネックレスを嬉しそうに見つめるシエラを見て一つ決心した。
もう少し無理をしてでも仕事を詰め込もう。そして、彼女と過ごす時間を増やそう。
ルシウスの瞳の色の宝石を身に付けたがるシエラのため──というよりも、ルシウスの方が彼女と過ごせない時間の長さに耐えられなくなりそうな気がしていた。
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