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エピローグ

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 ダグラス家の屋敷に帰ると、シエラは屋敷の人間総出で迎えられた。

 ラドクリフ侯爵が偽装すると言っていた事故現場は既にしっかり整えられていたらしく、シエラの乗った馬車が崖下に転落したという話が家に伝わっていたそうだ。

 両親は涙を流してシエラの無事を喜んだ。

 ラドクリフ侯爵のこと、それからルシウスに助けられたことを簡単に話すと、父は何度も何度も感謝の言葉を述べた。そして夜も遅かったということもあり、彼は一晩泊まっていくことになった。

 シエラは、せっかくだからもう少しルシウスと話をして改めてお礼をしたいと思い、夕食を食べた後に彼の姿を探した。だが、見つけたルシウスは応接室でシエラの父と何やら物々しい雰囲気で話し込んでいた。

 話が終わるまで自室で待っていようと思ったものの、今日一日いろいろとありすぎたせいですっかり疲れ切っており、シエラは横になった瞬間に眠ってしまった。


 ──そして、夢を見た。


 黒瀬と静奈がいつもの事務所で、依頼人に持ち込まれた謎について何やら真剣に話し合っていた。二人とも、どこか楽しそうだった。

 その二人の様子を、シエラはルシウスと共に、少し離れた場所から見守っている。そんな夢。

 目を覚ました時、ものすごく胸が温かかった。起きてここまで幸せな気分だったのは初めてかもしれなかった。

 シエラは幸せな気持ちのまま、いつものように侍女に身だしなみを整えられ、部屋を出る。するとそこの廊下にルシウスがいた。シエラは彼の顔を見てぎょっとする。


「お、おはようございます。あの、もしかして眠れていませんか?」


 目の下には隈があり、疲れ切った顔をしていたのだ。


「ええ、まあ。一晩かけて君のお父上に交渉していたので」

「交渉?」

「俺をシエラの結婚相手として認めてくれないか、という交渉です」

「えっ⁉」

「……何を驚いているんです。俺は君の身も心も、名実ともに欲しいと思っているんですよ」


 ルシウスはあくび混じりにさらりとそんなことを言う。

 シエラは胸を高鳴らせながら、恐る恐る尋ねる。


「それで、父は何て?」

「さすがに渋られましたよ。俺は血筋も不明ですし、養父も貴族ではありませんしねぇ」

「じゃあ認めてもらえなかったんですか?」

「いいえ?粘りに粘った末、『クレイトン商会の業績を一年以内に今の二倍にすることができたら結婚を認める』と言われました」


 ルシウスは、上手く条件を引き出せたというように満足げだが、シエラは「いやいやいや」と首を振る。


「それ多分、無理難題言って諦めさせようとしてるんだと思いますよ?」

「そうですか?」

「だって、確かにクレイトン商会は成長著しいですけど、今の伸び具合から見て、一年以内に二倍はさすがに不可能……」

「シエラ、俺を誰だと思っているんですか?」


 シエラの言葉を遮った彼は、難解な謎が解けたときのように、にやりと笑った。


「俺が本気を出せば、一年と言わず半年もあれば十分ですよ」

「ほ、本当ですか?」

「もちろん。……話は以上です。昨日途中で仕事をほったらかしてきてしまったので、今から帰って片付けてきます」


 ルシウスはそう言ってシエラに背を向けて歩き出した。寝不足からか、少しふらついているようにも見える。

 シエラは、そんなルシウスに思い切って後ろから抱き着いた。


「なっ……」

「ルシウスさん、ちょっと言いたいことあるので耳貸してください」

「?」


 首を傾げながらも、彼は素直にかがんでシエラの身長に合わせた。

 そんなルシウスの耳に小さな声でささやく──と見せかけて、シエラは彼の頬に軽くキスをした。


「えっと、これでちょっとは元気がでるかなぁ、なんて」

「……襲いたい」

「はい?」

「寝不足でまともに理性が働かないときにこういうことをしないでください。もし今のが頬ではなく唇にされていたら、問答無用で押し倒してるところでしたよ」

「……ルシウスさん。やっぱり仕事始める前にちゃんと仮眠をとっておいた方が良いと思います。何か、とんでもないこと言ってるので」


 シエラが顔を赤くしながらも真剣な口調で言うと、ルシウスは肩をすくめて「そうします」と答えた。


「あの。私、一年後……じゃなくて半年後?期待してますからね」


 シエラは小さな声で言った。そして、昨日ルシウスが「一番似合う」と言ってくれた笑顔を浮かべる。

 するとルシウスはそれに応えるように、そしてさっきのお返しだとでもいうように、シエラの額にキスを落とした。


 ──前世では探偵とその助手。

 何の因果か、二人してその記憶を持ったまま、この世界で再会した。

 前世では踏み出せなかった一歩を踏み出したこれからは、お互いの存在と少しの謎さえあれば、間違いなく輝かしいものになる。そんな予感がしていた。



-fin-
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