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令嬢探偵、婚約する(?)(1)
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・
「デマール家は爵位はく奪ですか。まあ当然ですね」
マルガリータ・デマール殺人事件の真相を突き止めてから十数日後。
シエラは事件のその後を語るため、ルシウスの元を訪れていた。
あの後、デマール家の家ぐるみでの薬物使用及び人身売買について明るみに出ることになった。ルシウスの言っていた通り、マルガリータの死因については自死ということで落ち着き、ほとんど注目されることはなかった。
シエラは家から持ってきた手紙を取り出して見せる。
「ダイアナさんたち、無事に引っ越しが完了したみたいです。国境付近の田舎に親戚が住んでいて、そこで心機一転頑張るつもりだという手紙が届きました。デマール家の爵位はく奪を機にあの地を離れる人も多くて、ダイアナさんたちも何も疑われることなく離れられたみたいですね」
「それは何より。これで全て解決。……と言いたいところですが」
「ええ」
ルシウスの言葉に、シエラは神妙な面持ちでうなずく。
「デマール家に薬物をもたらした売人は捕まりましたが、その出どころはわからずじまい。人身売買に関してもいったい誰に対して商売していたのかは謎のままですし、あれだけのことをマルガリータ・デマール一人でやったとは考えにくいので、絶対に協力者もいるはずです」
この国の捜査機関がそれらを突き止めることは正直期待できない。
シエラとしては、関わったからにはこれからもこっそり捜査を進めていこうと考えている。だがその考えは一瞬でルシウスに見透かされた。
「深入りはしないでくださいね。こういったことに関わる人間は君が考えている以上に危険ですよ」
「で、でも……」
「でもじゃないです。身の程をわきまえるように」
全く納得はできていないが、シエラは仕方なく「はい……」と返事をする。
それから、広げた手紙を片付けて立ち上がった。それを見たルシウスが不思議そうに首をかしげた。
「おや?もう帰るんですか?」
「はい。今日はちょっと用事がありまして」
「また新しい依頼でも?」
事件の依頼だったらまだ良かった。
シエラは苦々しい笑みを浮かべた。
「いや、その……お見合いを少々……」
「……は?お見合い?」
「ええ。ラドクリフ侯爵家当主のクリストファー様という方が何故か私のことを見初めてくださったらしくて、結婚を申し込まれているんです。これまでほとんど話したこともなかったので驚いてるんですけど、侯爵様からのお話しを無碍にするわけにもいかないので、一度会ってみろと父が」
「そうでしたか……」
シエラは何となくルシウスの顔を見られないまま、軽くお辞儀をして部屋を出た。
貴族の家に生まれた以上、愛のない政略結婚は覚悟しなければならない。だが、シエラに来るその手の話は、同年代の貴族令嬢に比べればかなり少なかった。
その理由はもちろん、シエラに「令嬢探偵」などという二つ名があるからだ。
難事件を華麗に解決する探偵としてのシエラは、貴族たちの間でもずいぶん有名人で人気者ではあるが、嫁に迎えるとなると話は別だ。好んで無関係の事件に首を突っ込むような令嬢、敬遠されて当たり前だ。
それに加えシエラの父はだいぶ娘に甘い。たまにどこぞの物好きがシエラに見合い話をもちかけるようなことがあっても、結婚なんてしたくないとごねれば断ってくれる。父としても大好きなシエラに家を出て行って欲しくないという思いがあるのだろう。
そのため、こういった結婚の話に現実味のあるお見合いは初めてだ。
今回はとにかく相手が悪かったのだ。シエラを嫁に欲しいという物好きである上に、侯爵という高い身分の人間で、おいそれとは断れない。
とはいえ、シエラは別に今回も結婚までするつもりはなく、どうにか円満に断る方法を考えていた。
「定番は『他に好きな人がいて……』ってやつよね」
しかし実のところ、シエラになってからまともに恋をしたことがない。ちょっと追及されたらすぐにボロが出そうだ。
それからふと、この前のことを思い出す。
『私は、黒瀬さんのことが好きだったから……大好きだったから、思わず自分を犠牲にして助けてしまったんです』
つい口から出てしまった言葉。
黒瀬のことが好きだった。静奈が決して言えなかった言葉が溢れ出てしまった。
だが、ルシウスはその言葉に対して特に反応を示さなかった。やはり静奈の気持ちはとっくに承知だったのだ。
そう思うと、前世のことが今さら恥ずかしいやら苦しいやらで、胸が痛い。
だめだ。気持ちを切り替えなくては。そう思ったシエラは、パンっと両手で軽く頬を叩いた。
偶然玄関付近にいたレオンにその様子を目撃され、何事かと尋ねられたので、「今からお見合いだから気合を入れているの」と答えた。
今はとりあえず、前世の恋に心を痛めるなどという生産性皆無なことはやめて、これからのお見合いをどうにか切り抜けることを考えなければ。
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「デマール家は爵位はく奪ですか。まあ当然ですね」
マルガリータ・デマール殺人事件の真相を突き止めてから十数日後。
シエラは事件のその後を語るため、ルシウスの元を訪れていた。
あの後、デマール家の家ぐるみでの薬物使用及び人身売買について明るみに出ることになった。ルシウスの言っていた通り、マルガリータの死因については自死ということで落ち着き、ほとんど注目されることはなかった。
シエラは家から持ってきた手紙を取り出して見せる。
「ダイアナさんたち、無事に引っ越しが完了したみたいです。国境付近の田舎に親戚が住んでいて、そこで心機一転頑張るつもりだという手紙が届きました。デマール家の爵位はく奪を機にあの地を離れる人も多くて、ダイアナさんたちも何も疑われることなく離れられたみたいですね」
「それは何より。これで全て解決。……と言いたいところですが」
「ええ」
ルシウスの言葉に、シエラは神妙な面持ちでうなずく。
「デマール家に薬物をもたらした売人は捕まりましたが、その出どころはわからずじまい。人身売買に関してもいったい誰に対して商売していたのかは謎のままですし、あれだけのことをマルガリータ・デマール一人でやったとは考えにくいので、絶対に協力者もいるはずです」
この国の捜査機関がそれらを突き止めることは正直期待できない。
シエラとしては、関わったからにはこれからもこっそり捜査を進めていこうと考えている。だがその考えは一瞬でルシウスに見透かされた。
「深入りはしないでくださいね。こういったことに関わる人間は君が考えている以上に危険ですよ」
「で、でも……」
「でもじゃないです。身の程をわきまえるように」
全く納得はできていないが、シエラは仕方なく「はい……」と返事をする。
それから、広げた手紙を片付けて立ち上がった。それを見たルシウスが不思議そうに首をかしげた。
「おや?もう帰るんですか?」
「はい。今日はちょっと用事がありまして」
「また新しい依頼でも?」
事件の依頼だったらまだ良かった。
シエラは苦々しい笑みを浮かべた。
「いや、その……お見合いを少々……」
「……は?お見合い?」
「ええ。ラドクリフ侯爵家当主のクリストファー様という方が何故か私のことを見初めてくださったらしくて、結婚を申し込まれているんです。これまでほとんど話したこともなかったので驚いてるんですけど、侯爵様からのお話しを無碍にするわけにもいかないので、一度会ってみろと父が」
「そうでしたか……」
シエラは何となくルシウスの顔を見られないまま、軽くお辞儀をして部屋を出た。
貴族の家に生まれた以上、愛のない政略結婚は覚悟しなければならない。だが、シエラに来るその手の話は、同年代の貴族令嬢に比べればかなり少なかった。
その理由はもちろん、シエラに「令嬢探偵」などという二つ名があるからだ。
難事件を華麗に解決する探偵としてのシエラは、貴族たちの間でもずいぶん有名人で人気者ではあるが、嫁に迎えるとなると話は別だ。好んで無関係の事件に首を突っ込むような令嬢、敬遠されて当たり前だ。
それに加えシエラの父はだいぶ娘に甘い。たまにどこぞの物好きがシエラに見合い話をもちかけるようなことがあっても、結婚なんてしたくないとごねれば断ってくれる。父としても大好きなシエラに家を出て行って欲しくないという思いがあるのだろう。
そのため、こういった結婚の話に現実味のあるお見合いは初めてだ。
今回はとにかく相手が悪かったのだ。シエラを嫁に欲しいという物好きである上に、侯爵という高い身分の人間で、おいそれとは断れない。
とはいえ、シエラは別に今回も結婚までするつもりはなく、どうにか円満に断る方法を考えていた。
「定番は『他に好きな人がいて……』ってやつよね」
しかし実のところ、シエラになってからまともに恋をしたことがない。ちょっと追及されたらすぐにボロが出そうだ。
それからふと、この前のことを思い出す。
『私は、黒瀬さんのことが好きだったから……大好きだったから、思わず自分を犠牲にして助けてしまったんです』
つい口から出てしまった言葉。
黒瀬のことが好きだった。静奈が決して言えなかった言葉が溢れ出てしまった。
だが、ルシウスはその言葉に対して特に反応を示さなかった。やはり静奈の気持ちはとっくに承知だったのだ。
そう思うと、前世のことが今さら恥ずかしいやら苦しいやらで、胸が痛い。
だめだ。気持ちを切り替えなくては。そう思ったシエラは、パンっと両手で軽く頬を叩いた。
偶然玄関付近にいたレオンにその様子を目撃され、何事かと尋ねられたので、「今からお見合いだから気合を入れているの」と答えた。
今はとりあえず、前世の恋に心を痛めるなどという生産性皆無なことはやめて、これからのお見合いをどうにか切り抜けることを考えなければ。
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