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令嬢探偵、間違える

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「……と、いう感じでした」


 デマール男爵の件を一通り語り終え、シエラはふうっと息をつく。
 静かに聞いていたルシウスは、それを見て首を傾げた。


「で?」

「え?『で?』とは」

「いやですから、それだけですか?犯人は特定できずじまいでした、と?」

「だ、だって無理じゃないですか?これだけじゃ何もわかりませんよ」


 シエラが言うと、ルシウスはあきれたように肩をすくめた。それからデマール男爵の調査書をシエラから取り上げる。


「何もわからない、というわけではないでしょう?マルガリータ・デマール殺害の犯人はわからずとも他に気付いたことはあった。だからこうして男爵家に繋がりのある人物について調べようとしていたのでは?」

「……」


 鋭い指摘にしばらく口を閉ざした。確かに、この件に関して気付いたことがある。ただしまだ証拠はない。探偵である自分が間違った推理を語れば信用が……。


 そこまで考えてから思い出す。今シエラの目の前にいるのは、前世で自分が助手をしていた名探偵の生まれ変わりだ。前世むかしから、静奈はよく見当はずれの推理を黒瀬に語っていたではないか。

 ならば今さら彼の前で推理を間違えたって問題ない……かもしれない。
 そう考えるといくらか気が楽になり、シエラはルシウスの反応をうかがいながら口を開いた。


「デマール男爵、それから亡くなったマルガリータさんは……恐らく、良くない薬に手を出していたのだと思います」


 良くない薬。興奮作用や依存性のある、いわゆる使用が禁止されている薬物だ。
 この国でも、治安の悪い地域ではかなり流通しているという話を聞く。


「マルガリータさんは一年ほど前、情緒が不安定になり、悪魔でも取りついたのではと使用人たちが噂するほどに狂いだしました。それは薬の作用によるものじゃないでしょうか。何らかのルートで手に入れ、その依存性から兄妹は薬に大金を払うようになった。……それが、デマール家の財政難に繋がったんです」


 兄である男爵が不健康そうに痩せたというのも家の財政難による心労などではなく、恐らく薬の作用だ。

 五人の使用人を解雇し、税金や領地産の製品の値段を上げたにもかかわらずあれだけ苦しい生活をしているのは、今なお金を薬につぎ込んでいるからだろう。


「……なんて考えたんですけど……やっぱ違いますかね?」


 しっかりとした口調で語っていたシエラだが、ルシウスの変化しない表情を見ているうちに、自信はみるみる萎んでいった。

 実際にその薬らしきものを目にしたわけではないし、想像の域を出ないのだ。


「はあ。なるほど生まれ変わってきちんと推理をするようになったと感心していたのに、何故そこで自信を失うんですかねぇ。最後まで堂々としていないと台無しではありませんか」

「だって……」

「まあ良いでしょう。君の言うように彼らが薬物の類を使っていた可能性はあると思いますよ。この国の歴史を見ても、そういった薬で財政難に陥り身を滅ぼした貴族の例は一つや二つではありませんし」

「そうですよね!」


 推理を否定されなかったことに、シエラはほっと息を吐く。

 というか、ルシウスは先ほどさらりと『きちんと推理をするようになったと感心していた』と言っていた。これはもしかしなくても褒められているのかもしれない。
 少しばかりそんな期待をしていたが、彼は次の瞬間にはいつもの張り付けた笑みを浮かべていて、これまたいつものように嫌味っぽく言った。


「とはいっても、無数にある可能性の一つ。確定するには物的証拠が必須ですよ?何故その可能性に思い当った時点で男爵の屋敷を調べなかったんです?」

「それはその……家に帰ってから思いついたことだったし……」

「なるほど。この程度のことを、帰ってゆっくり考えてみるまで気付かなかったんですか」

「うっ……」


 心にぐさりと突き刺さった。黒瀬とは違うのだから、その場で色んな可能性をほいほいと思いつくわけがない。
 シエラは悔しさでいっぱいになりながらも、同時にこんなことも思った。

 こういうやり取り、何だか懐かしい。


「仕方ないですね。行きますよ」


 ルシウスがそう言ってゆっくりと立ち上がった。


「行く?どこにですか?」

「決まっているでしょう。デマール男爵のところへ。さっさと事件を解決しましょう」

「い、今からですか?」

「当たり前です」

「でも仕事は……?」

「俺が数時間空けていたところで支障はないかと。うちの従業員は優秀ですからねぇ」


 それなりに大きな組織の代表がそれで良いのか。
 だがシエラがこれ以上何も言わなかった。彼はこちらが多少渋ったところで意見を変えるような男ではない。反抗するだけ無駄なのだ。


「ああ、馬車は手配できますね?」

「わかりましたわかりました!全く、相変わらず助手遣いが荒いんだから」

「助手……?」


 何気なく言ってしまった言葉だった。彼と話すうちに、前世の記憶に引っ張られていたのだ。

 ルシウスは、いつもの薄笑いを消し、ぞくりとするような目でシエラを見た。


「俺は探偵ではありませんよ。探偵は君でしょう、シエラ嬢」

「あ、えっと。つい……ごめんなさい」


 そうだ。今までこの世界では、「自分がいなければ迷宮入りする事件がある」という意識のもと気を張っていた。しかし、天才的な頭脳を持った探偵の生まれ変わりが現れたことで、シエラの気持ちはすっかり緩んでいたのだ。

 小さく震えた声の謝罪を聞き、ルシウスは目を閉じてため息をついた。


「まあ別に怒っているわけではありません。君が『令嬢探偵』として世間に名を知らしめている以上、それなりに責任を持つべきだと思っただけです。君はもう『探偵助手』の静奈くんではないのですよ」

「……はい」

「あと──俺はもう、二度と探偵はやらないと誓っていますので」

「え」


 思わず顔を上げた。

 三度の飯より謎が好きだった彼が、二度と探偵をしないと誓った?

 意味深な言葉だったが、何となくその真意を尋ねることはできなかった。



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