元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。

町川未沙

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令嬢探偵、相談する(2)

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 二日前──。

 呼び出されたデマール男爵領は、馬車で通りを少し移動しただけで異様な雰囲気が漂っているのがわかった。
 出歩く人々は少なく、その人たちも皆どこか疲れた表情をしている。立ち並ぶ店の中はどこも暗く、通り全体が寂れた印象。明るさの象徴とも言える子どもたちの笑い声は一切聞こえてこない。

 それでも、領主である男爵の屋敷は、一般的な貴族のものと遜色ない立派なものだった。


「この度はご足労ありがとうございます、ダグラス嬢」


 シエラを出迎えたジャン・デマール男爵は、不健康なやせ細り方をした四十前の男だった。
 彼とは以前何度か顔を合わせたことがあるが、もう少しふっくらとした体形だったはずだ。歳の離れた妹が殺された……という話は手紙に書かれていたので、恐らくそれによるストレスから痩せてしまったのだろうと当たりを付ける。

 シエラはさりげなく彼のことや部屋の中を観察しながら、使用人が持ってきた紅茶を一口飲んだ。雑味が強く、紅茶本来の香りや味がしない。ずいぶん安物の茶葉が使われているらしかった。


「ちょうど一週間前のことです……」


 男爵は、カタカタと小刻みに震えながら話し始めた。
 一週間前、彼の妹であるマルガリータが、デマール家の所有する街はずれの小屋で死んでいるのが見つかった。
 彼女は今年で二十五になるが、貴族女性にしては珍しく未婚で、同じこの屋敷で生活していた。近頃よくどこかへ出かけていたが、その日帰ってこなかったことを不審に思い捜索を開始した。
 見つかったマルガリータは腹部を刺され、血を流して死んでいた。凶器は近くに落ちていた大きなハサミ。いくつもの浅い傷があり、まるで致命傷にならない傷をいくつも付け、十分にいたぶってから殺されたかのようだった。


「つ、次に狙われるのはきっと私だ」


 男爵は顔を真っ青にして頭を抱える。


「狙われる?」

「マルガリータを殺したやつに、私も……」

「デマール男爵、落ち着いてください。何故そのように思うのですか?犯人に心当たりが?」

「き、きっと元使用人の誰かだ!復讐しに来たんだ……」


 元使用人。何でも一年ほど前、財政の悪化を理由に五人の使用人を突然解雇したらしい。
 そんなことをされては家族が路頭に迷うと泣きついてきた者もあったが、容赦なく切り捨てたそうだ。


「マルガリータは彼らへの当たりもきつく、ずいぶんと恨みを買っていました。やめさせる使用人を選んだのもあいつだ。だが、実際に解雇を言い渡したのは私なのだから、私も十分に恨みを買っているはずです……」


 その後の彼らの生活は知らないということだが、解雇されたことが原因で生活が困窮したということなら、確かに動機としては十分だろう。

 他の心当たりは特になさそうだったので、とりあえずその線から探ることにした。

 デマール男爵は辞めさせた使用人の行方は把握していなかったが、今も屋敷に残る使用人たちは、彼らの現在を詳しく知っていた。


「五人のうち四人は、実家へ戻ったり引っ越したりでもうこの辺りに住んでいません」


 具体的にどこにいるのかを聞けば、一番近い人でデマール領から馬車で数日の場所だった。この話だけで容疑者から外せるわけではないが、未だにこの辺りに住んでいる残り一人が犯人という可能性は非常に高い。

 それからシエラは、「ついでに」と被害者であるマルガリータの人柄について尋ねた。すると、話を聞いた使用人たちは、別々に話を聞いたにもかかわらずほぼ同じ話をした。


「マルガリータ様は、昔から高慢で貴族という地位に並々ならぬ誇りを持つ女性でした。それでも美しい方だったのですが……一年ほど前から様子がおかしくなりまして……」


 暗く沈んでいたかと思えば突然高らかに笑いだしたり、意味不明な言葉を言いまくったり、何かに怯えたように震えていたり。

 あまりに情緒が不安定で、悪魔か何かに憑かれたのではないかと噂されていたぐらいだった。

 さらに、マルガリータの兄である男爵の様子が変わり始めたのも同じころだった。といっても、彼の方は目に見えておかしくなってしまったというほどではなく、不健康に痩せ部屋にこもる頻度が増えたぐらいだが。
 恐らく彼に関しては、男爵家の財政が傾いてきたことによる心労だろう。使用人を解雇したという時期とも重なる。

 ともかく、使用人たちはマルガリータのことを敬遠しており、事件のあった日に何故マルガリータが街外れの小屋にいたのかは皆目見当がつかないとのことだ。

 これ以上有益な情報は出てこないだろうと判断し、シエラは早速教えてもらった元使用人が住む家に向かった。
 地図を頼りに道を歩くうち、来たときに感じた異様な雰囲気をまた感じ取った。

 妙に人通りが少ない。まれにすれ違った人は、シエラを見ると怯えたような表情を浮かべて道を空けた。
 さらにただごとではないと感じたのは、道を走っていた子どもを、親と思しき女性がものすごい形相で追いかけ、こんな風に怒ったことだ。


「外に出たらだめって何回も言ってるでしょ!?この間も青果店の子がいなくなったばかりなのよ!あんたまで誘拐されたらどうするのっ?」


 誘拐、という単語が確かに聞こえた。
 話を聞こうと思ったが、母親は外で遊びたいとごねる子どもを無理やり家に引き込んで扉を閉めてしまった。
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