9 / 41
令嬢探偵、商会長に会う(2)
しおりを挟むルシウスが一枚の安物の紙がテーブルに置く。彼は『手紙』と言ったが、封筒に入っていたわけでもなく、本当にただ紙に文字を書いて折りたたんだだけのものだ。
そしてその文字はずいぶんと雑で、パッと見ただけではそれが文字なのかということすらわからない。文字だと思って見ればどうにか読めるが、全てを解読するのは根気がいりそうだ。
ルシウスはそれを察して中身を説明してくれた。
「内容をまとめると、『クレイトン商会の長、ルシウス・クレイトンは人殺しだ。先代に毒を盛って殺し、新たな商会長になったのだ。この話を広められたくなければ今すぐ長の座を下り、クレイトンの名を捨てろ』という感じです」
人殺し……ずいぶんと不穏な話だ。ルシウスはさらに詳しく説明し始める。
「先代というのは、一年前に急死した俺の養父のことです。死因は毒死。何らかの植物毒ではないかとの話です」
「ああ、この手紙にも『毒を盛って殺した』と書いてありますね」
「ただ肝心の毒物は見つからずじまいでした。誰かに毒を盛られたのか、それとも自ら飲んだのかもわかりません」
「自殺の可能性も?心当たりがあるのですか?」
「いえ。ですから、先代は誰かに恨まれて殺されてしまったのだと、商会の内外で以前から噂されていました。その噂の中では、残念ながら俺も容疑者の一人です。それが今回このように脅迫文として届いてしまったわけです」
なるほど、とシエラはうなずいた。『先代は現在の商会長によって殺された』などという話が広められたら、たとえそれが真実でなくとも、商会が信用を失うことは間違いない。
「つまり、この手紙を送った犯人を見つけるというのが私への依頼ですね?」
自分のやるべきことがわかり、シエラは居ずまいを正す。彼はそんなシエラの目をまっすぐ見ながら軽くうなずいた。
「はい。一つはそうです」
「『一つは』と言いますと?」
「もう一つ……先代の死の真相を調べてもらいたいのです。毒を盛られたならその犯人は誰か、自殺ならその動機を」
「えっ……でも一年前のことなのですよね」
シエラは思わず眉をひそめた。
手紙のことはいくらか調べられるかもしれない。しかし、先代の死について調べるのは難しくないだろうか。現場が保存されているわけでもないし、当時の状況を正確に覚えている人もそういないだろうから関係者への聞き込みも難しい。
シエラは腕を組み考え込んだあと、「最善を尽くします」とだけ答えた。
「念のため聞きます。気を悪くしないでください。……この手紙の内容は、事実ではないという前提で考えてよろしいのですね?」
こんなことを聞いて「実はこの手紙の内容は本当で、自分が先代を殺しました」などと答えるはずはないが、反応を見るために一応。
しかし反応を見ても、嘘をついているかどうかなど全くわからなかった。ルシウスは不躾な質問にも気を悪くした様子は一切見せず、微笑を浮かべたまま答えた。
「もちろん。もしこの手紙に書かれていることが本当なら、貴女に依頼なんてせずひた隠しにしているはずでしょう。……ああ、そう思わせるためにあえて依頼をしたという可能性も捨てきれない?」
「……いえ、本当に形ばかりの質問ですので。依頼人であるルシウスさんのことを信用して調査を進めさせて頂きます」
何故だろう。この男、人の良い笑顔を浮かべているはずなのに感情が読めない。それどころか、得たいの知れない何かに睨まれているような恐怖すらも感じさせる。顔が整いすぎている故だろうか。
そこまで考えたシエラだったが、いや違う……と考えを改める。
シエラは最初にルシウスを見たとき、見たことのないほど美形の男だと思った。しかし今冷静に考えてみると、彼ぐらいの顔立ちの男は、ダグラス家と交流のある貴族の子息たちの中にも割といる。
もっとこう、彼の根本的な何かに、シエラを惹きつけ畏怖の念すら抱かせるものがある……気がする。
「シエラ嬢?俺の顔に何か付いていますか?」
ルシウスの戸惑い混じりの声に、シエラは長いこと無言で彼の顔を見つめていたことに気が付いた。
「ご、ごめんなさい」
「シエラお姉さん、ルシウスさんがかっこいいから見惚れてたでしょー?でも僕、シエラお姉さんがルシウスさんばっかり見て僕のこと見てくれないの寂しいな」
依頼について話している間はずっと静かにしていたレオンが、突然シエラの腕にぎゅっとしがみついてきた。
「え、あの……ごめんね」
「レオン。妙なこと言って困らせないでください」
大して困ってなさそうな声で言うルシウスに、レオンは子どもらしい明るい声で「ごめんなさーい」と笑った。
レオンのおかげで少し和んだシエラは、読みづらい手紙を改めて手に取る。
「この字の雑さは、筆跡から特定されないようにしているのでしょう。となると、普段の字だとルシウスさんたちに特定されてしまうような人物。つまりこの商会で働いている人だったり、取引先であったりと身近な人である可能性が高いですね」
シエラはゆっくりソファーから立ち上がった。
「とりあえず、今ここにいる三人から順番に話を聞かせてください」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
神様 なかなか転生が成功しないのですが大丈夫ですか
佐藤醤油
ファンタジー
主人公を神様が転生させたが上手くいかない。
最初は生まれる前に死亡。次は生まれた直後に親に捨てられ死亡。ネズミにかじられ死亡。毒キノコを食べて死亡。何度も何度も転生を繰り返すのだが成功しない。
「神様、もう少し暮らしぶりの良いところに転生できないのですか」
そうして転生を続け、ようやく王家に生まれる事ができた。
さあ、この転生は成功するのか?
注:ギャグ小説ではありません。
最後まで投稿して公開設定もしたので、完結にしたら公開前に完結になった。
なんで?
坊、投稿サイトは公開まで完結にならないのに。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~
岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。
順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。
そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。
仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。
その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。
勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。
ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。
魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。
そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。
事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。
その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。
追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。
これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる