元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。

町川未沙

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令嬢探偵、商会長に会う(2)

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 ルシウスが一枚の安物の紙がテーブルに置く。彼は『手紙』と言ったが、封筒に入っていたわけでもなく、本当にただ紙に文字を書いて折りたたんだだけのものだ。

 そしてその文字はずいぶんと雑で、パッと見ただけではそれが文字なのかということすらわからない。文字だと思って見ればどうにか読めるが、全てを解読するのは根気がいりそうだ。

 ルシウスはそれを察して中身を説明してくれた。


「内容をまとめると、『クレイトン商会の長、ルシウス・クレイトンは人殺しだ。先代に毒を盛って殺し、新たな商会長になったのだ。この話を広められたくなければ今すぐ長の座を下り、クレイトンの名を捨てろ』という感じです」


 人殺し……ずいぶんと不穏な話だ。ルシウスはさらに詳しく説明し始める。


「先代というのは、一年前に急死した俺の養父のことです。死因は毒死。何らかの植物毒ではないかとの話です」

「ああ、この手紙にも『毒を盛って殺した』と書いてありますね」

「ただ肝心の毒物は見つからずじまいでした。誰かに毒を盛られたのか、それとも自ら飲んだのかもわかりません」

「自殺の可能性も?心当たりがあるのですか?」

「いえ。ですから、先代は誰かに恨まれて殺されてしまったのだと、商会の内外で以前から噂されていました。その噂の中では、残念ながら俺も容疑者の一人です。それが今回このように脅迫文として届いてしまったわけです」


 なるほど、とシエラはうなずいた。『先代は現在の商会長によって殺された』などという話が広められたら、たとえそれが真実でなくとも、商会が信用を失うことは間違いない。


「つまり、この手紙を送った犯人を見つけるというのが私への依頼ですね?」


 自分のやるべきことがわかり、シエラは居ずまいを正す。彼はそんなシエラの目をまっすぐ見ながら軽くうなずいた。


「はい。一つはそうです」

「『一つは』と言いますと?」

「もう一つ……先代の死の真相を調べてもらいたいのです。毒を盛られたならその犯人は誰か、自殺ならその動機を」

「えっ……でも一年前のことなのですよね」


 シエラは思わず眉をひそめた。
 手紙のことはいくらか調べられるかもしれない。しかし、先代の死について調べるのは難しくないだろうか。現場が保存されているわけでもないし、当時の状況を正確に覚えている人もそういないだろうから関係者への聞き込みも難しい。

 シエラは腕を組み考え込んだあと、「最善を尽くします」とだけ答えた。


「念のため聞きます。気を悪くしないでください。……この手紙の内容は、事実ではないという前提で考えてよろしいのですね?」


 こんなことを聞いて「実はこの手紙の内容は本当で、自分が先代を殺しました」などと答えるはずはないが、反応を見るために一応。

 しかし反応を見ても、嘘をついているかどうかなど全くわからなかった。ルシウスは不躾な質問にも気を悪くした様子は一切見せず、微笑を浮かべたまま答えた。


「もちろん。もしこの手紙に書かれていることが本当なら、貴女に依頼なんてせずひた隠しにしているはずでしょう。……ああ、そう思わせるためにあえて依頼をしたという可能性も捨てきれない?」

「……いえ、本当に形ばかりの質問ですので。依頼人であるルシウスさんのことを信用して調査を進めさせて頂きます」


 何故だろう。この男、人の良い笑顔を浮かべているはずなのに感情が読めない。それどころか、得たいの知れない何かに睨まれているような恐怖すらも感じさせる。顔が整いすぎている故だろうか。

 そこまで考えたシエラだったが、いや違う……と考えを改める。

 シエラは最初にルシウスを見たとき、見たことのないほど美形の男だと思った。しかし今冷静に考えてみると、彼ぐらいの顔立ちの男は、ダグラス家と交流のある貴族の子息たちの中にも割といる。

 もっとこう、彼の根本的な何かに、シエラを惹きつけ畏怖の念すら抱かせるものがある……気がする。


「シエラ嬢?俺の顔に何か付いていますか?」


 ルシウスの戸惑い混じりの声に、シエラは長いこと無言で彼の顔を見つめていたことに気が付いた。

「ご、ごめんなさい」

「シエラお姉さん、ルシウスさんがかっこいいから見惚れてたでしょー?でも僕、シエラお姉さんがルシウスさんばっかり見て僕のこと見てくれないの寂しいな」


 依頼について話している間はずっと静かにしていたレオンが、突然シエラの腕にぎゅっとしがみついてきた。


「え、あの……ごめんね」

「レオン。妙なこと言って困らせないでください」


 大して困ってなさそうな声で言うルシウスに、レオンは子どもらしい明るい声で「ごめんなさーい」と笑った。

 レオンのおかげで少し和んだシエラは、読みづらい手紙を改めて手に取る。


「この字の雑さは、筆跡から特定されないようにしているのでしょう。となると、普段の字だとルシウスさんたちに特定されてしまうような人物。つまりこの商会で働いている人だったり、取引先であったりと身近な人である可能性が高いですね」


 シエラはゆっくりソファーから立ち上がった。


「とりあえず、今ここにいる三人から順番に話を聞かせてください」


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