元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。

町川未沙

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元探偵助手の記憶①

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 街中にあるそこそこ立派な一軒家が、黒瀬と静奈の住宅兼探偵事務所だった。

 一階の一部が依頼人を通すことのできるスペースで、その他と二階が居住スペース。二人で暮らすにしても広すぎるぐらいの建物なのに、静奈に出会う前は黒瀬が一人で生活していたらしい。

 探偵というのはそんなに儲かるものなのかといえば決してそういうわけではない。黒瀬は20代の若さでずいぶんな資産を保有していたが、それは親の遺産とそれを元手にした資産運用で得たものだった。株価なんかの予測がずいぶん得意な上、特にお金のかかる趣味も持ち合わせておらず、静奈を雇う(と言えば聞こえが良いが実際は居候状態)のも余裕だったようだ。

 そのため探偵業は黒瀬にとって、娯楽の一環だった。探偵事務所の看板を大々的に出すようなこともしておらず、ペット探しだとか素行調査だとか、いわゆる探偵の仕事の依頼が来ることはなかった。
 来るのは、遺言状の暗号を解いてほしいという訳ありの資産家の息子だったり、警察の調査に納得できないから調べなおしてほしいと依頼する若い女性など。それから事件が迷宮入りしそうになれば黒瀬に頼る癖がついてしまった刑事たち。

 とある冬の日に訪れていたのも、そんな中の一人である松坂という警部だった。


「一昨日の夕方、麻薬の密売組織の男を一人を逮捕したのだが……」


 かなり大きな組織のため、一人捕まえたぐらいではどうにもならないが、関わる人物を一人でも多く見つけ出したい。

 そこで捕まえた男の部屋を捜索し、仲間とのやりとりだと思われる手紙を何枚も発見した。しかしながらその手紙は──。


「暗号、ですか」


 松坂警部は、一枚一枚ビニール袋に入れられた手紙をどさっと机に置いた。


「……これで男の部屋から見つかった手紙は全部だ。不本意だが、あんたに解読を依頼したい」

「ええ、わかりました。ご安心を、あなたの手柄を一つ増やせるよう精一杯務めさせていただきますよ。また出世できると良いですねぇ」


 目が隠れるぐらい長く伸びた真っ黒な前髪を耳にかけ、黒瀬はにやりと笑う。

 その言葉で不快感を顔に出した松坂警部に、静奈は心の中で謝る。ごめんなさい、この人嫌味言うか謎解いてるかしてないと死んじゃうんです。いつもご依頼ありがとうございます。

 そんな警部が出て行った後、黒瀬はその暗号を暇つぶしに雑誌でも眺めるかのような軽さでパラパラと見る。そして一通り確認し終えると、すぐに手近にあった白紙に何かを書き始めた。


「黒瀬さーん。暗号解けそうですか?」


 まさかそれほど早くは解けないだろうと思って聞いたのに、黒瀬はあっさりうなずいた。


「解き方の検討はついていますよ。警部は難しく考えすぎのようですねぇ」

「嘘でしょ?どうやって解くんですか?」


 驚いて黒瀬の手元をのぞき込む静奈に、彼は丁寧に解き方を説明してくれた。だが残念ながら静奈にはさっぱり理解できなかった。

 そんな静奈の反応を見た黒瀬は盛大にため息をついた。


「静奈くん。探偵助手を名乗るなら、これぐらいの暗号は解読できるようにしてください」

「いやいや、フツーこんなの読めませんって!」

「やれやれ仕方ない。基本的な暗号の作り方と解読法を一から教えましょう。どこかで役に立つかもしれませんから」

「これからの私の人生でそんな場面たぶんないです!」


 静奈の抵抗はむなしく、その後暗号については黒瀬にスパルタで叩き込まれた。

 そのおかげもあって、静奈は暗号に関してだけはかなり強くなったのだった。


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