6 / 41
令嬢探偵、街に行く(3)
しおりを挟む
●
「ルシウスさん!やっと見つけた」
シエラと別れたレオンは、静かに本を読んでいたクレイトン商会の長、ルシウス・クレイトンの元へ駆け寄った。
細身で、同性のレオンでも油断すれば見惚れてしてしまうような美形。壁に寄りかかりながら本を読むという仕草だけでも妙に人目を惹いている。
「レオン。遅い……と言いたいところですが、あなたが道に迷うことは想定済みでした。むしろ、思ったより早く会えましたね」
「まあ色々あってさ。あ、これ言ってた外国の本。ちょっと割引してもらったよ」
「ありがとうございます。あそこの古書店、以前値切りすぎたせいで俺はほぼ出禁状態なんですよねぇ。やはり人を油断させるあなたの容姿は役に立ちます」
今日、レオンはルシウスと二人で街まで出てきていた。必要な本を売る古書店を出禁にされているルシウスの代わりにレオンが受け取りに行く間別行動をしていて、最終的な待ち合わせ場所がここだったのだ。この狭い区間に劇場はいくつかあるためすっかり迷ってしまっていた。
帰りましょうか、というルシウスの言葉に頷き、並んで歩き出す。
レオンはしばらく逡巡した後、先ほどの出来事をルシウスに話した。
「さっき面白い貴族のお嬢様に会ったんだ。その人にここまで案内してもらってさ」
「ほう。それで早かったのですね。貴族……レオン、まさかと思いますが」
「はは、そうそう。また悪い癖が出ちゃってさ……。不思議だよな、ルシウスさんに拾われて、もうあんなことしなくても食えるのに、隙のありそうな金持ち見るとつい手が伸びちゃうんだ」
レオンはスリの常習犯だった。
ルシウスに拾われる前は貧民街を根城にする孤児で、生きていくために盗みをしていた。
ルシウスとの出会いもそれがきっかけだった。たまたま財布を盗った相手がルシウスで、その時もすぐにバレた。しかし何故かそれでルシウスに気に入られ、その時はまだ商会のナンバー2だった彼の仕事の手伝いをするようになった。
温かい食事に温かい寝床がある今。それなのに、盗みが止められない。やってしまった日はずっと罪悪感に苛まれる。
「クレプトマニア」
ルシウスが馴染みのない単語を呟いた。
「クレ……?」
「クレプトマニア。窃盗症。盗みがやめられない精神的な病で、万引きの場合が多いですが、あなたの場合はスリなのかもしれないなと。……まあ、少なくともこの国では病気として確立していないが」
「まーた難しい話だ。時々よくわかんないんだよな、ルシウスさんの話」
ルシウスは時々このように、レオンにはよく理解できないことを言う。
そして、そのことについてそれ以上説明しようとしないのもいつものことだ。まともに勉強をしたことのないレオンにはどうせわからないだろうと思われているのかもしれない。事実なのでレオンもいつも聞き流している。
「それで、盗んだ金はまた貧民街に住む適当な子どもに渡しに行くんですか?」
ルシウスが「また」と言っているのは、レオンは金持ちから盗んだ財布を使いもしないのに手元に置いておくわけにいかず、いつも昔いた貧民街に住んでいる子どもに渡しているからだ。
しかし今回は事情が異なる。
「いや、それがさ……今回そのお嬢様には盗ったことがバレちゃってさ。もう本人に返したよ」
「は?バレた?」
「うん。バレたのはルシウスさんの時と合わせて二回目だよ」
「……よく見逃してもらえましたね」
眉をひそめるルシウスに、レオンは苦笑いする。シエラに言われたことを思い出したのだ。
「二度としないって約束させられたけどね。もし次やったら、探偵の名にかけて容赦はしないってさ。……でもおかげで、この嫌な癖が治せそうな気がするよ。やったらシエラお姉さん失望するなって考えたら思い留まれそう」
「探偵……シエラ……」
「何かシエラお姉さんって貴族のイメージと違ったんだよね。貴族特有の上品さは確かにあるんだけど、親切だし、人を見下したような態度を取らないんだ。おまけに美人。ま、僕のことを小さい子どもみたいに言ってくるのは玉に瑕だけど。……ん?どうしたのルシウスさん?」
隣を歩いていたはずのルシウスが、いつの間にかレオンの後方にいた。道の真ん中で立ち止まり、先ほどレオンを待つ間に読んでいた本を真剣に見ている。
何事かと近づいたレオンに、ルシウスが尋ねた。
「レオン。もしやそのご令嬢、シエラ・ダグラスと名乗りませんでしたか?」
「え?いや、苗字は知らないけど名前はシエラだって言ってたよ」
「探偵をしているとも言っていたのですね?」
「うん。僕が人を探してるってこと一発で見抜いちゃってすごかったな。ねえ、でもそれがどうかしたの?」
ルシウスは黙ったまま、見ていた本をレオンに渡した。
まだ読み書きの勉強を初めてから日が浅いため詳しくはわからないが、どうやら貴族の少女を主人公にした大衆向けの物語らしかった。
「巷では少し流行っている小説らしいです。客との会話のネタになるかと思い読んでいましてね。簡単に言うと、きらびやかな生活を送る貴族令嬢の主人公には“探偵”という裏の顔があり、様々な事件を解決していくというストーリーです。そしてどうやらその主人公にはモデルとなった人物がいるらしく、その人物の名が、シエラ・ダグラスなのですよ」
それにはレオンも驚いた。
「え、てことはシエラお姉さんって有名人だったの⁉」
「一部では、でしょうけど。……はは、これは一度、この令嬢探偵に依頼をしてみなければ」
「依頼?」
「ええ。ちょうどあるでしょう?こちらの頭を少しばかり悩ませている厄介ごとが」
「ああ……あれか」
レオンの頭に、ルシウスの言う「厄介ごと」が浮かぶ。
しかしルシウスは前に、その厄介ごとは大事にせず内々で解決するつもりだと言っていたはずだ。外部の人間に解決を依頼するなど、いったい何故そんな心変わりをしたのだろう。有名人を招いて喜ぶようなタイプでもないのに。
……少しばかり疑問を抱いたレオンだったが、やがて考えるのをやめた。
何にせよ、あの令嬢に思ったよりも早く再会できそうだと思うと嬉しかった。
「ルシウスさん!やっと見つけた」
シエラと別れたレオンは、静かに本を読んでいたクレイトン商会の長、ルシウス・クレイトンの元へ駆け寄った。
細身で、同性のレオンでも油断すれば見惚れてしてしまうような美形。壁に寄りかかりながら本を読むという仕草だけでも妙に人目を惹いている。
「レオン。遅い……と言いたいところですが、あなたが道に迷うことは想定済みでした。むしろ、思ったより早く会えましたね」
「まあ色々あってさ。あ、これ言ってた外国の本。ちょっと割引してもらったよ」
「ありがとうございます。あそこの古書店、以前値切りすぎたせいで俺はほぼ出禁状態なんですよねぇ。やはり人を油断させるあなたの容姿は役に立ちます」
今日、レオンはルシウスと二人で街まで出てきていた。必要な本を売る古書店を出禁にされているルシウスの代わりにレオンが受け取りに行く間別行動をしていて、最終的な待ち合わせ場所がここだったのだ。この狭い区間に劇場はいくつかあるためすっかり迷ってしまっていた。
帰りましょうか、というルシウスの言葉に頷き、並んで歩き出す。
レオンはしばらく逡巡した後、先ほどの出来事をルシウスに話した。
「さっき面白い貴族のお嬢様に会ったんだ。その人にここまで案内してもらってさ」
「ほう。それで早かったのですね。貴族……レオン、まさかと思いますが」
「はは、そうそう。また悪い癖が出ちゃってさ……。不思議だよな、ルシウスさんに拾われて、もうあんなことしなくても食えるのに、隙のありそうな金持ち見るとつい手が伸びちゃうんだ」
レオンはスリの常習犯だった。
ルシウスに拾われる前は貧民街を根城にする孤児で、生きていくために盗みをしていた。
ルシウスとの出会いもそれがきっかけだった。たまたま財布を盗った相手がルシウスで、その時もすぐにバレた。しかし何故かそれでルシウスに気に入られ、その時はまだ商会のナンバー2だった彼の仕事の手伝いをするようになった。
温かい食事に温かい寝床がある今。それなのに、盗みが止められない。やってしまった日はずっと罪悪感に苛まれる。
「クレプトマニア」
ルシウスが馴染みのない単語を呟いた。
「クレ……?」
「クレプトマニア。窃盗症。盗みがやめられない精神的な病で、万引きの場合が多いですが、あなたの場合はスリなのかもしれないなと。……まあ、少なくともこの国では病気として確立していないが」
「まーた難しい話だ。時々よくわかんないんだよな、ルシウスさんの話」
ルシウスは時々このように、レオンにはよく理解できないことを言う。
そして、そのことについてそれ以上説明しようとしないのもいつものことだ。まともに勉強をしたことのないレオンにはどうせわからないだろうと思われているのかもしれない。事実なのでレオンもいつも聞き流している。
「それで、盗んだ金はまた貧民街に住む適当な子どもに渡しに行くんですか?」
ルシウスが「また」と言っているのは、レオンは金持ちから盗んだ財布を使いもしないのに手元に置いておくわけにいかず、いつも昔いた貧民街に住んでいる子どもに渡しているからだ。
しかし今回は事情が異なる。
「いや、それがさ……今回そのお嬢様には盗ったことがバレちゃってさ。もう本人に返したよ」
「は?バレた?」
「うん。バレたのはルシウスさんの時と合わせて二回目だよ」
「……よく見逃してもらえましたね」
眉をひそめるルシウスに、レオンは苦笑いする。シエラに言われたことを思い出したのだ。
「二度としないって約束させられたけどね。もし次やったら、探偵の名にかけて容赦はしないってさ。……でもおかげで、この嫌な癖が治せそうな気がするよ。やったらシエラお姉さん失望するなって考えたら思い留まれそう」
「探偵……シエラ……」
「何かシエラお姉さんって貴族のイメージと違ったんだよね。貴族特有の上品さは確かにあるんだけど、親切だし、人を見下したような態度を取らないんだ。おまけに美人。ま、僕のことを小さい子どもみたいに言ってくるのは玉に瑕だけど。……ん?どうしたのルシウスさん?」
隣を歩いていたはずのルシウスが、いつの間にかレオンの後方にいた。道の真ん中で立ち止まり、先ほどレオンを待つ間に読んでいた本を真剣に見ている。
何事かと近づいたレオンに、ルシウスが尋ねた。
「レオン。もしやそのご令嬢、シエラ・ダグラスと名乗りませんでしたか?」
「え?いや、苗字は知らないけど名前はシエラだって言ってたよ」
「探偵をしているとも言っていたのですね?」
「うん。僕が人を探してるってこと一発で見抜いちゃってすごかったな。ねえ、でもそれがどうかしたの?」
ルシウスは黙ったまま、見ていた本をレオンに渡した。
まだ読み書きの勉強を初めてから日が浅いため詳しくはわからないが、どうやら貴族の少女を主人公にした大衆向けの物語らしかった。
「巷では少し流行っている小説らしいです。客との会話のネタになるかと思い読んでいましてね。簡単に言うと、きらびやかな生活を送る貴族令嬢の主人公には“探偵”という裏の顔があり、様々な事件を解決していくというストーリーです。そしてどうやらその主人公にはモデルとなった人物がいるらしく、その人物の名が、シエラ・ダグラスなのですよ」
それにはレオンも驚いた。
「え、てことはシエラお姉さんって有名人だったの⁉」
「一部では、でしょうけど。……はは、これは一度、この令嬢探偵に依頼をしてみなければ」
「依頼?」
「ええ。ちょうどあるでしょう?こちらの頭を少しばかり悩ませている厄介ごとが」
「ああ……あれか」
レオンの頭に、ルシウスの言う「厄介ごと」が浮かぶ。
しかしルシウスは前に、その厄介ごとは大事にせず内々で解決するつもりだと言っていたはずだ。外部の人間に解決を依頼するなど、いったい何故そんな心変わりをしたのだろう。有名人を招いて喜ぶようなタイプでもないのに。
……少しばかり疑問を抱いたレオンだったが、やがて考えるのをやめた。
何にせよ、あの令嬢に思ったよりも早く再会できそうだと思うと嬉しかった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
神様 なかなか転生が成功しないのですが大丈夫ですか
佐藤醤油
ファンタジー
主人公を神様が転生させたが上手くいかない。
最初は生まれる前に死亡。次は生まれた直後に親に捨てられ死亡。ネズミにかじられ死亡。毒キノコを食べて死亡。何度も何度も転生を繰り返すのだが成功しない。
「神様、もう少し暮らしぶりの良いところに転生できないのですか」
そうして転生を続け、ようやく王家に生まれる事ができた。
さあ、この転生は成功するのか?
注:ギャグ小説ではありません。
最後まで投稿して公開設定もしたので、完結にしたら公開前に完結になった。
なんで?
坊、投稿サイトは公開まで完結にならないのに。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる