元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。

町川未沙

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令嬢探偵、街に行く(3)

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「ルシウスさん!やっと見つけた」


 シエラと別れたレオンは、静かに本を読んでいたクレイトン商会の長、ルシウス・クレイトンの元へ駆け寄った。

 細身で、同性のレオンでも油断すれば見惚れてしてしまうような美形。壁に寄りかかりながら本を読むという仕草だけでも妙に人目を惹いている。


「レオン。遅い……と言いたいところですが、あなたが道に迷うことは想定済みでした。むしろ、思ったより早く会えましたね」

「まあ色々あってさ。あ、これ言ってた外国の本。ちょっと割引してもらったよ」

「ありがとうございます。あそこの古書店、以前値切りすぎたせいで俺はほぼ出禁状態なんですよねぇ。やはり人を油断させるあなたの容姿は役に立ちます」


 今日、レオンはルシウスと二人で街まで出てきていた。必要な本を売る古書店を出禁にされているルシウスの代わりにレオンが受け取りに行く間別行動をしていて、最終的な待ち合わせ場所がここだったのだ。この狭い区間に劇場はいくつかあるためすっかり迷ってしまっていた。

 帰りましょうか、というルシウスの言葉に頷き、並んで歩き出す。

 レオンはしばらく逡巡した後、先ほどの出来事をルシウスに話した。


「さっき面白い貴族のお嬢様に会ったんだ。その人にここまで案内してもらってさ」

「ほう。それで早かったのですね。貴族……レオン、まさかと思いますが」

「はは、そうそう。また悪い癖が出ちゃってさ……。不思議だよな、ルシウスさんに拾われて、もうあんなことしなくても食えるのに、隙のありそうな金持ち見るとつい手が伸びちゃうんだ」


 レオンはスリの常習犯だった。

 ルシウスに拾われる前は貧民街を根城にする孤児で、生きていくために盗みをしていた。
 ルシウスとの出会いもそれがきっかけだった。たまたま財布を盗った相手がルシウスで、その時もすぐにバレた。しかし何故かそれでルシウスに気に入られ、その時はまだ商会のナンバー2だった彼の仕事の手伝いをするようになった。

 温かい食事に温かい寝床がある今。それなのに、盗みが止められない。やってしまった日はずっと罪悪感に苛まれる。


「クレプトマニア」


 ルシウスが馴染みのない単語を呟いた。


「クレ……?」

「クレプトマニア。窃盗症。盗みがやめられない精神的な病で、万引きの場合が多いですが、あなたの場合はスリなのかもしれないなと。……まあ、少なくともこの国では病気として確立していないが」

「まーた難しい話だ。時々よくわかんないんだよな、ルシウスさんの話」


 ルシウスは時々このように、レオンにはよく理解できないことを言う。

 そして、そのことについてそれ以上説明しようとしないのもいつものことだ。まともに勉強をしたことのないレオンにはどうせわからないだろうと思われているのかもしれない。事実なのでレオンもいつも聞き流している。


「それで、盗んだ金はまた貧民街に住む適当な子どもに渡しに行くんですか?」


 ルシウスが「また」と言っているのは、レオンは金持ちから盗んだ財布を使いもしないのに手元に置いておくわけにいかず、いつも昔いた貧民街に住んでいる子どもに渡しているからだ。

 しかし今回は事情が異なる。


「いや、それがさ……今回そのお嬢様には盗ったことがバレちゃってさ。もう本人に返したよ」

「は?バレた?」

「うん。バレたのはルシウスさんの時と合わせて二回目だよ」

「……よく見逃してもらえましたね」


 眉をひそめるルシウスに、レオンは苦笑いする。シエラに言われたことを思い出したのだ。


「二度としないって約束させられたけどね。もし次やったら、探偵の名にかけて容赦はしないってさ。……でもおかげで、この嫌な癖が治せそうな気がするよ。やったらシエラお姉さん失望するなって考えたら思い留まれそう」

「探偵……シエラ……」

「何かシエラお姉さんって貴族のイメージと違ったんだよね。貴族特有の上品さは確かにあるんだけど、親切だし、人を見下したような態度を取らないんだ。おまけに美人。ま、僕のことを小さい子どもみたいに言ってくるのは玉に瑕だけど。……ん?どうしたのルシウスさん?」


 隣を歩いていたはずのルシウスが、いつの間にかレオンの後方にいた。道の真ん中で立ち止まり、先ほどレオンを待つ間に読んでいた本を真剣に見ている。

 何事かと近づいたレオンに、ルシウスが尋ねた。


「レオン。もしやそのご令嬢、シエラ・ダグラスと名乗りませんでしたか?」

「え?いや、苗字は知らないけど名前はシエラだって言ってたよ」

「探偵をしているとも言っていたのですね?」

「うん。僕が人を探してるってこと一発で見抜いちゃってすごかったな。ねえ、でもそれがどうかしたの?」


 ルシウスは黙ったまま、見ていた本をレオンに渡した。
 まだ読み書きの勉強を初めてから日が浅いため詳しくはわからないが、どうやら貴族の少女を主人公にした大衆向けの物語らしかった。


「巷では少し流行っている小説らしいです。客との会話のネタになるかと思い読んでいましてね。簡単に言うと、きらびやかな生活を送る貴族令嬢の主人公には“探偵”という裏の顔があり、様々な事件を解決していくというストーリーです。そしてどうやらその主人公にはモデルとなった人物がいるらしく、その人物の名が、シエラ・ダグラスなのですよ」


 それにはレオンも驚いた。


「え、てことはシエラお姉さんって有名人だったの⁉」

「一部では、でしょうけど。……はは、これは一度、この令嬢探偵に依頼をしてみなければ」

「依頼?」

「ええ。ちょうどあるでしょう?こちらの頭を少しばかり悩ませている厄介ごとが」

「ああ……あれか」


 レオンの頭に、ルシウスの言う「厄介ごと」が浮かぶ。
 しかしルシウスは前に、その厄介ごとは大事にせず内々で解決するつもりだと言っていたはずだ。外部の人間に解決を依頼するなど、いったい何故そんな心変わりをしたのだろう。有名人を招いて喜ぶようなタイプでもないのに。

 ……少しばかり疑問を抱いたレオンだったが、やがて考えるのをやめた。

 何にせよ、あの令嬢に思ったよりも早く再会できそうだと思うと嬉しかった。

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