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33.突っ走る前に周りを確認しましょう

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『世界の欠片を拾い集めて、大きな地図になーれ』

 手にした杖に力を込めて、頭に浮かんだ言葉を発した。

 それは、一見なんの変化もなかった。
 劇的に光を放つこともなかったし、ポンッと煙を上げて地図が書かれた羊皮紙が空中に現れたりもしなかった、けれど、視界の端に小さなマップが見えた。
 それはゲーム画面の端に半透過で表示されたMAPそっくりだった。

「うわっ、こうなる?」

 小さな四角は小さすぎて、はっきりとは確認できないけれど、この世界の世界地図のほんの一部が埋められているように見えた。

「んー…大きくならないかな」

 なんとか地図を手に入れることには成功したっぽいけど、このままじゃ小さすぎて場所を確認することすらできない。
 詳細、広域みたいに大きくなったり小さくなったりしないかな。
 目の端に見える地図を見つめながら、スマホの画面を動かすように、地図が表示されている辺りで指先を大きく広げてみた。

「あ、動いた。おお、大きくなった」

 まさか視界の端に映っている地図が、ピンチアウトで大きくなるとは思っていなかったから、なんだか妙に感動してしまった。
 でも、これなら良く見える。
 今いる場所がマクガレンさんのお屋敷で、ココが最初の森、それから山頂に行って、次に街道の外れの空き地に行った。全部、今日マクガレンさんに送ってもらった場所全部に、ピンが打ち込まれていた。
 これなら、行きたい場所に行けるかもしれない。
 気になると、直ぐに試さずにはいられなくて、でもこんな夜中に外に出るのは流石に危ないかと一瞬ためらいが生じた。

「東京とは、違うしなぁ」

 東京だって女の子が夜中に一人で外をうろつくのに、完全に安心だとはいえないけれど、この世界よりは確実に安全だ。獣も出ないし、モンスターも出ない。さらにはチンピラ以上に危険な人達が跋扈してる。
 そう考えると、今から外に出るのはダメだよねぇ…。
 あーもう、なんとかなりそうだと思うと、それを確認するまでいても立ってもいられなくなるのが私の悪いくせなんだよね…。
 明日の朝まで待って、アルバートさんやマクガレンさんに立ち会ってもらって確認するのが一番安全だって分かってるんだけど、それまで待ってられない自分がいる。

「何をしてらっしゃるんですか?」
「ひゃぁ!」

 結局居ても立っても居られなくて外に出る支度をしていた背後から、フルフルと怒りを抑えたような冷たい声が聞こえてきた。
 ビクリと肩が跳ね上がって、背筋を冷たい氷が滑り降りたようなゾゾゾゾッとした悪寒が走り抜けた。

「今が何時だか分かってらっしゃいますか?」

 穏やかな口調はいつもと同じなのに、そっとお腹の前で重ね合わせてある手に、ビキビキと青筋がたってるように見えるのは、私の目の錯覚ですか…?

「あ、えーとー……何時かな?」

 ロゼッタさんの顔が怖い。ニコニコと微笑んでいるように見えて、その実、目が全然笑ってないんですけど……。
 怒ってるのはわかるんだけど、何に対して怒ってるのかが全然わかんないよぅ。
 日本人お得意の愛想笑いで誤魔化せないかなぁとか思って見たけど、無理だ。誤魔化すとか、無理、無理、無理。

「分かってます、ハルカ様は聖女様で私達などには及びもつかないようなお力をもっていらっしゃるのでしょうけれど、それでもハルカ様は、若い女の子なんですよ。もっとご自分を大事になさってください。護衛も無しでこんな夜更けに外に出かけるなんでいけません」

 キッと厳しい顏でお説教をされて、シュンと項垂れてしまう。
 頭ごなしに怒られているなら反抗のしようもあるんだけど、全身から溢れ出ているのは私のことを心配しているという思い。こんな風に心配されたら、振り切って外に出掛けるのはちょっと無理だよね。

「ごめんなさい」

 心配させたことに対して頭を下げると、キュッと冷たい手に手を包まれた。

「すみませんハルカ様、差し出がましいことを申しました。でも、どうかなんでもお一人でやってしまおうとするのはおやめください。私たちでできることならなんでもいたしますから、ね?」

 うっ、ズルイ……。そんなウルウルの目で哀願するように見つめられたら、逆らえないよー。

「はい……、一人では出歩きません」
「おや?随分と聞き分けが良いんですね?」
「ひっ?」

 な、なんで?なんでここにアルバートさんがいるの?
 ロゼッタさんの後ろから現れたのは、帰ったはずのアルバートさんだった。

「どうして?と思ってますか?」

 問いかけにコクコクと頷く。

「今日の転移魔法ですが、後半が上手くいきませんでしたからね。普通なら1日眠って明日また頑張ろうと思うものですが、貴女の場合、明日まで待ってられないだろうと思ったんですよ。時間がないから、少しでも早く転移魔法を上手く使えるようになろうとするだろうと当たりをつけまして、こうして張っていたんですよ。勿論、オーウェンとエリオットも一緒ですよ」

 邪気の全くないアルバートさんの笑顔が、もの凄く眩しい。

「アルバート様が言ったこと本当だったんですね、ハルカったら、こんな時間から外に出るつもりだったなんて、びっくりだよ」
「ああ。それにしても、ハルカは俺たちの予測の上を行っているのに、それを予測するアルも凄いな」

 あー、私の行動って、そんなに以外でしたか…いやまぁ、この世界の女の子だったら夜更けに一人で外出しようなんてあんまり思わないよね。うん。
 でも、決行まで時間がないのに、悠長に魔法を練習しているわけにもいかないし。少しでも早くものにして、確実性をあげたかったんだよ。
 そんな私の思いを知っているのか、怒りのオーラを激しく燃え上がらせているロゼッタさんの後ろから、三人がニコニコと手を振ってくれている。
 どうやら一緒に行ってくれる気満々のようだ。



 ☆  ☆  ☆



 結論から言うと、転移魔法はもの凄く上手く行った。
 あんなに苦労していたのが嘘みたいに、世界地図にピンを打った場所にゲートを繋ぐことができた。
 地図魔法を発動させたままピンを打った目的地を選択して、転移魔法を発動させればあら不思議、ちゃんと狙った場所にゲートを繋げることができた。
 やっぱり行き先が分かっているのはやりやすい。目的地を混同することなく指定できたし。これなら、出発に間に合う。
 転移魔法が成功したことで、ホクホクで帰ってきた私だったけど、一番大事なことを見逃してしまっていた。
 上手く行ったことに大はしゃぎしてしまって、魔力には限界値があることを忘れてしまっていたのだ。
 大盤振る舞いで転移魔法を出しすぎだせいで、久しぶりにガス欠に陥ってしまった。

「大丈夫か、ハルカ?」

 グロッキー状態になってしまった私は、恥ずかしながらオーウェンさんにおんぶされて帰路に着いている。

「う…ん…ちょっとクラクラする……」
「ハルカは頑張りすぎなんだよ。最初は上手くできるかどうか試すだけって言ってたのに、いつの間にか今日のお昼に行った場所全部に行っちゃうんだもん。倒れて当然だよ」

 あー、エリオット君が怒ってる。
 月明かりでもはっきり見えるくらい真っ白な頬が、ぷーっと膨らんでる。
 ちょ、ほっぺた膨らませて怒るとか超可愛いんですけど。

「まぁまぁ、そう怒るなって。ハルカだって自分に出来ることをやろうとした結果なんだから、責めてやるな」
「そうですよ、ハルカは自分に出来ることを一生懸命やったんですよ」
「それはわかりますけど、でもこんなになるまでやるなんて……」

 ごめんねぇエリオット君、加減のわからないおバカさんで…。

 若干トホホな気持ちになりながら、オーウェンさんの背中に顏を埋めていると、不意にゾワリと全身が総毛立った。
 嘘……。なんで今?
 覚えのある感覚に、思わず体が強張ってしまった。

「っ……」
「ん?どうしたハルカ。具合が悪くなったのか?」
「ん、ううん……大丈夫。オーウェンさんの背中が気持ち良すぎて、眠っちゃいそうになっちゃった」
「なんだ、それなら寝てしまっても全然構わないぞ。ちゃんとベッドまで運んでやる」
「うん、ありがとうオーウェンさん。もし寝ちゃったらお願いするね」
「ああ、任せておけ」
「ハルカ、ハルカ。オーウェン様が疲れたら、僕が変わるから大丈夫だからね」
「うん、エリオット君もありがとう」

 さっきまで拗ねてほっぺたを膨らませていたのに、自分だってと主張してくるエリオット君に微笑み。おぶってくれているオーウェンさんにお礼を言って、そっと私は顏を伏せた。

 よりにもよって、なんで今なの?
 泡立った肌が落ち着くと、ジンと下腹部が疼いて、熱い塊りができたみたいに重くなった。
 更に全身が熱っぽくなってきて、体の奥がウズウズしてきた。これってアレだよね、この感じは女神様の……。
 こんなところで発情するなんて、そんなことは絶対だめ。そう思うから、必死に我慢しようと思ってるのに、今の私はオーウェンさんの背中に密着している。発情してしまっている状態で、男に人にこんなにピッタリとくっついていたら、何時まで我慢できるかわからないいよ。
 お願い、早くお屋敷に着いて。

 お屋敷に着いたからって状況が好転するわけじゃないのに、野外で痴態を晒す恐怖にパニクっていた私はそんなことすら思いつかなかった。
 ただギュッとオーウェンさんの背中にしがみついて、少しでも早くお部屋に辿り着きたい、それだけを必死に考えていた。

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