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29.現状と希望

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「お主等は我が同行する王立国境騎士団の第一部隊の後をついてくれば良い。上位貴族の私兵と、たまたまこちらに来ていた軍隊が先行して、プレヴァンを攻める。それに呼応する形で、内部に閉じ込められていた軍の者たちが挟撃する手筈が整っておる」
「異形とは言え、戦って勝てない相手ではないが…。圧倒的に数が違う…」
「それは承知の上じゃよ。向こうが国を挙げて攻めてくるというなら、こちらも全ての力をかき集めて相手をするしかないじゃろう」
「しかし先手は向こうが取っているだろう?王都の人たちを人質に取られてしまっては、こちらも思うように動けないのではないか?」

 そういったオーウェンさんの言葉に、マクガレンさんがちょっと目を逸らした。何故?と私が思う前に、ハッと顔色を変えたアルバートさんとオーウェンさん。

「まさか!王都の民を見捨てる気か?」
「…見捨てるのではない。だが、戦に犠牲は付き物じゃ…」
「そんなっ!…」

 思わず叫んで立ち上がってしまった。
 罪もない人達が沢山いるのに、戦を始めるなんて…。私には考えられない展開に、全身から血の気が引いていくのが分かる。

「ハルカっ!」

 クラリと眩暈がし、目の前がスッと黒く塗り固められる。
 ああ、貧血だ。倒れるんだ。と、そう思いながら、別の部分では倒れてる場合じゃないでしょ!と私を叱責する声がする。

「だ……だいじょ、ぶ…。ちょっと、クラッとしただけだから」

 慌てて支えてくれたエリオットくんの手に縋りながら、慎重に椅子に腰を降ろす。安心して気を抜くと、また倒れそうだったから。

「あのっ!王都にいる人達を助け出す方法は、本当にないんですか?」
「ハルカ…」

 私の必死の叫びに、痛ましそうな視線が向けられる。それだけで、私の言っていることが、子供の我侭と同レベルと思われているのが分かってしまった。
 でもだからって言わずにはいられない。

「ハルカこれを見てごらん」

 そう言って机の上に広げてくれたのは、この世界の地図。
 指指された場所がクレインヒル国で、巨大な島国だった。
 分かりやすく言うなら、オーストラリアぐらいかな。そして猫の肉球状に、東からオリヴェル、バロッタリ、ロマーナとそれぞれが北海道くらいの大きさの島国があった。各島国を何本もの橋が繋いで、交通の要所になっている。
 これを軍隊で短時間で行き来するのは、この世界の発展レベルでは大変だと思う。隣の島に行くだけでも、かなり時間がかかると思う。

「橋を渡るだけでも相当時間がかかりますからね。ですから、この橋は人が渡るものではないのです。並列に並んだ橋に滑車を付け、お互いの埠頭からロープで船を引くのですよ。ロープを引く道具には師匠が発明した魔道具が使われていて、定期的に船が行き来できるようにしてあるのです」

 えーとつまり、ネズミーランドで良く見る船のアトラクションと似たような感じかな。稼動部が上か下かの違いで。もしくは、ロープウェイ。
 建築とかそういうものには詳しくないから、たぶんそうなんだろうくらいの認識だけど、定期船が出ているならそれで、クレインヒルから市民を退避させられないのだろうか?
 そんな疑問が顔に出ていたのか、アルバートさんが悲しそうに首を振った。

「脱出経路として、航路は真っ先に封鎖されてしまいました。これしか道がないのですから当然ですよね。落とされてはいませんが、常時見張りが立っています」
「クレインヒルから逃げるには、海を泳いで渡るか、空でも飛ぶしかないが、そう簡単にはいかん」

 悔しそうに拳を握るオーウェンさんの姿に、彼らのほうがずっと辛いんだということに、今更気が付いた。
 クレインヒルにも、王都のあるノイエンドルフにも、彼らの友人知人は沢山いるはずだもん。その人達が危ない目に逢うのを、黙ってみていなければならないなんて、物凄く辛いはず。

「それじゃ、どうやって軍隊をクレインヒルに送るの?王都のあるノイエンドルフは、島の中心だよね?泳いで渡ったとしたって、ノイエンドルフまではかなりの距離がない?」

 訓練をつんだ軍人てか騎士とか兵士なら、よしんば泳いで渡れたとして、そこから先は?身一つで向こうに行ったところで、首都ノイエンドルフまでたどり着く前に、飢え死にしてしまいそうだ。
 そう問いかければ、私の隣にいたエリオットくんが、サッと明後日の方向へ視線を向けた。

「なにか方法があるのね?」

 地図ごとテーブルにバンっと手を突けば、困った顔のままアルバートさんが口を開いた。
 宥めるように、オーウェンさんにポンポンと肩を叩かれる。

「転移魔法を使ったのですよ」
「転移…魔法?…そんな便利な魔法があるなら、なんで早く王都の人を脱出させないの!?軍隊を送るより、町の人を非難させるほうが先じゃないの!?」
「ええそうです。ハルカの言うとおりです。ですが、転移魔法は簡単にホイホイと人を目的地に送れるものではないのですよ。魔法で遠く離れた地点を繋ぐ、トンネルのようなものを作るわけですから、作るほうの負担も大きければ、通るほうの負担も大きいのです。トンネルを維持できる時間は、私でもせいぜい十分が限界です。その短い間に、訓練を積んだ軍隊なら一個中隊200人を通すことが可能ですが、命令されることに慣れていない市民では、十分の間五十人も通れないでしょう。それに、転移魔法のトンネルを通るには、精神的にも肉体的にも負担が強いられるのですよ。短い距離ならさほどではないのですが、あの海を越える距離の転移魔法では、子供は耐えられないと思います」

 淡々と語るアルバートさんの言葉に、ガックリと肩が落ちる。てっきり、解決策が出てくるものだと思ってたから。血が滲むほど強く唇を噛み締めて、喚きたい気持ちをグッと押さえ込む。魔法は万能だと思ってた。そんな自分の浅はかな考えに、反吐が出そうだ。

「どんな負担が出るのかは、個人差が大きいのですが、分かりやすく言うなら、船酔いの一番酷い状態と言った感じでしょうか。三半規管が乱れ、自立歩行が難しくなり、横になっていても世界がグルグルと回るような感じが、半日から一昼夜続くのです。人によっては幻覚のようなものが見えたり、幻聴が聞こえた人もいました」
「俺のいた王立辺境騎士団じゃ、定期的に移動魔法の行軍を行う。魔法に酔ってしまっては使い物にならないからな。最初は百メートルくらいから始めて、徐々に距離を伸ばしていく。そうやって何キロもの移動距離を、二三歩の長さに短縮する不快感に耐えられるようになるんだ。慣れていない奴が通ったら、一歩踏み入れただけで昏倒しかねないくらい、物凄い気持ちが悪いもんだぜ、あれ」

 青褪めていく私を気遣ってか、最後のほうは軽口で流してくれたオーウェンさんには感謝しかないけど、なんとかなりそうだと思った希望が消えたショックはかなり大きい。

「我々の勝手な都合で呼び出しておきながら、辛い話を聞かせてしまって申し訳ありません。それでも、伏してお頼み申します。クレインヒルをプレヴァンから開放し、再び平和な日常を取り戻すために、お力をお貸しください」

 私の魔法で体力は完全に回復したはずだけど、精神的なダメージは消せたりしない、震える手をベッドに付いて頭を下げるマクガレンさんの姿に、カーッと頭に血が上ってくるのを感じた。

「私、最後まで諦めませんから!マクガレンさんも諦めないで。私の中にまだ使えていない魔法があるかもしれない、まだ三日あるんでしょ?その間、精一杯足掻いて見せるので、マクガレンさんも、皆も、諦めないで方法を考えましょう」

 なんだか一人で熱くなっている気がしてちょっと恥ずかしかったけど、気持ちが昂ぶってそれどころじゃなかった。
 グッと握り拳を突き上げると、賛同するようにコツンとエリオットくんの拳が突き当たった。
 仲間に入れろと、オーウェンさんの拳が当たって、苦笑したアルバートさんの拳も。ベッドの上からマクガレンさんの拳も上がっているのを見たときには、ちょっと泣いてしまった。



☆ ☆ ☆




 クレインヒルから出るには、転移魔法しかない。しかし、一般市民には馴染みがなく、転移のトンネルを通りきれないだろうと言われたときは、確かに絶望に打ちひしがれたけど、そんなことで凹んでちゃなんの為に召喚されたんだかわからない。
 無い頭を捻って、ずっとうんうん悩んでる。

 この世界の魔法で作った転移魔法がダメなら、私の知ってる転移魔法はどうだろう?
 古今東西、ゲームや小説、漫画にアニメ。数多のコンテンツで用いられてきた魔法。転移魔法の一つや二つ、直ぐに思いつく。が、またしても障害が…。
 任意の点と点を繋ぐ転移魔法の欠点、それは!知らない場所には移動できないということだ。
 悲しいことに、私はこの世界に呼ばれてから、ロマーナから出たことがないのだ。いや、ロマーナどころか、マクガレンさんの敷地からすら出たことがない。
 色々考えて、考えすぎて頭が飽和状態になってきた。

「は、ふー…」

 抱き心地の良いクッションを胸に抱えて、ドサリと長椅子に寝転んだ。マクガレンさんとの話し合いがあったから、睡眠時間は正味三時間くらい。
 おかげで眠いのに、興奮してしまって逆に眠れなくなってしまってる。
 悶々と考え事を繰り返し、頭がオーバーヒートしかけてきた時、ふと自分の悩みが馬鹿馬鹿しいことに気が付いた。

「あ、あはははは…やだ、私、馬鹿じゃない?」

 目的地に行ったことなんかなくたって、送ってくれる人がいるじゃない。
 クレインヒルの首都ノイエンドルフまで、アルバートさんの転移魔法で送ってもらえばいい事を、完全に忘れていた。
 慣れない人はたった三歩すら自力で歩けなくなるって言ってたけど、三半規管の強さには定評がある私。しかも、目的の為なら手段を選ばない狡猾さも併せ持っております。
 王立国境騎士団の人は、転移魔法に慣れてるって、オーウェンさんが言ってた。と言うことは、最悪オーウェンさんにおんぶしてもらえば、行って帰ってくることは可能な筈。

「残る問題は、私が転移魔法を使えるか?ってことよね」

 そして、それが一番の問題だ。


☆ ☆ ☆



 テレポート、ルーラ、マロール、デジョン、ワープ…etc
 記憶にある限りの転移魔法の呪文を唱え、漸く制御ができるようになってきた魔法を発動させようと頑張ってみたものの、結果は全部失敗に終わった。
 ちょっとでもそれらしい魔力の発露を感じたりすれば、その呪文からなる魔力の流れを突き詰めてみようと思っていたんだけれど、どの魔法を唱えてみても、一切なんの現象も起きはしなかった。

「魔法はイメージが大切だって、アルバートさんが言ってたなぁ」

 旅の支度はお任せくださいと、胸を張るロゼッタさんにお任せして、私は朝からずっと魔法にかかりきりになっていた。
 薄暗がりだった空も、すっかり青空が眩しい時間になっている。
 気持ちは焦るばかりで、休んでいる暇なんかないでしょうと、自分を急き立てているけれど、できないものはしょうがないじゃん!と、子供のように地団駄を踏みたい自分もいる。
 ドサッと地面に座りこんで、大きな木を背凭れにする。
 さわさわと木々を揺らしていく風が、火照った頬に心地良い。うっとりと目を閉じて風を感じていると、どこかに追いやったはずの眠気が、急に顔を出してきた。
 お昼寝(昼じゃないけど)してる暇なんてないのに…。そう思う気持ちとは裏腹に、私はドンドン眠りの底へと引きずりこまれて行く。
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