高飛車な先輩をギャフンと言わせたい!

西木景

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第1章

新人賞がなんぼのもんじゃい!⑤

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 ――でもなぁ……。

 私はまだ疑問の虜だった。手近な椅子に腰を下ろして、思索する。

 ――どうして未来がないって思ったんだろ?

 人気は上々。最終回まで筋書きは出来ていて、作者自身もそこに不満はないという。未来がないと断じる要素なんて一見してどこにも見当たらないように思えるけど……。

 さしずめ読者から批判コメントでも受け取ったのだろうか? いや、自分のアカウントのプロフィール欄に「嫌なら読むな」と書いてしまえるくらい自信家な先輩のことだ。プロが相手ならともかく、ただの素人から受け取った一意見に惑わされるような人じゃない。半端な批判コメントを送り付けようものなら、逆に理論武装をもってねじ伏せられ、返り討ちに遭うのがオチである。

 そうなると、いよいよ推測は八方塞がりに陥りつつあった。
 単に別の着想を得て、そっちを優先したくなったとか?
 先輩とて人の子だ。らしくはないが、そういう「気まぐれ」が働くことだって時にはあるかもしれない。

 とうてい腑に落ちる理由ではないが、こればかりはいくら邪推を巡らせても埒が明かない。そう判断して、一旦この件に関する考察は打ち切ることにした。
 そんなことよりも今の自分には優先して考えなければならないことがある。拙作『ムラマサくんは異世界人』の今後の処遇についてだ。

 私も先輩と同様、小説家になるために小説を書いている。その手前、今回の新人賞で落選したそれは、先輩の言葉をそのまま借りるなら「未来がない作品」ということになる。

 このまま連載を続けるべきか?
 終局に繋げるべきか?
 あるいは『休載』という形で一旦区切りを付けるべきか……?

 懊悩していたその時だった。
 頭の中で閃光が弾け、私ははっとして声を上げた。

「先輩、もしかして……」

 とたんに先輩の眉間に深々と縦皺が刻まれた。何度も作業を中断させられているせいだろう、見るからに苛立ちが募っている様子だった。
 もっとも、今更そんなことで怯むような私ではない。無神経を装いながら無遠慮に私は発言を続けた。

「今回の新人賞、先輩も応募してました?」

 カタカタカタとキータッチの音は止まない。
 むすっとした渋面で沈黙を保つ先輩。

 あからさまなその反応を前にして、頭の中で散らばっていた全ての点と点が繋がった。胸の内に溜まっていた違和感がたちどころに氷解していく。

 どうして突然作品に未来がないと判断したのか?――なんてことはない、新人賞に落選したからだ。

 当初いつもの毒舌が形を潜めていたのもこれで合点がいく。自作が落選している手前、強くは出られなかったのだ。「中間選考ごときで落とされる作品なんざ落書きも同然だ」なんて、そりゃあ罰が悪くて言えるはずもない。

 ――そうか、先輩も落ちてたんだ。

 まさかの事実が明るみになり、つい頰が緩むのを抑えることができなかった。どうやら私の性格も相当歪んでいるらしい。
 見かねた先輩が色をなした表情で「何がおかしい?」と咎めてきた。

「いや、先輩の作品を落とすくらいだから、今回の新人賞って大したものじゃなかったんだなと思って」

 そう言い返すと、先輩は虚をつかれたような顔となって突き出していた顎を引っ込めた。表面上は平静を装いつつも、視線はキョロキョロと泳いでいて、落ち着かない内心が露わになっている。お手本のような狼狽えっぷりだ。
 面と向かって褒められることに慣れていないのだろう。普段のキャラとのギャップも相まって、辿々しい反応が妙に可愛らしく感じられた。

 私はとことこと先輩のもとに歩み寄り、机の上にバンッと両手を突いた。
 少しだけ身を前に乗り出すと、その分先輩は後ろに仰け反った。

「先輩!」

 さっきまで自分を巣喰っていた闇はどこへやら、私の口から明朗とした声が放たれる。

「反省会やりましょう!」

 案の定、先輩は「はぁ?」と後ろ向きな反応を示して、色物を見るかのような目で私を見返してきた。

「反省なくして前進はありません。今からとことん話し合いましょう!」

「いや、別に俺はお前の意見なんか……」

「要らないとは言わせませんよ。一方的に言いたいことだけ押し付けてきて、こんなのフェアじゃありません。言っときますけど、私だって容赦しませんから!」

 いつになく自分が興奮している自覚はあったが、毛頭抑えるつもりもなかった。
 先輩から主導権を奪える機会なんて滅多にあるものではない。目を丸くして圧倒されている先輩を前に、私はやや子どもっぽい優越感に浸っていた。

 その後も抵抗の意を示していた先輩だったが、ノリと勢いで強引に口説き落として、なんとかパソコンの電源を落とさせることに成功する。
 淡い勝利感に酔いしれつつ、これからのことを想像すると今にも胸の高鳴りが抑えられなかった。

 当初の計画とは違うけれど、ようやくストックしていた感想を伝えられる!

 お気に入りの作品なだけあって、それなりに深く読み込んでいる。無論用意しているのは良い意見ばかりではない。先輩がくれたコメントシートほどではないが、悪い意見もそこそこの数ストックしている。それらを伝えることで、先輩に一泡くらいは吹かせてやることができるだろうか?

 そんな一抹の期待を胸に、私は未だにぶつぶつと文句を垂れている先輩の背中を押して、本日の部室を後にした。
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