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第1章
新人賞がなんぼのもんじゃい!③
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「それにしても今日は不気味なくらい大人しいですね。いつもだったら『中間選考もろくに通らないような作品を衆目に晒すことができる自分の神経に恥を覚えろ』くらいのこと口さがなく言い放ってくるじゃないですか。ホント何様なんですか貴方は」
「人を血も涙もない冷血漢みたいに言うな」
口先だけでそう突っ込みを入れてから、先輩は鬱陶しそうに眉をひそめた。
「お前の方こそ、今日はえらく饒舌じゃないか。さっきから『普段であれば』だの『いつもだったら』だのと俺に勝手なイメージ像を投影してきているが、そいつは全部お前の色眼鏡が生んだ虚像に過ぎん。俺は昨日から何一つ変わっちゃいねえよ。変わったのはお前の俺を見る目と角度だ」
「詭弁ですそんなの」
先輩のもっともらしい反論をすげなく一蹴する。
「新人賞に応募すること自体、先輩に伝えた憶えもないですし、そもそも私の作品を認知してくれていたことだって知りませんでした。ぶっちゃけ気味が悪くて仕方ありません。いったい何が目的なんですか?」
選考結果自体、まだ発表されて間もない時分だ。私の報告を待たず、すでにそれを掌握していたということは、先輩の方も発表後すぐに結果を確認していたことになる。それじゃああたかも『私の作品の選考結果を密かに気に掛けてくれていた』みたいじゃないか。〝唯我独尊〟という言葉は自分のためにあるのだと言って譲らないあの先輩が?――いやいや、ありえない。
少なくともその言動には何か裏があるはずだ。さもなくば、私の目の前にいる先輩はやはり偽物であるか、あるいは私自身がパラレルワールドに迷い込んでしまったかのどちらかだろう。
先輩は頬杖をついてこれ見よがしなため息を吐き捨てた。俄然険しくなった面差しを見るに、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「よくもまぁいけしゃあしゃあと不躾なことが言えたもんだな。つくづく度し難い後輩だよてめえは」
振り返ると確かに言い過ぎな部分もあった気がしたので、その点については素直に非を認めて謝罪する。
先輩は長嘆息して椅子の背もたれに寄りかかった。そして目の奥に妖しい光を走らせながら、例に倣って講釈を振るい始めた。
「何度も言っているが、俺がこの世で最も忌み嫌うものは悪書だ。人の心を1ミリとて動かさない小説。無茶苦茶な理論がつらつら記されたハウツー本。作者の自己顕示欲が透けて見える『エッセイ』という名のクソしょうもない自分語り。馬鹿と低能にしか読み解けない駄文については、見ているだけで吐き気がしてくる」
聞いているこちらが思わず萎縮してしまうほどに度が過ぎた暴言だ。
私がわかりやすく言葉に詰まっていると、先輩は底意地の悪そうな笑みを湛えて、
「粛清の時間だ」
そう、傲岸不遜な台詞を口にした。
身を屈め、机の下に収めていたかばんの中をまさぐり出す。
取り出してきたのは紙の束だった。先輩はそれをバンッと机の上に放り投げた。
見たところ、それはA4サイズのルーズリーフのようだった。枚数は20枚程度だろうか。表面には何やら細かい文字が並んでいる。
「なんですか、それ」
「お前が求めてるもんだよ」
「私が?」
全く心当たりがない。小首を捻ってみせると、先輩のほうも特に出し惜しみする意思はないらしく、即座に答えを明かしてきた。
「『ムラマサくんは異世界人』。今回の新人賞で落選したお前の作品の、個人的な感想と批評だよ」
「えっ」
咄嗟に目を剥いて硬直した。
全身の皮膚が一気に粟立ち、バクバクと心臓が暴れ出す。
机の上に無造作に放り投げられた紙の束を手に取る。
表紙には『良かった点』『悪かった点』と銘打たれたリード文と、その配下にずらずらと文章が箇条書きで記されていた。パラパラとめくって中身を確認したところ、2ページ目以降には各要点ごとの詳しい解説文が載っているようだ。
「少なくとも俺の目が届く範囲で、何人たりとも悪書を生成するのは許さない。有象無象の三流ライターの温床となっていた三鶴城高校文芸部を徹底的に分解してふるいに掛けたのもそれが狙いだ。お前はその中の唯一の生き残りというわけだが、勘違いするなよ。俺は別にお前の小説を認めたわけじゃない。どいつもこいつも便所の落書き以下のゴミばかり量産していた中で、お前の作品はまだギリギリ小説としての体裁を保っていたというだけの話だ。他にもっとマシなもんを書いていた奴がいれば、誤字脱字だらけで読むに堪えないお前の作品なんざ間違いなく落としていた。前世でよほどの徳を積んでいたんだろうな、運だけは良かったというわけだ。ところが今回の新人賞では、頼みの綱である運にも見放されたと来ている。そうするとお前、いよいよお終いかもな」
憎たらしい呆れ顔で傲岸不遜な台詞を放ってくる先輩を前に、忽ち込み上げていた感動が吹き飛んだ。
何もしなければ穏便にやり過ごせたかもしれないものを……。下手に好奇心を働かせてしまったせいで、どうやら藪蛇な結果を招いてしまったようだ。
……まぁしかし、作品に対するコメントが貰えたのは素直に喜ばしいことだ。一切の妥協を許さない先輩のコメントだから、その全てを真に受けていたらいちいちメンタルが保ちそうにないが、腹立たしいことに小説を見る目だけは確かな人だ。毒も扱いようによっては薬になる。こちらの受け取り方次第ではたいへん為になる意見も含まれているはずだ。
これはお家に帰ってから、ゆっくり見させてもらうことにしよう。
かばんの中にコメントシートを押し込み、帰り支度に取り掛かる。
その最中のふとした瞬間だった。
「あれ?」
先ほど交わした先輩との何気ない会話が曖昧な輪郭をもって蘇り、私に何かを訴えかけてきた。
「人を血も涙もない冷血漢みたいに言うな」
口先だけでそう突っ込みを入れてから、先輩は鬱陶しそうに眉をひそめた。
「お前の方こそ、今日はえらく饒舌じゃないか。さっきから『普段であれば』だの『いつもだったら』だのと俺に勝手なイメージ像を投影してきているが、そいつは全部お前の色眼鏡が生んだ虚像に過ぎん。俺は昨日から何一つ変わっちゃいねえよ。変わったのはお前の俺を見る目と角度だ」
「詭弁ですそんなの」
先輩のもっともらしい反論をすげなく一蹴する。
「新人賞に応募すること自体、先輩に伝えた憶えもないですし、そもそも私の作品を認知してくれていたことだって知りませんでした。ぶっちゃけ気味が悪くて仕方ありません。いったい何が目的なんですか?」
選考結果自体、まだ発表されて間もない時分だ。私の報告を待たず、すでにそれを掌握していたということは、先輩の方も発表後すぐに結果を確認していたことになる。それじゃああたかも『私の作品の選考結果を密かに気に掛けてくれていた』みたいじゃないか。〝唯我独尊〟という言葉は自分のためにあるのだと言って譲らないあの先輩が?――いやいや、ありえない。
少なくともその言動には何か裏があるはずだ。さもなくば、私の目の前にいる先輩はやはり偽物であるか、あるいは私自身がパラレルワールドに迷い込んでしまったかのどちらかだろう。
先輩は頬杖をついてこれ見よがしなため息を吐き捨てた。俄然険しくなった面差しを見るに、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「よくもまぁいけしゃあしゃあと不躾なことが言えたもんだな。つくづく度し難い後輩だよてめえは」
振り返ると確かに言い過ぎな部分もあった気がしたので、その点については素直に非を認めて謝罪する。
先輩は長嘆息して椅子の背もたれに寄りかかった。そして目の奥に妖しい光を走らせながら、例に倣って講釈を振るい始めた。
「何度も言っているが、俺がこの世で最も忌み嫌うものは悪書だ。人の心を1ミリとて動かさない小説。無茶苦茶な理論がつらつら記されたハウツー本。作者の自己顕示欲が透けて見える『エッセイ』という名のクソしょうもない自分語り。馬鹿と低能にしか読み解けない駄文については、見ているだけで吐き気がしてくる」
聞いているこちらが思わず萎縮してしまうほどに度が過ぎた暴言だ。
私がわかりやすく言葉に詰まっていると、先輩は底意地の悪そうな笑みを湛えて、
「粛清の時間だ」
そう、傲岸不遜な台詞を口にした。
身を屈め、机の下に収めていたかばんの中をまさぐり出す。
取り出してきたのは紙の束だった。先輩はそれをバンッと机の上に放り投げた。
見たところ、それはA4サイズのルーズリーフのようだった。枚数は20枚程度だろうか。表面には何やら細かい文字が並んでいる。
「なんですか、それ」
「お前が求めてるもんだよ」
「私が?」
全く心当たりがない。小首を捻ってみせると、先輩のほうも特に出し惜しみする意思はないらしく、即座に答えを明かしてきた。
「『ムラマサくんは異世界人』。今回の新人賞で落選したお前の作品の、個人的な感想と批評だよ」
「えっ」
咄嗟に目を剥いて硬直した。
全身の皮膚が一気に粟立ち、バクバクと心臓が暴れ出す。
机の上に無造作に放り投げられた紙の束を手に取る。
表紙には『良かった点』『悪かった点』と銘打たれたリード文と、その配下にずらずらと文章が箇条書きで記されていた。パラパラとめくって中身を確認したところ、2ページ目以降には各要点ごとの詳しい解説文が載っているようだ。
「少なくとも俺の目が届く範囲で、何人たりとも悪書を生成するのは許さない。有象無象の三流ライターの温床となっていた三鶴城高校文芸部を徹底的に分解してふるいに掛けたのもそれが狙いだ。お前はその中の唯一の生き残りというわけだが、勘違いするなよ。俺は別にお前の小説を認めたわけじゃない。どいつもこいつも便所の落書き以下のゴミばかり量産していた中で、お前の作品はまだギリギリ小説としての体裁を保っていたというだけの話だ。他にもっとマシなもんを書いていた奴がいれば、誤字脱字だらけで読むに堪えないお前の作品なんざ間違いなく落としていた。前世でよほどの徳を積んでいたんだろうな、運だけは良かったというわけだ。ところが今回の新人賞では、頼みの綱である運にも見放されたと来ている。そうするとお前、いよいよお終いかもな」
憎たらしい呆れ顔で傲岸不遜な台詞を放ってくる先輩を前に、忽ち込み上げていた感動が吹き飛んだ。
何もしなければ穏便にやり過ごせたかもしれないものを……。下手に好奇心を働かせてしまったせいで、どうやら藪蛇な結果を招いてしまったようだ。
……まぁしかし、作品に対するコメントが貰えたのは素直に喜ばしいことだ。一切の妥協を許さない先輩のコメントだから、その全てを真に受けていたらいちいちメンタルが保ちそうにないが、腹立たしいことに小説を見る目だけは確かな人だ。毒も扱いようによっては薬になる。こちらの受け取り方次第ではたいへん為になる意見も含まれているはずだ。
これはお家に帰ってから、ゆっくり見させてもらうことにしよう。
かばんの中にコメントシートを押し込み、帰り支度に取り掛かる。
その最中のふとした瞬間だった。
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