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エピローグ
エピローグ(3/4)
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ビルを出て、最寄りの駅を目指す道中のこと。
久々に目の当たりにした外の世界は、心なしか煌びやかに輝いて見えた。
人々の、往来を行き交う姿。排気ガスを撒き散らしながら通り過ぎていく自動車。真新しい外観のショッピングモール。やたら年季の入った古民家。何ら変哲のない街並みの風景にいちいち感動を覚えてしまう。このうえ空が青く晴れ渡っていたら本当にドラマのようで様になるが、生憎の曇天模様だった。まあ雨が降っていないだけましだと思おう。
ビルを出てからカナと歩を共にしているが、これといった会話もなく、すでに何十分か経過しようとしている。なんとなく気まずい思いがして口を噤んでいるが、本心では話の種は何でもいいから彼女と会話がしたかった。意味なんてほとんどない、3年前に交わしたような温かみと安らぎに満ちた歓談がしたい。どんなにか細くてもいいから、まだ繋がりが欲しかった。
だけどこの期に及んで、まだカレンの顔が脳裏にちらついていた。それが自分に二の足を踏ませているのだった。
話のとっかかりを探しているうちに、先輩、とカナの声がした。さっきまで隣にいたはずが、気づけば少し後方で立ち止まっている。
「私、こっちなんで。ここでお別れです」
カナが指し示したのは、駅の方角から外れた脇道だった。
えっ、と当惑に染まった声が漏れた。てっきり駅までは同伴してくれるものだと思っていたから、まだ別れは先のことだと油断していた。
適切な言葉が思いつかず立ち呆けていると、カナは口だけ微笑んで、お元気で、と短く告げた。
「あっ、カナ」
立ち去ろうとする気配があったので、慌てて呼び止めた。
カナは笑みを消して、真剣な眼差しで俺の顔を見つめ返してきた。
俺は脳みそをフル回転させて、かけるべき言葉を探した。まだ別れたくないーーそんな往生際の悪い思いが、言葉を紡ぎ出す。スマホを取り出しながら、俺はこう口走った。
「その、なんだ。せっかく再会できたんだし、連絡先でも交換しとかないか?」
カナの両目が僅かに丸くなる。だけど数秒後にはまた素の顔に戻り、口元に仄かな笑みが浮かんだ。どこか寂しさと切なさが混在する、半ば強引につくられたような笑顔だった。
「遠慮しときます。もうお会いすることはないでしょうから」
予想通りの回答だった。しかし、そうはっきり拒絶されてしまえば、やはり絶望的な気分になる。
スマホを下げ、俺も彼女に倣って作り笑いを浮かべた。
「そうか。そうだよな」
カナはその場で俯く。数秒、無言の時間が訪れる。
どこからか車のクラクションの音が聞こえた。それを合図にしたように彼女は踵を返した。振り返り際、目元が少し充血しているように見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。
「じゃあ先輩。今度こそお元気で。彼女さんと仲直りしてくださいね」
そう言って、彼女は立ち去っていった。一度として振り返ることなく。その後ろ姿は凜として美しく、高校生時代にはなかった大人の色香が備わっていた。
――やっぱりカナのことが忘れられない。
自分の気持ちを認めるが、後の祭りだった。
もしあの時、安住ヨシノの誘いに乗っていなかったら。新川カレンと出会っていなかったら。カナとのセックスの後にもう一度、性懲りもなく彼女に愛を伝えられていたら。
選ばなかった過去の選択肢が次々と脳裏を占めていき、自分を後悔の底なし沼に陥れていく。
理性的でいたいと願いながら本能の声に身を委ねたいとも願う、そんな自分の半端さが呪わしい。優柔不断は万死に値する性格だ。
外に出たらめいっぱいうまいものを食べる気でいたが、すっかり食欲を失っていた。
電車に乗ってそのまま自宅に直帰した。鍵がかかっていた時点で予想はできていたけれど、部屋にカレンの姿はなかった。バカ、とだけ走り書きされたポストイットがリビングのテーブルに貼られている。数日前この家を出た時に見たのと寸分違わぬ光景だ。
ベッドに寝転がって物思いに耽っているうちに、いつの間にか睡魔に意識を奪われていた。
それから外が暗闇に包まれた頃にまた目が覚めて、ここがあの密室ではないことにまずはほっとした。でも、隣にカナの姿が見当たらないことに一抹の寂しさも覚えていた。何か夢を見ていた気がしたが、起き抜けにすっかり思い出せなくなっていた。
――彼女さんと仲直りしてくださいね。
別れ際に聞いたカナの声が蘇る。
まだ、彼女と肌を重ね合わせた時の熱は忘れていない。その感触も、匂いも。きっと一生忘れることはないだろう。
寝床から這い上がって、スマホも持たずに家を出た。
無性に走り出したい衝動に駆られ、近所迷惑になることも憚らず、わーっと喚きながら夜の街を疾走した。
ビルを出て、最寄りの駅を目指す道中のこと。
久々に目の当たりにした外の世界は、心なしか煌びやかに輝いて見えた。
人々の、往来を行き交う姿。排気ガスを撒き散らしながら通り過ぎていく自動車。真新しい外観のショッピングモール。やたら年季の入った古民家。何ら変哲のない街並みの風景にいちいち感動を覚えてしまう。このうえ空が青く晴れ渡っていたら本当にドラマのようで様になるが、生憎の曇天模様だった。まあ雨が降っていないだけましだと思おう。
ビルを出てからカナと歩を共にしているが、これといった会話もなく、すでに何十分か経過しようとしている。なんとなく気まずい思いがして口を噤んでいるが、本心では話の種は何でもいいから彼女と会話がしたかった。意味なんてほとんどない、3年前に交わしたような温かみと安らぎに満ちた歓談がしたい。どんなにか細くてもいいから、まだ繋がりが欲しかった。
だけどこの期に及んで、まだカレンの顔が脳裏にちらついていた。それが自分に二の足を踏ませているのだった。
話のとっかかりを探しているうちに、先輩、とカナの声がした。さっきまで隣にいたはずが、気づけば少し後方で立ち止まっている。
「私、こっちなんで。ここでお別れです」
カナが指し示したのは、駅の方角から外れた脇道だった。
えっ、と当惑に染まった声が漏れた。てっきり駅までは同伴してくれるものだと思っていたから、まだ別れは先のことだと油断していた。
適切な言葉が思いつかず立ち呆けていると、カナは口だけ微笑んで、お元気で、と短く告げた。
「あっ、カナ」
立ち去ろうとする気配があったので、慌てて呼び止めた。
カナは笑みを消して、真剣な眼差しで俺の顔を見つめ返してきた。
俺は脳みそをフル回転させて、かけるべき言葉を探した。まだ別れたくないーーそんな往生際の悪い思いが、言葉を紡ぎ出す。スマホを取り出しながら、俺はこう口走った。
「その、なんだ。せっかく再会できたんだし、連絡先でも交換しとかないか?」
カナの両目が僅かに丸くなる。だけど数秒後にはまた素の顔に戻り、口元に仄かな笑みが浮かんだ。どこか寂しさと切なさが混在する、半ば強引につくられたような笑顔だった。
「遠慮しときます。もうお会いすることはないでしょうから」
予想通りの回答だった。しかし、そうはっきり拒絶されてしまえば、やはり絶望的な気分になる。
スマホを下げ、俺も彼女に倣って作り笑いを浮かべた。
「そうか。そうだよな」
カナはその場で俯く。数秒、無言の時間が訪れる。
どこからか車のクラクションの音が聞こえた。それを合図にしたように彼女は踵を返した。振り返り際、目元が少し充血しているように見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。
「じゃあ先輩。今度こそお元気で。彼女さんと仲直りしてくださいね」
そう言って、彼女は立ち去っていった。一度として振り返ることなく。その後ろ姿は凜として美しく、高校生時代にはなかった大人の色香が備わっていた。
――やっぱりカナのことが忘れられない。
自分の気持ちを認めるが、後の祭りだった。
もしあの時、安住ヨシノの誘いに乗っていなかったら。新川カレンと出会っていなかったら。カナとのセックスの後にもう一度、性懲りもなく彼女に愛を伝えられていたら。
選ばなかった過去の選択肢が次々と脳裏を占めていき、自分を後悔の底なし沼に陥れていく。
理性的でいたいと願いながら本能の声に身を委ねたいとも願う、そんな自分の半端さが呪わしい。優柔不断は万死に値する性格だ。
外に出たらめいっぱいうまいものを食べる気でいたが、すっかり食欲を失っていた。
電車に乗ってそのまま自宅に直帰した。鍵がかかっていた時点で予想はできていたけれど、部屋にカレンの姿はなかった。バカ、とだけ走り書きされたポストイットがリビングのテーブルに貼られている。数日前この家を出た時に見たのと寸分違わぬ光景だ。
ベッドに寝転がって物思いに耽っているうちに、いつの間にか睡魔に意識を奪われていた。
それから外が暗闇に包まれた頃にまた目が覚めて、ここがあの密室ではないことにまずはほっとした。でも、隣にカナの姿が見当たらないことに一抹の寂しさも覚えていた。何か夢を見ていた気がしたが、起き抜けにすっかり思い出せなくなっていた。
――彼女さんと仲直りしてくださいね。
別れ際に聞いたカナの声が蘇る。
まだ、彼女と肌を重ね合わせた時の熱は忘れていない。その感触も、匂いも。きっと一生忘れることはないだろう。
寝床から這い上がって、スマホも持たずに家を出た。
無性に走り出したい衝動に駆られ、近所迷惑になることも憚らず、わーっと喚きながら夜の街を疾走した。
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