セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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エピローグ

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「他人様の生活を覗き見するだけでは飽き足らず、それをもとにAVを作りたいだなんて、たわけたことを。天竜人にでもなったつもりですか?」

 舌鋒鋭い非難の言葉を浴びせられて、社長の鼻の頭に皺が寄る。自分より倍以上も年の離れた小娘に生意気な口を利かれて、内心穏やかではいられないのだろう。
 しかし当のカナはというと、まだまだ口撃の手を緩めるつもりはないらしい、卓上の資料を乱雑に叩きながら、さらに毒を吐いた。

「どれほど高尚な志をお持ちなのかは知りませんけど。こんなわけのわからない企画に、私たちを巻き込まないで。他人の尊厳を散々踏みにじっておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと協力してほしいだなんて口が利けますね。いい大人が大学生を相手に金にものを言わせるようなマネをして、ホント、下品極まりないったらありゃしないんだから。はっきり言います。貴方がたの私利私欲を満たす道具になる気はありません。そんなの、いくらお金を積まれたって絶対に願い下げです」

 台風のような剣幕に、荒々しい語気。彼女の怒りのボルテージが最高潮に達していることは誰の目から見ても明らかだ。
 対する社長は、フルスロットルの反撃を受けて完全に面食らっている様子だ。後ろで控えている水野さんたちも緊迫した面持ちで事の成り行きを静観している。
 社長は気を取り直すように空咳してから言った。

「君の怒りはもっともだと思う。君たちに働いた非礼の数々については本当に心からお詫び申し上げたい。お望みとあらば気が済むまで煮るなり焼くなりしてもらっても構わない。でも今だけはどうか感情の矛は収めてもらって、私の話に耳を傾けてくれないか? これは君たちにとっても決して悪くないビジネスだと思うんだ」

「ビジネスとは対等の立場にある人間同士の間で成立するものです。そもそも信頼関係が築けていないのに、対等もへったくれもないでしょう。大枚をひけらかして意のままに従わせようとする行為は脅迫と変わりません」

「言い方が気に障ったのなら、それも謝るよ。とにかく、言いたかったのは我々だけが一方的に得をする取引ではないということだ。ここで私的な感情をぐっと堪えてもらえれば、他じゃあ手段が考えつかないくらいの大金が手に入るんだぞ」

「さっき桐生さんも言いましたが、お金の問題じゃありません。ずっと監視していたんなら、おおよそ察しはついてると思いますけど、桐生さんと私は旧知の仲です。3年前の高校生だった頃、私たちは先輩後輩の間柄でした。私たちの物語は密室に閉じ込められた時からじゃない。3年前からすでに始まっていたんです」

 カナはそこで一旦言葉を区切って、胸に手を当てた。すうはあと深呼吸して、乱れた息を整えている。
 中川社長の眼差しに怪訝な色が混ざった。今度は社長の方が、いったい何の話をしているんだ、と訝しく思っている様子だ。
 俺も彼女の話がどこに着地するのかが見えなくて、少し不安に駆られていた。
 カナは主張を再開する。

「私たちの間にもしドラマみたいなものが本当に生まれたのだとしたら、それは3年前、私たちの間にたくさんの会話があったから。様々な景色や音や匂いを共有してきたから。自分たちしか知らない、大切な思い出があったからです。そんなことも知らない赤の他人に、私たちのことを簡単に定義づけられたくない。この数日間だけを切り取って知ったような顔をされるのは我慢なりません」

「だから、その思い出ごと買い取らせてくれと言っている」

 中川社長が少し苛ついたような声を発する。
 それでも、カナの論調は崩れない。首を振って負けじと言い返す。

「そんなの、値が付けられるはずないでしょう。私たちにとって3年前の思い出は誰にも侵されたくない絶対不可侵の聖域です。そこに土足でずかずかと踏み込んできて、勝手に門戸を開放していこうとするなど言語道断。貴方たちの金儲けの道具になんて絶対にさせるもんですか」

 金儲け、と途方に暮れたような顔で、社長は反復する。きっと心外に思っているに違いない。社長の目的は金ではなく、芸術を追求することなんだろうから。
 私の願いはひとつ、とカナは告げる。

「桐生さんと私の間で取り交わされたあらゆる言動について一切の使用を禁じます。そうすれば然るべき機関に訴えるのは取り止めにしてあげてもよいでしょう。もちろん報奨金も辞退します。もともと提示されていた、拘束時間に応じた基本給分だけきっちりお支払いいただければ結構です」

 社長は当惑し切った顔で、かぶりを左右に振る。破格の条件を一蹴する彼女のことが心底から理解できないという顔だった。
 だが社長はなおも、考え直してくれ、と彼女に食い下がった。倍の報奨金を出す、著作料も上乗せする、登場人物の背景なんかも可能な限り現実から遠ざけて特定されないよう配慮する、出来上がったストーリーの中に気にくわない部分があれば後から訂正してくれたっていい、などと次々甘言を加えてくるが、カナの意思はダイヤモンド並みに硬く、最後までその首が縦に振られることはなかった。
 しつこく迫る社長に、カナは、他人のふんどしで相撲を取るな、となかなか切れ味の鋭い暴言をお見舞いした。そうすると、社長はもう、唖然とした顔で閉口するしかなくなっていた。
 そうしてこれ以上の説得は無駄だと察したらしく、社長は諦念の息を吐き捨てて、視線の矛先を俺にスライドさせた。

「立花さんの思いは理解した。だが、桐生くん。君はそれでいいのか? 莫大な報奨金を放棄する理由が、君にはあるのかな?」

 つかの間沈黙する。
 考えている風を装っているが、実のところなんと答えるかは既に決まっていた。
 お金が惜しくないといえば嘘になる。薄情だと言われるかもしれないが、俺は彼女ほど3年前の思い出を神格化していない。土足で踏みにじられるのは論外だが、別に他人に語って聴かせるくらい、どうってことはない。
 だが、カナの意思を覆してまで大金を手に入れたいとも思わない。もう二度と彼女を裏切るまいと心に決めている。それが今の自分の行動を決定づける信念であり、絶対服従の道標なのだった。

「俺も彼女と同意見です。今回の取引は全部なかったことにしていただきたい」

 社長は目を剥いて立ち上がる。

「ばかなっ。何を断る理由があるというんだ? 思い出などという無価値なものにわざわざ金を出すと言っているんだぞ。そんなものに固執したって、一銭の得にもならないことは自明じゃないかっ」

 あまりに粗雑な言い草に、かえって意思が固まった。
 俺は社長から目を逸らして沈黙した。何を言われても話し合いに応じるつもりはないと、態度で示したのだ。
 ものわかりの悪いふたりの若者を交互に見て、社長は頭を掻き毟るような仕草をした。まるで思い通りに事が進まなくて苛立っている子供のようだ。取り乱す社長の後ろ姿を、ふたりの若社員たちは沈痛そうな面持ちで見ていた。
 不意に社長の顔から感情が消えたかと思うと、脱力したように椅子に座り直して、その後冷めたような笑みを口元だけに浮かべた。

「君なら理解してくれると思っていたんだがな。他でもない、映画監督を志す、君のような逸材なら。不朽の名作が生まれることを心から祝福してくれると信じていた。しかし、どうやらとんだ思い違いだったようだ」

 その声にはありありと失意が滲んでいた。
 俺はここでも何も言い返さなかった。今度は何も言い返せなかったのではない。きっと社長とわかり合える未来はないと思って、話し合いを放棄したのだ。
 もし映画監督になるためには社長のような狂気を手にする必要があるというのなら、自分は絶対に映画監督になんてなれるわけがない。そう思ったが、不思議と悔しさはなかった。そんな狂気を手に入れたいと願う自分がいなかったことにただ安堵が広がるのみだった。
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