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第8章
優しさの理由(2/7)
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♥
食事の最中も内心動揺が走っていた。
時間がない。運営は進展のない実験を終わりにしようとしている。
先輩には不安を煽るようなことを言い連ねたが、私はとある事情からその情報が正確なものであることを確信していた。いや、確信というほど絶対的な根拠はないが、少なくとも運営が私たちを処分するようなことはないだろうという考えには一定の自信があった。
だから問題は、残り5時間足らずの時間を使い、どうやって先輩を陥落させるかということに尽きた。でもめぼしい方策は何ひとつ思いつかない。
今できることは先輩の中にある不安の種に水を撒くことくらいだった。何もしないで困るのは運営だけじゃない。私としても先輩には何かしらのアクションを働いてもらわないと困るのだ。だが、どのように動かせるのが正解なのかはわからない。つまるところ私のしていることはただの時間稼ぎで、悪足掻きにも等しい行動なのだった。
「考えても埒が明かない。とにかく、正午になるのを待つしかないんじゃないか」
先輩が能天気なことを口にする。
時間がないことに焦りを募らせている私にとって、その態度は無性にカチンとくるものだった。
「どうしてそんなに楽観的でいられるんですか? もう少し何とかしようと思ってくださいよ」
ふいを突かれたような顔になり硬直する先輩。
しまった、と言ってから気づいた。これじゃあ今までと立場が逆だ。
「そう苛々するな。気持ちはわかるが、俺に当たったってどうしようもないだろ」
眉根を寄せて困った様相を呈しているが、その口ぶりは意外に冷静だ。未来に希望が見出せたことによって彼の中で余裕が生まれたのかもしれなかった。
「わかってます。わかってますけど……」
上手く思いを言い表せない。それも当然だ。私と先輩の願いは根本的に異なっているのだから。先輩は一刻も早く外の世界に出て、恋人に会いに行きたいのだろう。私は先輩をこの部屋に繋ぎ止めて、もっと一緒の時間を過ごしていたい。だから意見がぶつかるのだ。最初から、終わりまで、ずっと。
「少しひとりになって頭を冷やせ。俺はシャワーを浴びてくるから」
先輩が席を立ち、浴室に向かう。扉の閉まる音がして間もなく、シャワーの音が聞こえてきた。
私はテーブルの上に肘を突いて、頭を抱えた。
どうすればいいのだろう。考えれば考えるほど焦燥感が増して、私をパニックの泥沼に陥れていく。いつもならもっと冷静に思考を働かせることができるはずなのだけれど。さすがに、ずっと閉塞的な生活を余儀なくされたことの弊害が表れている。
――こんな時、ヨシノだったら……。
選択に迷った時の常で、ついそんな風に考えてしまう。
考えるまでもなく、そんなことはわかりきっていた。最初から選択肢の一つとして思いついてはいたが、あくまでも最終手段だと考えていた。だが万策尽きている今こそ、それを行使する時なのかもしれない。
深いため息が漏れた。躊躇している場合ではないが、なかなか勇気を奮い立たせることができない。
あと5分……いや、3分。何も考えが思いつかないようなら、最終手段に出よう。そう決心して目を閉じ、思考の世界に旅立った。
食事の最中も内心動揺が走っていた。
時間がない。運営は進展のない実験を終わりにしようとしている。
先輩には不安を煽るようなことを言い連ねたが、私はとある事情からその情報が正確なものであることを確信していた。いや、確信というほど絶対的な根拠はないが、少なくとも運営が私たちを処分するようなことはないだろうという考えには一定の自信があった。
だから問題は、残り5時間足らずの時間を使い、どうやって先輩を陥落させるかということに尽きた。でもめぼしい方策は何ひとつ思いつかない。
今できることは先輩の中にある不安の種に水を撒くことくらいだった。何もしないで困るのは運営だけじゃない。私としても先輩には何かしらのアクションを働いてもらわないと困るのだ。だが、どのように動かせるのが正解なのかはわからない。つまるところ私のしていることはただの時間稼ぎで、悪足掻きにも等しい行動なのだった。
「考えても埒が明かない。とにかく、正午になるのを待つしかないんじゃないか」
先輩が能天気なことを口にする。
時間がないことに焦りを募らせている私にとって、その態度は無性にカチンとくるものだった。
「どうしてそんなに楽観的でいられるんですか? もう少し何とかしようと思ってくださいよ」
ふいを突かれたような顔になり硬直する先輩。
しまった、と言ってから気づいた。これじゃあ今までと立場が逆だ。
「そう苛々するな。気持ちはわかるが、俺に当たったってどうしようもないだろ」
眉根を寄せて困った様相を呈しているが、その口ぶりは意外に冷静だ。未来に希望が見出せたことによって彼の中で余裕が生まれたのかもしれなかった。
「わかってます。わかってますけど……」
上手く思いを言い表せない。それも当然だ。私と先輩の願いは根本的に異なっているのだから。先輩は一刻も早く外の世界に出て、恋人に会いに行きたいのだろう。私は先輩をこの部屋に繋ぎ止めて、もっと一緒の時間を過ごしていたい。だから意見がぶつかるのだ。最初から、終わりまで、ずっと。
「少しひとりになって頭を冷やせ。俺はシャワーを浴びてくるから」
先輩が席を立ち、浴室に向かう。扉の閉まる音がして間もなく、シャワーの音が聞こえてきた。
私はテーブルの上に肘を突いて、頭を抱えた。
どうすればいいのだろう。考えれば考えるほど焦燥感が増して、私をパニックの泥沼に陥れていく。いつもならもっと冷静に思考を働かせることができるはずなのだけれど。さすがに、ずっと閉塞的な生活を余儀なくされたことの弊害が表れている。
――こんな時、ヨシノだったら……。
選択に迷った時の常で、ついそんな風に考えてしまう。
考えるまでもなく、そんなことはわかりきっていた。最初から選択肢の一つとして思いついてはいたが、あくまでも最終手段だと考えていた。だが万策尽きている今こそ、それを行使する時なのかもしれない。
深いため息が漏れた。躊躇している場合ではないが、なかなか勇気を奮い立たせることができない。
あと5分……いや、3分。何も考えが思いつかないようなら、最終手段に出よう。そう決心して目を閉じ、思考の世界に旅立った。
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