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第7章
そして、私は大人になる(5/5)
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ヨシノとの再会から今日にいたるまでのエピソードは、たとえ罰ゲームであっても先輩に詳細を明かすわけにはいかなかった。
性に対するトラウマを払拭するためにやむを得なかったとはいえ、身売りにも等しい自分の行いが決して褒められるものじゃないことは理解している。このことを知っているのはヨシノだけだ。彼女に打ち明けた時だって相当こっぴどく叱られたものだ。相手が先輩というなら、なおさら話すわけにはいかない。別の男と枕を交わした話なんかして失望を招いてしまっては最悪だ。
当然ながら罰ゲームに従おうとしない私の態度に、先輩は快い顔をしなかった。だが私の意思が頑として覆らないことを悟ると、無理に追及することは諦めた様子だった。ただし、代案を提示することも抜かりなかった。ともすれば股を開けなどという鬼畜な命令を下してくるのではないかと身構えたりもしたが、果たして、先輩が要求してきたのは次のようなことだった。
「この部屋にいる間は他人の欲情を誘うような言動の一切を禁ずる」
またぞろつまらないことを言い出してきたなと内心鼻白んだ。しかし、だからこそ地味に厳しいルールになりそうな感もあった。
この部屋にいて楽しめる娯楽といえば、先輩をからかうことくらいだ。中でも色仕掛けを受けた際の先輩の狼狽えっぷりときたら、私の加虐心を大いに刺激してくれるもので、退屈凌ぎには最適なのだ。それを封じられるとなると退屈と無理心中する未来が目に見えて、早くも憂鬱な気分になってくる。また、性欲の解消を手伝ってくれるAV観賞を禁じられるのも相当な痛手に違いなかった。
だけど先輩の酷く疲れ果てた顔を目の前にすると、さすがに憐憫の情が芽生えて抗議する気も失せた。
まあ所詮は口約束だ。時間が経てばなあなあになるだろうし、いざとなればまた何かしらの賭け事を持ちかけて上手く帳消しする方向に運べばよい。
有り余る時間に甘えて悠長な思惑を胸に秘めていたが。
間もなく、事態は望まぬ方向に舵を切った。
明くる日の朝のことだ。
眠気覚ましのシャワータイムを終えて、ガウンを1枚羽織っただけの簡素な格好で浴室を出る。
厳密に審査するならこれも禁止事項の『他人の欲情を誘うような言動』に該当するだろうが、元の服は洗濯中というよんどころない事情があるから大目に見てもらうしかない。
居室に戻ると、ベッドの淵に腰かけてテレビモニターを凝視する先輩の姿があった。
物音で私が戻ってきたことに気づいていないわけもないだろうに、体勢が微動だにしない。
妙だと思った。いつもなら浴室に背を向ける形で待機しているはずなのに……。
訝しく思いながら先輩の視線の先を追い、「え?」と声が漏れた。
『本日の正午をもちまして、この部屋を解放します』
モニターに表示された衝撃的な一文。
シャワーを浴びたばかりなのに、身体から熱が引いていく。
頭の中をぐるぐると攪拌されるような錯覚が私を襲った。
無自覚のうちに、嘘でしょ、という呟きが口外にこぼれ落ちていた。
呆然と立ち尽くしていると、不意に先輩が振り返り、カナ、と呼びかけてきた。
「どういうわけかは知らないが、俺たち、ここから出られるみたいだぞ」
そう言って安堵の笑みを浮かべる先輩に、私は何も言い返すことができなかった。
テレビの隣に置かれているデジタル時計に自ずと目線が移る。表示されている時刻は『8:10』。あと4時間足らずで先輩と一緒にいられる時間が終わってしまう。
嗚呼、ついに。憂いていたことが現実になってしまった。
焦燥感の塊が一気に胸の表面にせり上がってくる。
先輩の心をまた私に振り向かせる――そのために彼をこの部屋に繋ぎ止めてきたが。
その野望を叶えるための具体的な方策が、実のところまだ見つけられていなかった。
ヨシノとの再会から今日にいたるまでのエピソードは、たとえ罰ゲームであっても先輩に詳細を明かすわけにはいかなかった。
性に対するトラウマを払拭するためにやむを得なかったとはいえ、身売りにも等しい自分の行いが決して褒められるものじゃないことは理解している。このことを知っているのはヨシノだけだ。彼女に打ち明けた時だって相当こっぴどく叱られたものだ。相手が先輩というなら、なおさら話すわけにはいかない。別の男と枕を交わした話なんかして失望を招いてしまっては最悪だ。
当然ながら罰ゲームに従おうとしない私の態度に、先輩は快い顔をしなかった。だが私の意思が頑として覆らないことを悟ると、無理に追及することは諦めた様子だった。ただし、代案を提示することも抜かりなかった。ともすれば股を開けなどという鬼畜な命令を下してくるのではないかと身構えたりもしたが、果たして、先輩が要求してきたのは次のようなことだった。
「この部屋にいる間は他人の欲情を誘うような言動の一切を禁ずる」
またぞろつまらないことを言い出してきたなと内心鼻白んだ。しかし、だからこそ地味に厳しいルールになりそうな感もあった。
この部屋にいて楽しめる娯楽といえば、先輩をからかうことくらいだ。中でも色仕掛けを受けた際の先輩の狼狽えっぷりときたら、私の加虐心を大いに刺激してくれるもので、退屈凌ぎには最適なのだ。それを封じられるとなると退屈と無理心中する未来が目に見えて、早くも憂鬱な気分になってくる。また、性欲の解消を手伝ってくれるAV観賞を禁じられるのも相当な痛手に違いなかった。
だけど先輩の酷く疲れ果てた顔を目の前にすると、さすがに憐憫の情が芽生えて抗議する気も失せた。
まあ所詮は口約束だ。時間が経てばなあなあになるだろうし、いざとなればまた何かしらの賭け事を持ちかけて上手く帳消しする方向に運べばよい。
有り余る時間に甘えて悠長な思惑を胸に秘めていたが。
間もなく、事態は望まぬ方向に舵を切った。
明くる日の朝のことだ。
眠気覚ましのシャワータイムを終えて、ガウンを1枚羽織っただけの簡素な格好で浴室を出る。
厳密に審査するならこれも禁止事項の『他人の欲情を誘うような言動』に該当するだろうが、元の服は洗濯中というよんどころない事情があるから大目に見てもらうしかない。
居室に戻ると、ベッドの淵に腰かけてテレビモニターを凝視する先輩の姿があった。
物音で私が戻ってきたことに気づいていないわけもないだろうに、体勢が微動だにしない。
妙だと思った。いつもなら浴室に背を向ける形で待機しているはずなのに……。
訝しく思いながら先輩の視線の先を追い、「え?」と声が漏れた。
『本日の正午をもちまして、この部屋を解放します』
モニターに表示された衝撃的な一文。
シャワーを浴びたばかりなのに、身体から熱が引いていく。
頭の中をぐるぐると攪拌されるような錯覚が私を襲った。
無自覚のうちに、嘘でしょ、という呟きが口外にこぼれ落ちていた。
呆然と立ち尽くしていると、不意に先輩が振り返り、カナ、と呼びかけてきた。
「どういうわけかは知らないが、俺たち、ここから出られるみたいだぞ」
そう言って安堵の笑みを浮かべる先輩に、私は何も言い返すことができなかった。
テレビの隣に置かれているデジタル時計に自ずと目線が移る。表示されている時刻は『8:10』。あと4時間足らずで先輩と一緒にいられる時間が終わってしまう。
嗚呼、ついに。憂いていたことが現実になってしまった。
焦燥感の塊が一気に胸の表面にせり上がってくる。
先輩の心をまた私に振り向かせる――そのために彼をこの部屋に繋ぎ止めてきたが。
その野望を叶えるための具体的な方策が、実のところまだ見つけられていなかった。
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