セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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第6章

リビドー・マッチ(6/7)

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 ◆◆◆

『くそっ、鍵が開かない。どうなってるんだ!』

 舞台は空模様の壁紙と片面を窓ガラスに囲われたトラックの中。
 そこに口実をつけて連れ込まれた若い男女のペアが出入り口の扉が開かず閉じ込められたことに時を置いて気づいた場面だった。
 窓のカーテンは開け放たれていて、顔にモザイク処理をかけられた通行人が時折中の様子を気にかけながら、しかし最後にはみな我関せずといった感じで素通りしていく。
 男は乱暴に扉を叩いて助けを呼ぶが、一向にそんなものがやってくる気配は無し。女の方は床に敷かれたシーツの上にへたり込んで、焦点の定まらない目を中空に預けている。
 為す術もなく途方に暮れていたその時、部屋の隅に設置してあったモニターの電源が入った。そこに不可解極まりない一文が映し出される。

〈ここはセックスしないと出られない部屋です〉

 それを見てふたりの狼狽はさらに加速した。男はふざけるなと悪態をつき、女は掌に顔を埋めたまま動かなくなる。車中を冒す険悪な空気が画面越しにも伝わってくる。
 もちろんここでおいそれと指示に従うような展開にはならない。まずは互いの不安を慰めることを目的とした会話からだ。しかしどちらとも緊張しているせいか、すぐに話題は底を尽き、気まずい沈黙が車中を占拠していく。その間は早送りでふたりの疲弊していく様が描かれ、やがて〈3時間後〉というテロップを挟んで次の場面に移る。

『腹減ったな』

 当初は息巻いていた男の気炎も時間を追うごとに削がれていき、その頃には語調もすっかり覇気のないものに変わり果てていた。
 女は男の独り言に反応を示さない。一方で何かを探すように周囲をきょろきょろと見回していた。
 その様子を訝しく思った男がどうしたのかと尋ねると、女は躊躇いを含んだ口調で尿意を催したのだと白状した。
 男は、えっ、と声を漏らし、表情を強張らせた。

『我慢できないのか?』

 男の問いかけに、女はぶんぶんとかぶりを振る。

『もうむり、我慢できそうにない』

『そんなこと言ったって、どうするんだ。トイレなんてここには無いぞ』

『それは……』

 女は口ごもる。もじもじと全身をくねらせていて、打開案を捻り出す余裕も残されていないくらい切羽詰まった様子だ。
 男は、仕方ない、と呟いて、部屋の隅に置いてあった500mlのペットボトルに手を伸ばした。その中のミネラルウォーターをひと息に飲み干して、それから、これを使え、と女に差し出した。
 女はすぐさまそれが何を意味しているのか察したらしい、目を剥いて拒否反応を示した。

『そんなはしたないことできるわけないじゃないっ』

『だったらどうするんだ。その年になって漏らすつもりか?』

 男が問い詰めると、女は泣き顔になりながらペットボトルを受け取り、渋々そこに用を足し始めた。
 暫時放尿の音が響き渡り、羞恥に悶える女の動向がまざまざと映し出される。
 女から絶対に見るなと釘を刺された男はその言い付けに従って彼女に背を向ける形を取っていた。だが、ここで思わぬアクシデントが発生する。
 彼の視線の先にある部屋の柱の一角がアルミ素材で出来ていて、そこになんとM字開脚で放尿している女の姿が反射で写り込んでいたのだ。
 見てはいけないと思いつつも、その光景は彼の目をたちどころに釘付けにした。扇情的な格好に興奮がそそられるのもさることながら、その恥じらいの表情の中に混じる一抹の恍惚とした色が見るものに背徳的な悦びをもたしていた。その光景がひとたび視界に入ってしまえば、彼だけでなくきっと世にいる男の大多数は、情欲の奔流にさらわれるまま彼女の放つ牝の色香に隷属するしかなくなるだろう。
 安い物語ならこの辺りで男の理性が崩壊して女に襲いかかっていそうなものだが、そのような展開は待ち受けていなかった。女の放尿が終わり着衣を正せば、また元の気まずい沈黙が復活しただけだった。ふたりの視線が交わることはその後しばらくなかった。
 膠着状態を迎えたまま、時に早送りやスキップ処理を挟みつつ、ふたりの悲嘆に暮れる様がダイジェストで描かれていく。
 窓の外の景色が深い紺色に染まり始めた頃、ついに絶望の重圧に耐えきれなくなったのか、女の方が泣き出してしまった。もう一生ここから出られないんだ。誰でもいいから助けに来て。そう泣きわめく彼女のもとに、男が決死の表情で詰め寄る。そして彼女の肩に手を置いて告げる。

『やむをえない。もうセックスしてしまおう』

 女は泣きじゃくりながらも男の手を払いのけて声を荒げた。

『やめてっ、早まったことしないで。そんなことできるわけないでしょ』

 男の顔にありありと失意の色が浮かぶ。悄然と項垂れながら退いて、また少し彼女と距離を置いた。
 そんな風にふたりが易々と身体を重ねられないのにはある事情があった。実はふたりは兄妹なのだ。もともと片親の連れ子同士という関係で、血のつながりこそないものの、数年にわたって家族としてひとつ屋根の下で共同生活を送っている。
 一般的に〝兄妹〟とみなされている男女が、どんな理由があろうと肉体関係を持つなんて言語道断、世間的に許されることではない。そんなタブーの意識が彼らを禁断の関係に導くことを阻止しているようだった。
 性交渉が不成立に終わった直後の室内には、推し量るまでもなく居た堪れない空気が満ちていた。
 男はそんな現実から逃れるように横たわって目を閉じた。その口から大きなため息がこぼれる。
 そこで突然、映像が別の景色に切り替わった。
 いくつかの机と椅子が整然と並べられた、学校の教室と思しき場所だった。
 部屋の前方には黒板と教壇があり、その教壇上に学ラン姿の男子生徒とセーラー服姿の女子生徒が向かい合って佇んでいる。その男女の顔立ちに見覚えがあった。先ほど登場した兄妹だ。そこまで理解したところで、これは男の回想シーンなのだなと見当がついた。
 微笑み混じりに見つめ合うふたりの間には親密な気配が漂っていた。どちらの眼差しも一般的に家族に向けられるものとは趣を異にしていた。

『マナミ。俺と付き合ってくれ』

 神妙な面持ちで男が告げた。
 女は気恥ずかしそうにはにかみながら、上目遣いで応じる。

『はい、喜んで。あたし、先輩がそう言ってくれるの、ずっと待ってました』

 色よい返答を受けるなり、男は破顔して女の体に抱きついた。女も男の腰に腕を回して応じる。熱い抱擁を交わした後、また熱っぽい視線が中空で交錯した。そして、どちらからともなく口づけした。
 最初は唇を重ねるだけのキスだったが、徐々に舌同士の絡み合う情熱的なそれに発展していく。次第に理性のたがが外れていったのか、男の手が女の胸の膨らみに触れた。しかし、女は彼の手を取って小さく首を横に振った。

『だめよ、こんなところで……』

『いいじゃないか、誰も見ていないんだし』

『初体験を教室で済ませるなんて嫌よ。それにあたしたち、付き合ったばかりじゃない。こういうことはちゃんと段階を踏んでいきましょう』

 男が歯がゆそうな顔になる。だが数瞬後には納得した様子で口元を緩ませた。

『わかったよ。俺、マナミのこと、一生大切にするから』

 そう告げるなり女は満面の笑みとなって、また男の体に飛び付いた。

『嬉しいっ。先輩、大好き!』

 きつい抱擁の後にふたりはまたキスを交わした。
 そして、また場面が切り変わる。
 今度はどこかの家屋の一室のようだった。
 畳の敷かれた和室に、ふたりの男性が卓袱台を挟んで対面している。一方は例の男で、もう一方は彼よりだいぶ年嵩の男性だった。

『――再婚? 親父、付き合ってる人なんていたのかよ』

『ああ。ずっと黙っていてすまなかったな』

 年嵩の男性はどうやら彼の父親らしい。
 父親からの突然の報告に、息子はどんな反応を示すべきか判断に困っている様子だった。

『いや、別にいいんだけどさ。しかし、なんでまた突然』

 父親は遠い目をしてから、ひとつ深呼吸して事情を明かしはじめた。

『母さんが死んでもう10年以上経つな。男手ひとつでお前を育てることに躍起になっている間はそんなこと考えている余裕もなかったが、それも数年前にひと段落した辺りからかな、なんとなく人肌が恋しいと感じるようになってきたんだ。お前が成人するまでそういうのは我慢するつもりだったんだが……せっかく巡り会えた縁を手放すのも惜しい気がしてな』

 息子は数秒魂が抜けたような顔で呆けていたが、程なくして我に返った様子で口元を綻ばせて言った。

『水くさいこと言うなよ。俺や母さんに遠慮なんかするな。親父は親父で、幸せになってくれ』

『……そうだな、ありがとう』

 息子から激励の言葉をもらって、父親は目頭を押さえて俯いた。
 その姿に感化されてか、息子の方も少し目が潤んでいた。

『しかし、親父も隅に置けないな。相手はどんな人なんだ?』

 父親は照れくさそうにしつつも訥々と訊かれたことに答えていった。
 その後も父子の屈託のない会話が小気味よいテンポで続いた。
 会話がひと段落した頃、それまで柔和だった父親の顔つきが幾分か硬いものに変わった。

『それで、また突然なんだがな。今晩、先方をこの家にお招きしてるんだ』

 息子は、えっ、と当惑の声を発した。
 彼が何か言う前に、父親は、それからもうひとつ、と指を立てて続けた。

『実は今回の再婚を機に、我が家に家族が増えることになる』

 息子は怪訝そうな顔になって瞬きを繰り返す。

『そんなこと言われるまでもない。俺に新しい母親ができるって意味だろ?』

 父親はかぶりを振った。

『母親だけじゃない。実は向こうにもお子さんがいるんだ』

『えっ』

『お前よりひとつ年下の女の子だそうだ。つまり、義理の妹も家族に加わるというわけだ』

『妹……』

『お前には苦労をかけることになる。すまないが、笑顔でふたりのことを迎えてやってくれ』

 そう告げたところで、家のインターホンが鳴った。
 早速見えたようだ、と言って、父親は腰を上げた。息子もその後に続いた。
 そして、玄関での初顔合わせのシーン。
 品の良さそうな身なりをした婦人と、その後ろに隠れるセーラー服姿の女の子の影を息子は認めた。
 そして、彼は目を見開いた。やや遅れて、娘の方も。お互いの視線の先にいるのが、先ほどの教室のシーンで情熱的なキスを交わした相手だったからだ。
 再び、映像は現在の場面に切り変わる。

『覚えてる? お兄ちゃん』

 先に沈黙を破ったのは、妹の方だった。

『あたしたちが初めて兄妹として顔を合わせた時のこと。あの時、あたしは悪い夢でも見てるんじゃないかと思った。だっていちばん会いたくない人だったから。恋人になったばかりだっていうのに、あんまりじゃないって、現実を呪いたくもなった』

『……もう昔の話はしないって約束したじゃないか』

 兄の制止を無視して妹は続ける。

『それから、今後のことを話し合ったよね。お互い意見が真っ向から対立して、散々言い争いになったっけ。思い返せば、あれが初めての兄妹喧嘩になるのかな』

『…………』

『あたしは別れたくないの一点張りだった。でも、お兄ちゃんは違った。お母さんたちの幸せを守ることを第一に考えた時、自分たちの関係は白紙に戻すのが正解だって。あの頃のあたしはまだ子供だったから、お兄ちゃんの言うことに納得できなかった。散々駄々をこねて別れるくらいなら死んでやる~なんて言って。お兄ちゃんのこと困らせたよね』

『果物ナイフを手首に当ててきた時は本当にヒヤヒヤした』

 兄は苦笑する。そうして久方ぶりにふたりの視線が交わる。

『それだけ本気だったんだよ、お兄ちゃんのこと。でも、あの時のお兄ちゃんの判断は正しかったと思うよ。あの時、お兄ちゃんが大人になっていなかったら、たぶんあたしたちの家族は崩壊していた。もちろん、あたしたちの関係も』

『マナミ……』

『でも時々考えるんだ。もしあたしたちが恋人のままでいれたら、どんな未来が待っていたんだろうって』

『そんなこと、考えたって仕方ないじゃないか』

『別にいいじゃない。誰かに迷惑をかけるわけでもないんだからさ。……あたしたち、高校を卒業するまでちゃんとお付き合いできてたかな』

『まあ…………できてたかもな』

『休みの日はデート三昧で、平日もひっきりなしにメッセ飛ばし合ったりしてたのかな』

『……そんなことも、してたかもな』

『高校を卒業したら同じ大学に通って、同棲とかもしてたのかな』

『…………したかったな』

 兄妹の熱を帯びた視線が中空で交わる。
 つかの間の意味ありげな沈黙を経て、妹は口元に手を遣ってつぶやいた。

『キスの続きも、いつかしてたのかな』

 兄は口を閉ざす。曖昧な表情で反実仮想に耽る妹のことをじっと見つめる。
 どこか遠くの方から車のクラクションの音が聞こえてくる。窓の外はすっかり夜の帳が下りている。
 その時だった。突然照明が落ち、室内が暗闇に包まれた。
 きゃっ、と妹の甲高い悲鳴が上がる。おにいちゃん、おにいちゃん、と縋るような声に、兄の、大丈夫だ、という声が重なる。
 数秒経ち、部屋の照明が復活する。その時、妹は兄の胸の中にいた。兄はそんな妹を庇うように抱き締めていた。
 ふたりはそのまま離れようとせず、つかの間、至近距離で見つめ合った。

『いいのか?』

 と兄は尋ねる。
 妹はムッとした表情となって『ばか兄貴』と呟く。そして首を伸ばして、強引に唇を奪う。そのまま舌をねじ入れて、貪るように口腔内を舐め合う。
 ついに兄妹は禁断の果実に手を出し、愛欲の沼に身を投じるのだった。
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