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第6章
リビドー・マッチ(1/7)
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「……ん、ああぁっ! ……ああンッ……んんぁ……」
起き抜けに、女の艶めかしい声と乱れた息づかいが聞こえた。
どこかで聞いたことのある声だなと思いながら隣を見ると、白いガウンをまとった女がくねくねと身をよじらせていた。恍惚な色に染まった横顔。半開きの唇から熱を孕んだ吐息が漏れ出ている。
何をしているのかは一目瞭然だった。相部屋の女がひとりで性器を慰めているのだ。
いつぞやに目にした光景と重なったが、しかし今回は以前と違ってテレビの電源が点いていた。言うまでもなく、流れているのはAVだ。一糸まとわぬ格好の男女が正常位で繋がっている。ボリュームは絞られているが、微かに女優の喘ぎ声が室内を漂っている。
驚きが全くないといえば嘘になるが、さすがに2回目ともなると呆れの方が大きい。
「なにやってんだ」
声をかけると、立花カナの華奢な肩がびくりと跳ねた。それから、ぜんまいの切れかかった人形のようにぎこちなく振り向いてくる。目が合った瞬間、気まずそうな微苦笑が彼女の口元に浮かんだ。
「……おはようございます。先輩」
俺は上体を起こして、これ見よがしにため息を吐き捨てる。
「お前も懲りない奴だな。少しは自重しようとは思わないのか?」
「だ、だってえ」
不満そうに唇を尖らせて、こちら側に身を乗り出してくる。
その拍子に豊満な胸の谷間が目に入り、俺はさっと視線を背けた。今は目の毒でしかない。
「もう何日も発散してないんですよ。さすがに我慢の限界です」
「堂々と開き直ってんじゃねえよ」
眉をしかめてそう返すと、カナはむっとした表情のまま身を引いて、乱れた襟を正した。
「安眠を妨害したことは謝ります。前回の反省も踏まえて、極力物音を立てないよう心がけていたのですが」
「ふうん。あのざまでか」
「……えっと。声、大きかったですかね?」
何も言わず睨み付けると、カナは肩を竦めて縮こまった。
「ごめんなさい。興奮するあまり、また我を忘れちゃってたみたいです」
「…………」
今日はやけにしおらしいな。
性に関して人一倍あけすけな一面があることは事あるごとに嫌というほど思い知らされてきたが……さすがにひとりでしているところを見られることには人並みに抵抗を覚えるらしい。
「まあ起こされたことについては特に気にしちゃいない。とはいえ、散々注意してることだけど、もう少し緊張感をもってほしいな。俺だって状況は同じなんだぞ」
「じょうきょう?」
「いい加減、我慢も限界に近いってことだ。こんな時に隣で発情してる奴がいたら、調子が狂っちまう」
そう言うと、カナは数度瞬きして首を傾げた。
「どうして我慢してるんです?」
「はあ?」
「誰も禁欲しろだなんて言ってないんだから。意地張ってないで、一発ヌいちゃえば良いのに」
「……お前なあ」
価値観が違いすぎて、ときたま彼女が宇宙人か何かに思えてくる瞬間がある。そういう時は決まって側頭部に鈍い痛みを覚えるが、今回も同様の症状が体に現れていた。
「冗談でもそういうことを言うんじゃない。それとも、なにか? ついにこの部屋を出る決心がついたってことか?」
「まさか。早合点はよしてくださいな。前にも言ったでしょ。私への手出しはダメですけど、先輩がひとりでする分には口出ししないって」
「つまり自分でちんぽこシコってろと言いたいんだな」
あえて口汚い言葉を使ってみる。
しかしカナのお澄まし顔に変化はなく、どこ吹く風といった様子だ。逆に自分の方が無理なセクハラをかましたせいで赤面してしまう始末だった。
「お恥ずかしい気持ちは理解できますけど、今は非常事態なんですし。なんだったらまた私がおかずを提供して差しあげますよ」
魅力的な提案に心臓がバウンドする。連鎖的にカナのしなやかな裸体が脳裏に蘇る。
本能の奔流に流されそうになるのを、しかし理性のダムがかろうじて阻止する。俺はかぶりを振って、肺に溜まった空気を吐き出した。
「却下だ却下。そんな綱渡りみたいなマネしてたら、それこそ理性が暴走しかねない」
そう告げた途端にカナの眼差しが冷たいものに変わった。
「そうですか。では先輩の禁欲生活を影ながら応援してます」
呆れが入り混じった口調で吐き捨てると、彼女はまたテレビの方に向き直った。
画面では蕩けるような表情を浮かべた女優が、男優のいきり立った肉棒に淫靡な音を立ててむしゃぶりついているところだった。
「……んんっ」
カナの唇から甘い声がこぼれる。右手はちゃっかり下半身に伸びていた。
「お前という奴は、言ってるそばから」
俺は枕元に転がっていたリモコンに手を伸ばし、電源ボタンに指を重ねた。
ぷつりと画面が消えると、カナは、あー、と惜しむような声を発した。そして振り返り、恨めしそうな目付きでこちらを睨んできた。
「どうしてそんな意地悪するんですか」
「なんで俺が悪者みたいになってるんだ……」
「まだ1回もイけてないのに。こんなの、ヘビの生殺しですっ」
「それはこっちの台詞だ。ていうか、よく平然と続けていられるな。お前の辞書に恥じらいの文字はないのか」
先ほどのしおらしい態度は何だったのか。もしかすると単に睡眠を妨げたことを反省していただけで、自慰行為を目撃されたことについては何とも思っていなかったのかもしれない。やっぱりこいつは宇宙人だ。
「何を今更。お互い、ひとりエッチを見せ合った仲でしょうに」
「だからって抵抗心がフリーになるのはおかしいだろ。自由気ままに盛ってんじゃねえ」
「あら、性欲管理ですか。見かけによらず、鬼畜な人」
頬に手を添えて、せせら笑うカナ。
何を言っても飄々と躱されてしまう……。馬に念仏を聞かせる坊主の気持ちもかくや、観念してため息を吐き捨てる。この朝だけでいったい何度ため息をついただろうか?
「眠気覚ましにシャワーを浴びてくる。どうしても発散したいんなら、そのあいだに済ませておけ」
我が意を得たりとばかりにカナは頬角を持ち上げた。
「お心遣い感謝します。でも浴室に背を向けていては、テレビが見れないです」
想像で処理しろやと言いたいところだったが、中途半端にやらせるより思う存分やらせた方がのちに引きずることもないだろうと思い、ここは無闇に反発しないことにする。
「好きにしろ。ただし、10分以内に済ませるんだ」
俺はテレビのリモコンをカナに投げつける。
カナはそれを危なげなくキャッチし、それから不服そうな面持ちを浮かべてこちらを睨んできた。
「短すぎます。せめて30分はください」
「……もう一度言う。10分だ。きっかり10分経ったらこの部屋に戻ってくる。それまでに済ませておくんだ。いいな?」
一方的にそう言い放ち、彼女からの返事を待つことなく大股で浴室に移動した。
身につけていた衣類を脱ぎ捨て、シャワーの柄を手に取る。
その時、壁の向こう側から甘美な響きに染まった声が聞こえてきた。それが立花のものなのか、女優のものなのかはあえて考えないようにした。しかし、どちらにせよ俺の性的興奮を煽る結果になることに変わりはなかった。憐れに屹立した自分の肉棒を見下ろしながら、居室から漏れ聞こえてくる喘ぎ声を掻き消すように少しシャワーの水圧を強くした。
「……ん、ああぁっ! ……ああンッ……んんぁ……」
起き抜けに、女の艶めかしい声と乱れた息づかいが聞こえた。
どこかで聞いたことのある声だなと思いながら隣を見ると、白いガウンをまとった女がくねくねと身をよじらせていた。恍惚な色に染まった横顔。半開きの唇から熱を孕んだ吐息が漏れ出ている。
何をしているのかは一目瞭然だった。相部屋の女がひとりで性器を慰めているのだ。
いつぞやに目にした光景と重なったが、しかし今回は以前と違ってテレビの電源が点いていた。言うまでもなく、流れているのはAVだ。一糸まとわぬ格好の男女が正常位で繋がっている。ボリュームは絞られているが、微かに女優の喘ぎ声が室内を漂っている。
驚きが全くないといえば嘘になるが、さすがに2回目ともなると呆れの方が大きい。
「なにやってんだ」
声をかけると、立花カナの華奢な肩がびくりと跳ねた。それから、ぜんまいの切れかかった人形のようにぎこちなく振り向いてくる。目が合った瞬間、気まずそうな微苦笑が彼女の口元に浮かんだ。
「……おはようございます。先輩」
俺は上体を起こして、これ見よがしにため息を吐き捨てる。
「お前も懲りない奴だな。少しは自重しようとは思わないのか?」
「だ、だってえ」
不満そうに唇を尖らせて、こちら側に身を乗り出してくる。
その拍子に豊満な胸の谷間が目に入り、俺はさっと視線を背けた。今は目の毒でしかない。
「もう何日も発散してないんですよ。さすがに我慢の限界です」
「堂々と開き直ってんじゃねえよ」
眉をしかめてそう返すと、カナはむっとした表情のまま身を引いて、乱れた襟を正した。
「安眠を妨害したことは謝ります。前回の反省も踏まえて、極力物音を立てないよう心がけていたのですが」
「ふうん。あのざまでか」
「……えっと。声、大きかったですかね?」
何も言わず睨み付けると、カナは肩を竦めて縮こまった。
「ごめんなさい。興奮するあまり、また我を忘れちゃってたみたいです」
「…………」
今日はやけにしおらしいな。
性に関して人一倍あけすけな一面があることは事あるごとに嫌というほど思い知らされてきたが……さすがにひとりでしているところを見られることには人並みに抵抗を覚えるらしい。
「まあ起こされたことについては特に気にしちゃいない。とはいえ、散々注意してることだけど、もう少し緊張感をもってほしいな。俺だって状況は同じなんだぞ」
「じょうきょう?」
「いい加減、我慢も限界に近いってことだ。こんな時に隣で発情してる奴がいたら、調子が狂っちまう」
そう言うと、カナは数度瞬きして首を傾げた。
「どうして我慢してるんです?」
「はあ?」
「誰も禁欲しろだなんて言ってないんだから。意地張ってないで、一発ヌいちゃえば良いのに」
「……お前なあ」
価値観が違いすぎて、ときたま彼女が宇宙人か何かに思えてくる瞬間がある。そういう時は決まって側頭部に鈍い痛みを覚えるが、今回も同様の症状が体に現れていた。
「冗談でもそういうことを言うんじゃない。それとも、なにか? ついにこの部屋を出る決心がついたってことか?」
「まさか。早合点はよしてくださいな。前にも言ったでしょ。私への手出しはダメですけど、先輩がひとりでする分には口出ししないって」
「つまり自分でちんぽこシコってろと言いたいんだな」
あえて口汚い言葉を使ってみる。
しかしカナのお澄まし顔に変化はなく、どこ吹く風といった様子だ。逆に自分の方が無理なセクハラをかましたせいで赤面してしまう始末だった。
「お恥ずかしい気持ちは理解できますけど、今は非常事態なんですし。なんだったらまた私がおかずを提供して差しあげますよ」
魅力的な提案に心臓がバウンドする。連鎖的にカナのしなやかな裸体が脳裏に蘇る。
本能の奔流に流されそうになるのを、しかし理性のダムがかろうじて阻止する。俺はかぶりを振って、肺に溜まった空気を吐き出した。
「却下だ却下。そんな綱渡りみたいなマネしてたら、それこそ理性が暴走しかねない」
そう告げた途端にカナの眼差しが冷たいものに変わった。
「そうですか。では先輩の禁欲生活を影ながら応援してます」
呆れが入り混じった口調で吐き捨てると、彼女はまたテレビの方に向き直った。
画面では蕩けるような表情を浮かべた女優が、男優のいきり立った肉棒に淫靡な音を立ててむしゃぶりついているところだった。
「……んんっ」
カナの唇から甘い声がこぼれる。右手はちゃっかり下半身に伸びていた。
「お前という奴は、言ってるそばから」
俺は枕元に転がっていたリモコンに手を伸ばし、電源ボタンに指を重ねた。
ぷつりと画面が消えると、カナは、あー、と惜しむような声を発した。そして振り返り、恨めしそうな目付きでこちらを睨んできた。
「どうしてそんな意地悪するんですか」
「なんで俺が悪者みたいになってるんだ……」
「まだ1回もイけてないのに。こんなの、ヘビの生殺しですっ」
「それはこっちの台詞だ。ていうか、よく平然と続けていられるな。お前の辞書に恥じらいの文字はないのか」
先ほどのしおらしい態度は何だったのか。もしかすると単に睡眠を妨げたことを反省していただけで、自慰行為を目撃されたことについては何とも思っていなかったのかもしれない。やっぱりこいつは宇宙人だ。
「何を今更。お互い、ひとりエッチを見せ合った仲でしょうに」
「だからって抵抗心がフリーになるのはおかしいだろ。自由気ままに盛ってんじゃねえ」
「あら、性欲管理ですか。見かけによらず、鬼畜な人」
頬に手を添えて、せせら笑うカナ。
何を言っても飄々と躱されてしまう……。馬に念仏を聞かせる坊主の気持ちもかくや、観念してため息を吐き捨てる。この朝だけでいったい何度ため息をついただろうか?
「眠気覚ましにシャワーを浴びてくる。どうしても発散したいんなら、そのあいだに済ませておけ」
我が意を得たりとばかりにカナは頬角を持ち上げた。
「お心遣い感謝します。でも浴室に背を向けていては、テレビが見れないです」
想像で処理しろやと言いたいところだったが、中途半端にやらせるより思う存分やらせた方がのちに引きずることもないだろうと思い、ここは無闇に反発しないことにする。
「好きにしろ。ただし、10分以内に済ませるんだ」
俺はテレビのリモコンをカナに投げつける。
カナはそれを危なげなくキャッチし、それから不服そうな面持ちを浮かべてこちらを睨んできた。
「短すぎます。せめて30分はください」
「……もう一度言う。10分だ。きっかり10分経ったらこの部屋に戻ってくる。それまでに済ませておくんだ。いいな?」
一方的にそう言い放ち、彼女からの返事を待つことなく大股で浴室に移動した。
身につけていた衣類を脱ぎ捨て、シャワーの柄を手に取る。
その時、壁の向こう側から甘美な響きに染まった声が聞こえてきた。それが立花のものなのか、女優のものなのかはあえて考えないようにした。しかし、どちらにせよ俺の性的興奮を煽る結果になることに変わりはなかった。憐れに屹立した自分の肉棒を見下ろしながら、居室から漏れ聞こえてくる喘ぎ声を掻き消すように少しシャワーの水圧を強くした。
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