セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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第5章

喪失と再生の記憶(5/9)

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 8月に入って間もなく、祖母が心臓の病気で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。それを機に私は母と義父と弟が暮らしている元の家に戻らなくてはならなくなった。
 葬儀の後、義父の運転する車に乗せられて、そのまま暗黙の了解のごとく実家に連行された。特に何の断りも入れられなかったが、私としても異存はなかった。その頃の私はまだ先輩を失ったショックから立ち直れておらず、そこに祖母を亡くした悲しみも加わって、とてもじゃないが独りでいられる精神状態ではなかった。皮肉なことに、祖母を失って改めて家族のありがたみを思い知ったのだった。
 実家に連れ戻されたことについては文句を零さなかったが、別件でひとつだけ両親に我が儘を言った。それは、高校を辞めたいということだった。
 地理的な問題で、実家から通学するとなると往復の時間が以前の倍近くかかってしまうという事情があった。そうなれば部活動やアルバイトは愚か、学生の本分である勉学にも身が入らなくなる。学業を引き合いに出されれば、親としても娘の意向に異を唱えることはなかなか苦しい様子だった。
 無論その言い分は建前に過ぎない。通学時間だけを問題視するなら、たとえば寮に入るという解決策もあった。私の中に高校を変えたくないという明確な意思があるならば、退学を希望する前にまずはそうした妥協案を提示していたはずだ。
 両親には明言していないが、ヨシノやコージ先輩と距離を置きたいというのが、退学を希望する本当の理由だった。彼女たちと顔を合わせた時に襲われるであろう憎悪や哀しみの嵐を私は恐れていた。その猛威に晒されてしまえばとても正気を保っていられる自信は無い。その恐怖たるや、想像しただけで身震いが止まらなくなるほどだった。
 もし希望を聞き入れてもらえないようなら不登校になることも辞さない構えだったが、やはり学業を説得の材料に使ったのがてき面だったのか、こちらの希望は思いのほかすんなりと受理された。
 だがその後、どの高校に転入するかという点で少しだけ揉めた。私が希望したのは、実家から徒歩10分圏内にある公立高校だった。言うまでもなく家から近いということだけが決め手だった。転入するにあたり筆記試験はなく、たった一度の面接をクリアするだけで入れるような学校だ。当然ながら以前通っていた私立の進学校と比べると偏差値は大幅にダウンする。そのことに両親はかなりの難色を示していた。娘には以前と比べて学力的に差の無い学校に通ってほしい。要約するとそれがふたりの意向のようだった。
 意外なことにとりわけ反発を示したのは義父の方だった。まともな学習時間を確保できないからという理由で退学を決意したというのに、教育に力を入れていない学校に入ってしまっては本末転倒ではないか。それに、同級生たちとは学力に違いがありすぎて会話も成立しないのではないか。突然現れた優等生に対して、彼らはみんないい顔をしないのではないか――などと次々問題を提起してくるのだった。
 義父が私のことを思って意見してくれているのだということは大いに理解していたが、言外に勉強の出来ない者を小馬鹿にするような響きが含まれていて、それが無性に私の癪に障った。
 私は義父の意見の一つひとつに対し、努めて感情的にならないよう反論を返した。勉強は環境ももちろん大事だが、何より本人の意思が重要だ。私自身が学びたいという意思を手放さない限り、いかに劣悪な環境に身を置こうと学びの質が損なわれることはない。逆に学習意欲がなければ、周りの環境など無関係に堕落していく。故に学習意欲を維持できる自信があるのなら、偏差値より時間を優先した方が賢明だ。また仮に周りに馴染めなくたって、それはそれで結構。必要以上に友好関係が広がってしまえば、それこそ学業の妨げになりかねない。私が最寄りの学校を希望しているのは、ただ単に行き帰りが楽だからというだけでなく、自分の将来にとってプラスになる要素が多いと判断したからだ――
 そうした私の能弁を、義父も母も、目を丸くして聞いていた。こちらの意見に納得させられたからというよりも、理路整然と言葉を並べられるようになった我が子の成長に感動している様子だった。その時点ではまだ完全には娘の意見に同調しかねている雰囲気だったが、さらに弁を加熱させて説得を重ねたところ、そこまで強固な意思があるなら、ということで、渋々ながらも了承を取り付けることに成功したのだった。
 入学は諸々の手続きの関係で10月からとなった。
 学校の雰囲気は想像していた範疇に収まるものだった。授業中は学級崩壊とまではいかないが、私語をする生徒や居眠りを決め込む生徒の姿がちらほらと散見された。いちいち注意していてはきりがないと最初から諦めているのか、教師陣も基本的に黙殺するスタンスを貫いている様子だった。授業の内容もとうてい高校生が習うべきとは思えないくらいお粗末なものだった。まさか高校1年生にもなって英文法の過去形や連立方程式を学ぶことになるとは思っていなかった。また、同じクラスの大半の生徒がその内容を理解していなかったことには腰を抜かした。入学してから1週間と経たないうちに、私は学校の授業を一切無視して前の学校の教科書や書店で購入した参考書などを頼りに自習するようになっていた。
 周りの生徒たちとの関係も良好とは言えなかった。転入した初日の時点ですでに在校生と自分とのあいだに深い隔たりがあるように思えた。
 と言っても、それは義父が述べていたような、学力が離れていることに起因した価値観の相違みたいなものでは無かった。問題は彼らではなく私の方にあった。
 物珍らしさからか、最初の頃は私に話しかけてくる生徒も何人かいた。それに対する私の反応は、極めて素っ気なく、淡泊なものばかりだった。
 断っておくが、その反応は自分より頭の悪い人間に対する軽蔑から発されたものではない。むしろ私は彼らのことを怖れてさえいた。ヨシノとの一件を経て、他人を信用することに酷く臆病になっていたのだ。当時の私は他人との距離の測り方をすっかり見失っていた。
 日を追うごとに私に話しかけてくる生徒は減っていき、やがて必然的に私の周りには誰も寄りつかなくなった。気は楽だったが、やはりどうしても強烈な孤独感は拭えなかった。さらに悪いことに、そんな私の澄ました態度が気にくわなかったのか、周りから少しずつ嫌がらせじみた行為を受けるようにもなった。暴力を振るわれたり金銭を巻き上げられたりといったあからさまないじめは無かったが、たとえば話しかけても平気で無視されたり、トイレで陰口を叩かれたりするような事態には何度か直面した。私が援助交際をしているだの昔居た学校で不良行為を働いていただのという根も葉もない噂が吹聴されていたのにはさすがに唖然とした。どうやら自分の気付かないところでクラスのヒエラルキーの頂点にいた女子生徒の反感を買ってしまっていたらしく、その取り巻きの女子たちを中心に私のネガキャンが広く展開されているようだった。
 実害があったわけではないが、他人の悪意に晒されながら毎日を過ごすのはなかなか精神的に堪えるものがあった。こんなことなら両親のすすめに従って多少苦労してでもイイトコの学校に転入しておけば良かったと後悔もした。無論あれだけの啖呵を切っておいて、今更別の高校に入り直したいなどと言えるはずもなかった。
 孤独感は日に日に増していき、ままならぬ人間関係に対する不甲斐なさが自己肯定感を削っていく。
 そんな毎日につくづく嫌気が差していた、11月半ばのことだ。私は生まれて初めて学校をサボタージュした。
 朝起きて家を出るところまでは、家族の目があった手前、普段通りに振る舞った。だが家を出てからは、学校とは明後日の方向に足を向けて、制服姿のまま街に繰り出したのだった。
 始めはつまらない日常からようやく抜け出せた気がして気分が高まっていたが、その状態も長くは続かなかった。街に出たのはいいものの、特にやりたいことが思いつかなかったからだ。仕方なく道々をあてもなく徘徊して疲れたら図書館やショッピングモールのベンチに座って休憩するということを繰り返して時間を潰した。自分の生涯の中でも一、二を争うほどに不毛で空虚な時間だったように思う。退屈だと感じるだけ非行に対する罪の意識も強化され、私を懊悩の渦に飲み込むのだった。
 それでも心ない悪意の目に晒されるよりは遙かにましだと思えた。
 一度サボりの味を知ってしまえば、あとはもう楽な方に流される一方だった。始めの頃は1週間に一度程度だったサボりの頻度が、次第に3日に1回のペースとなり、やがて週の大半を学校以外の場所で過ごす状態にまでなっていた。
 当然そんなことを頻繁に繰り返していたら、学校から家に連絡が行かなかったはずもないだろう。さすがに両親には気づかれている節があったが、どことなく剣呑な空気が娘から漂っていることを察知してか、ひとまず問題が発生するまで娘の放浪については様子見とすることに決めた模様だった。その判断はきっと正しかった。もしそのことを追及されていたら、その時は胸に抱えていた鬱憤の全てを八つ当たりのごとく家族にまき散らしていただろうから。当時の私に、黙って正論を聞き入れるだけの精神的余裕は残されていなかった。
 というのも学校を追われた自分に逃げ場所なんてものは用意されていなかったからだ。学校ばかりか家の中にいる時だって息苦しさを感じていた。当然だ。私と家族のあいだにあるわだかまりは依然として風化していなかったのだから。たった3ヶ月離れて暮らしただけで解消するようなわだかまりだったなら、きっとその頃の私は学校に通うポーズすら見せることなく、日がな自室に閉じこもる生活を送っていただろう。
 様々なしがらみから逃れるような生活を送っていると、いつしか日が出ているうちは街中を気の向くままに徘徊するのがルーチンとなっていた。祖母と暮らしていた頃と違って門限も無かった。夜遅くまで帰らないでいるとスマホに着信があるだけだった。たいていの場合、電話ではなくメールで、送り主は母だった。帰宅を促すような一文に晩ご飯の写真が添付されているようなメールが多かった。本当はもっときつく注意したかったのだろうが、必要以上に刺激を与えないよう母親なりに気を遣ってくれていたのだろう。
 学校に行かない日は街中を散策するほか、図書館で自習したりスマホでネットサーフィンしたりして時間を潰した。しかし、それを差し引いても夥しいほどの余暇が有り余っていた。退屈凌ぎにはお金が必要で、散財しないように日々気をつけていたが、やはり金欠は常に悩みの中心にあった。
 そういうわけでその頃からアルバイトを始めた。勤め先は隣町にあるコンビニを選んだ。近所のコンビニにしなかったのは知り合いと会うのをなるべく避けたかったからだ。
 時間だけはとにかく有り余っていたので、可能な限りシフトを入れてもらった。基本的に平日は毎日レジに立ち、繁忙期は休日返上で週7勤務ということもざらにあった。振り返るにあの頃の自分はとにかく働き詰めていた。常に疲労感が身体の隅々にまで染み渡っていて肉体的にはきつかったが、働いているあいだはとかく忘我の境地に浸っていられた。そのお陰で様々な負の感情からも距離を置くことができていた。ワーカホリックとまではいかないが、精神的な苦しみから一時的に解放されるコンビニバイトには妙な居心地の良さがあり、それが私をハードワークに駆り立てていた。
 給料は最低賃金に毛が生えた程度のものだったが、そこそこ働き詰めていた甲斐もあって、それなりにまとまった額が支給された。その主たる使い道は街に繰り出した時の暇潰し代だった。とはいえ制服を着た高校生が平日の真昼間から堂々と大枚を叩けるような店は珍しく、また物欲も乏しい方だったため、必然的に給料のほとんどは貯金に回された。
 朝早くに家を出て、日中は街中でぶらぶらと過ごし、夕方頃からバイト先に出向いて、勤務が終わったら食事と入浴と睡眠のためだけに家に帰る。そんな根無草のような生活がしばらく続いた。
 そのあいだは日の下を歩いているという実感がまるで湧かなかった。暗闇の中を手探りで進んでいるようだった。自分の心の中にはいつも〝普通〟ならざる生き方をしているのではないかという後ろ暗い気持ちと、このような不安定な生活がいつまで続くのだろうかという将来に対する漠然とした不安が滞留していた。
 様々な負の思いが蓄積していった結果、強烈なストレスが私を蝕むようになった。次第に些細なことで母と言い争いをするようにもなっていた。
 そんな時、学校から両親のもとに通達があった。私の出席日数が足りずこのままでは進級も危ぶまれるーー要約するとそんな内容の警告だった。さすがにこれ以上は看過できないと判断され、すぐさま家族会議が開かれた。両親に詰問の嵐を浴びせられる中、私は5分として席に着いていられず、着の身着のまま家を飛び出した。2月に入ったばかりの雪降る夜のことだった。
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