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第4章
桐生コージの後悔(3/5)
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安住とはメールを受け取った翌日の昼過ぎに学校近くのファストフード店で会う約束を交わした。その日は土曜日で、学校も休みだった。終業式はその次の月曜日に控えていた。
休日の安住は学校で見かけた時より随分と垢抜けた恰好をしていた。眼鏡がコンタクトになっていたり、化粧っ気があったり、肌の露出が多い服装だったり。それに、香水でもつけているのか、彼女のそばに近寄ると仄かに甘い香りがした。髪型も真面目そうなお下げから、活発な印象を抱かせるポニーテイルに変わっている。
立花カナを白百合と表現するなら、安住ヨシノは真っ赤な薔薇のようだった。妖艶で華があり、でもどこかに棘を隠し持っているような危うさも兼ね備えている。
立花カナひと筋の俺ではあったが、その弾けるような笑顔を見せつけられると、さすがにドギマギした。
安住とはまず最寄りの映画館に足を運んだ。せっかくの機会だから最近話題の映画を観ようという話になったのだ。断る理由もなかったので、全ての段取りを安住に任せることにした。
安住がチョイスしたのは世間で大流行中の恋愛映画だった。過激な描写はなかったが、やたらと男女が密着するシーンが多く、鑑賞中はなんとなく居心地の悪さを覚えていた。
映画の出来はまずまずといったところだった。けちょんけちょんに貶すほどでもないが、立ち上がって拍手を送りたくなるほどの賞賛には値しない。映画の代金分の見応えはあったが、もう二度と観返すこともないだろう。そんな感じの映画だった。
そしてどうやら安住の方も似たり寄ったりの感想を抱いたらしい、映画館を後にし、その足で向かった先のカフェで、中途半端な映画でしたね、とやや毒気のある感想を口にした。
それで俺もギアがかかった。もし安住が賞賛派に回るなら、自分もその意見に追随しようと思っていた。しかしその歯に衣着せぬ物言いから、こちらも遠慮は要らないようだと判断した。
その感想の言い合いが思いのほか盛り上がった。総合的な評価はほとんど同じような感じなのだが、ところどころで意見の食い違いがあり、その是非について俺と安住は意見を戦わせた。安住の食ってかかるような姿勢と時折見え隠れする鼻っ柱の強さが呼び水となって、俺は言いたいことを飾らず口にすることができた。自分が年長者であることも忘れて、すっかりムキになっている瞬間もあった。もちろん意見が合致する部分も少なからずあったりして、その場合はふたりして鼻息を荒くさせながら握手を交わすのだった。
安住が映画好きだという話はどうやら本当らしい。それも自分と互角に渡り合えるほどの知識と見識を備えている。だからこちらも全力でぶつかることができた。立花の前では絶対に使えないような、少々口汚い言葉を使ったりもした。それに安住が怯むことなく毅然と応戦してくるのが痛快だった。
話題はいつしか違う映画の話に移っていた。安住は一定の評価を置いているが、俺はあまり評価していない映画だった。当然意見は真っ向から対立し、白熱した議論が繰り広げられた。価値観が全く正反対なのに、険悪な空気にならないのが不思議だった。安住の提唱する斬新な見知にむしろ快感さえ覚えていた。
ひとつの映画についてひととおり意見交換が済んだら、また別の映画の話をする。ノンストップでそれを繰り返しているうちに、いつの間にか日が暮れていた。
閉めの言葉を口にしたのは安住だった。正直まだ話し足りなかったが、引き留めるわけにもいかず頷くほかになかった。
その気持ちを見抜かれてか、あるいは彼女の方も同感だったのかは知らないが、続けて彼女はこう提案した。
「明日、私の家で映画鑑賞会しませんか?」
一瞬惹かれかけたが、立花の顔がよぎって躊躇した。今の今まで立花の存在を忘れていたことに気がつき、多少の罪悪感に駆られた。
「そういえばカナのこと、話しそびれちゃいましたね」
迷う素振りを見せている俺に、安住はそう、ぬけぬけと言い添えた。
安住は俺の心が立花に向いていることを見抜いていたのだろう。そしてそれが無条件に俺の心を惹き付ける最大の関心事であるということも。
他人の心の隙に付け入るのが抜群に上手い女だ。そんな彼女に目を付けられた時点で、俺の命運は決まっていたのかもしれない。
立花への告白を成功させるため。またしても大義名分を得てしまった俺が、彼女のその魅惑的でしかない誘いを断れないことは、もはや言うまでもなかった。
安住とはメールを受け取った翌日の昼過ぎに学校近くのファストフード店で会う約束を交わした。その日は土曜日で、学校も休みだった。終業式はその次の月曜日に控えていた。
休日の安住は学校で見かけた時より随分と垢抜けた恰好をしていた。眼鏡がコンタクトになっていたり、化粧っ気があったり、肌の露出が多い服装だったり。それに、香水でもつけているのか、彼女のそばに近寄ると仄かに甘い香りがした。髪型も真面目そうなお下げから、活発な印象を抱かせるポニーテイルに変わっている。
立花カナを白百合と表現するなら、安住ヨシノは真っ赤な薔薇のようだった。妖艶で華があり、でもどこかに棘を隠し持っているような危うさも兼ね備えている。
立花カナひと筋の俺ではあったが、その弾けるような笑顔を見せつけられると、さすがにドギマギした。
安住とはまず最寄りの映画館に足を運んだ。せっかくの機会だから最近話題の映画を観ようという話になったのだ。断る理由もなかったので、全ての段取りを安住に任せることにした。
安住がチョイスしたのは世間で大流行中の恋愛映画だった。過激な描写はなかったが、やたらと男女が密着するシーンが多く、鑑賞中はなんとなく居心地の悪さを覚えていた。
映画の出来はまずまずといったところだった。けちょんけちょんに貶すほどでもないが、立ち上がって拍手を送りたくなるほどの賞賛には値しない。映画の代金分の見応えはあったが、もう二度と観返すこともないだろう。そんな感じの映画だった。
そしてどうやら安住の方も似たり寄ったりの感想を抱いたらしい、映画館を後にし、その足で向かった先のカフェで、中途半端な映画でしたね、とやや毒気のある感想を口にした。
それで俺もギアがかかった。もし安住が賞賛派に回るなら、自分もその意見に追随しようと思っていた。しかしその歯に衣着せぬ物言いから、こちらも遠慮は要らないようだと判断した。
その感想の言い合いが思いのほか盛り上がった。総合的な評価はほとんど同じような感じなのだが、ところどころで意見の食い違いがあり、その是非について俺と安住は意見を戦わせた。安住の食ってかかるような姿勢と時折見え隠れする鼻っ柱の強さが呼び水となって、俺は言いたいことを飾らず口にすることができた。自分が年長者であることも忘れて、すっかりムキになっている瞬間もあった。もちろん意見が合致する部分も少なからずあったりして、その場合はふたりして鼻息を荒くさせながら握手を交わすのだった。
安住が映画好きだという話はどうやら本当らしい。それも自分と互角に渡り合えるほどの知識と見識を備えている。だからこちらも全力でぶつかることができた。立花の前では絶対に使えないような、少々口汚い言葉を使ったりもした。それに安住が怯むことなく毅然と応戦してくるのが痛快だった。
話題はいつしか違う映画の話に移っていた。安住は一定の評価を置いているが、俺はあまり評価していない映画だった。当然意見は真っ向から対立し、白熱した議論が繰り広げられた。価値観が全く正反対なのに、険悪な空気にならないのが不思議だった。安住の提唱する斬新な見知にむしろ快感さえ覚えていた。
ひとつの映画についてひととおり意見交換が済んだら、また別の映画の話をする。ノンストップでそれを繰り返しているうちに、いつの間にか日が暮れていた。
閉めの言葉を口にしたのは安住だった。正直まだ話し足りなかったが、引き留めるわけにもいかず頷くほかになかった。
その気持ちを見抜かれてか、あるいは彼女の方も同感だったのかは知らないが、続けて彼女はこう提案した。
「明日、私の家で映画鑑賞会しませんか?」
一瞬惹かれかけたが、立花の顔がよぎって躊躇した。今の今まで立花の存在を忘れていたことに気がつき、多少の罪悪感に駆られた。
「そういえばカナのこと、話しそびれちゃいましたね」
迷う素振りを見せている俺に、安住はそう、ぬけぬけと言い添えた。
安住は俺の心が立花に向いていることを見抜いていたのだろう。そしてそれが無条件に俺の心を惹き付ける最大の関心事であるということも。
他人の心の隙に付け入るのが抜群に上手い女だ。そんな彼女に目を付けられた時点で、俺の命運は決まっていたのかもしれない。
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