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第3章
立花カナの決意(5/5)
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部屋に戻り、まずは突然中座したことを謝る。
先輩は戸惑いを露わにしつつも、私と目が合った途端に口を閉ざした。
涙が治まってしばらく経つが、まだ目が充血しているのかもしれない。めそめそしているところを見られたくなかったから浴室に駆け込んだのだけれど、どうやら無意味に終わったみたいだ。
でも、気分は少しスッキリした。久しぶりに泣いた気がする。
私は先輩に背を向けて、ベッドの淵に腰を下ろした。
「ねえ、先輩」
その声が震えていないことに安心する。
まだ自分に強がれるだけの気力は残っているようだ。
「失礼は承知の上でお尋ねします。新川さんと、どこまで済ませましたか?」
は? と素っ頓狂な返事を放ったきり先輩は沈黙する。質問の意味を図りかねているのか、またぞろ突拍子のない質問に呆れ果ててのか。見ずとも困惑している様がありありと目に浮かぶ。
無論ただ先輩を困らせたいがためにこんな不躾なことを訊いたのではない。先輩の中に新川カレンの存在がどの程度侵食しているか、またそれを知ったとき自分の心がどのように揺れ動くのか、怖いもの見たさで確かめたいからだ。
「どこまで、というのは?」
やがて先輩からそんな反問が返ってきた。悪あがきにも等しい時間稼ぎだ。そうやってしらばくれていれば質問を有耶無耶にできるとでも思っているのだろうか?
浅はかな先輩の愚行に苛立ちを覚えつつ、これじゃあ埒が明かないと思い、質問の内容をもっと具体的にする。
「もう手は繋ぎましたか?」
「……手くらい繋ぐよ」
私は自分の胸に右手を当てた――大丈夫。まだ気分は落ち着いているし、脈拍も乱れていない。
「キスはしましたか?」
「…………したよ」
また胸に右手を置く――大丈夫。まだ平常心は維持できている。
「……セックスは、しましたか?」
緊張のせいか、若干口運びが重たくなる。
またしても先輩は沈黙にひた走った。
この空間だけ重力が増したかのように、時の流れがやたら遅く感じられる。
これ以上、傷つきたくない。だけど生殺しはもうたくさんだ。殺すなら早く、ひと思いに殺してくれ。断頭台の上で首が刎ねられるのを待つ囚人の心持ちもかくや、私は固唾を呑んで審判が下されるのを待つ。
やがてすんとした吐息の音に続いて、先輩の声が聞こえた。
「したよ」
私はすかさず胸に手を押し当てて――バクバクと心臓が爆音を奏でているのを確認した。
ベッドの外に放り出した両脚がまたしても深い闇に呑み込まれそうになっていた。
力いっぱい瞼を閉じて、その闇に立ち向かうための記憶を引っ張り出す。
大きな痛みを伴う記憶だった。それは初めて先輩との仲を引き裂かれた時の記憶だ。3年前の私は今より少し純粋で、無知で無力な子供だった。その弱さにつけこまれて、先輩の隣の座を奪われたのだ。その辛い経験を経て、もっと強くなろうと――もっとずる賢く、貪欲に欲しいものを追い求める人間になろうと決意したのだ。
先輩はかつての私の憧れだった。その海のように深い優しさと信念の気高さに強く心を惹きつけれた。だから私は先輩を目指した。しかしそれは間違いだった。先輩を本当に我がものにしたいのなら、私が目指すべきは安住ヨシノだった。私から先輩を奪った張本人。あそこまで図太く強かに生きなければ、欲しいものは永遠に手に入ることはない。他人に期待して行動を起こさないのは弱者の振る舞いだ。私はもう弱者には成り下がらない。倫理とか世間の声とか、そんなものはどうだっていい。ただ強くありたい。純潔を失ったあの日からそう願い、懸命に生きてきた。
今の私に失うものは何もない。だから何を恐れることもないのだ。
気づけば足元を這っていた闇はどこかに消え去っていた。
足の裏を地につけ、ベッドから立ち上がる。振り返り、今度は何を言ってくるのかとでも言いたげな警戒心を露わにした表情でいる先輩に向かってまた質問を投じた。
「何回ですか?」
「えっ?」
「新川さんとは何回、情事を交わしたんですか?」
私は口元に余裕ぶった笑みを湛えて尋ねた。
今でも心臓は早鐘を打っている。正直、そんな話、聞きたくもない。だけど、これが強者の振る舞いだ。辛いときほど笑顔でいる。聞くに堪えない話にもあえて耳を傾けて、自らの士気を高める糧とする。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。そうしたことが強さの証明だと信じている。だから私は非情になりきるのだ。
「そんなこと、いちいち数えてられるか」
「へえ。数えきれないくらい致したわけですか」
先輩は唖然とした顔色で口をひん曲げるが、このままやり込められてはなるまいと思ったのか、一旦咳払いを挟んでから澄ましたような口調で言い返してきた。
「恋人なんだから、やることはやるさ」
「そうですか。週にどれくらい為されるんですか?」
「……知らんけど。まあ一般的な大学生からすると平均的な頻度なんじゃねえの」
「つまりヤりまくりというわけですね。それはそれは、お盛んなことで」
先輩が鋭い視線を送ってくる。しかし反論が続かないということは図星なのだろう。
不思議なもので強がっているうちは、それほどショックも大きくない。私以外の女の身体にうつつを抜かしている事実は極めて業腹だが、お気に入りのダッチワイフか何かだと思い込めば殊更悲しみの波に襲われることもない。
「もういいだろ、俺の話は。立花、今度はお前の話を聞かせてくれよ」
先輩が無理やり話題を転換しようとするが、そうは問屋が卸さない。
「ダメです。今日は先輩の話を聞くことに専念するって決めてるんだから」
「さっきまでの殊勝な態度はどこに行ったんだよ。俺の信用を取り戻すんじゃなかったのか」
「途中で気が変わりました。話を聞いてると、先輩ばっか幸せそうでずるいんだもん。ちょっとはいじめさせてくださいよ」
先輩はげんなりとした表情で宙を仰いだ。その口から諦念に染まったため息が放たれる。
まったく、この人と来たら、御しやすいったらありゃしないんだから。こちらが弱者だと分かると、すぐに手心を加えてくる。そういうお人好しなところは美点だが、その分騙されやすい性格でもあるのだろう。それなのに、よくここまで捻くれもせず真っ直ぐな人格者に成長したものだ。3年の月日を経て色々と変わった部分もあるが、優しいところは昔と変わりないようで安心する。
今更ながらに実感する。私は今も先輩のことを深く愛しているのだと。
ーーもう二度と諦めてなるものか。どうにかして先輩の心をまた自分に振り向かせてやるんだから!
そう決意して口元に笑みを浮かべた。今は強がりだが、これがいつか本心からのものになると信じて。
※
「立花」
少し早めの夕食を済ませてからすぐに、先輩が呼びかけてきた。
神妙なその気配だけで、なんとなく先に続く言葉は予想がつく。
「立花じゃないでしょ。カナって呼んでくださいってば」
「いや」
先輩はかぶりを振る。
「ごめん。やっぱり立花のこと、もう下の名前では呼べない。それはなんとなく、カレンに対する裏切りだと思うから」
まるで辻斬りに遭ったかのような気分だった。
俄に嫉妬心が蘇り、名前しか知らない新川カレンという女に激しい憤りを覚える。
先輩の心だけでは飽き足らず、私たちの絆まで奪う気か。
拳に力が強まるのを自覚しながら、私は努めて素っ気なく返した。
「ま、いいですけど。それより、何か言いかけてましたよね」
先を促すと、先輩は下唇を噛んで俯いた。迷いの跡がうかがえる間だった。
やがておもてを上げた先輩の双眸には確固たる決意がみなぎっていた。
「俺とセックスしてくれないか」
まあそんなことだろうと思った。
私はあえて蔑むような表情をつくって絶句した。
それが先輩の勇気に対しての、せめてもの抵抗だった。
何度拒絶されてもなお挑んでくるとは、見上げた勇気だと思う。だけどその勇気の発端が恋人の存在にあることが明らかとなった今、それは私にとって憎き敵以外の何物でもなかった。
「立花が俺とセックスしたくないことは重々承知してる。だから、ちゃんと償いはする。たとえばバイト代全部お前に渡したっていい。それで足りないっていうんなら、その分もいつか必ず返すと約束する。だから、後生だ立花」
先輩は立ち上がって深々と頭を下げてきた。
綺麗な形のつむじが目の前に現れる。私はそれを白けた心境で眺めていた。
「どうして先輩は、私とセックスがしたいんですか?」
口に出した後で、少し意地悪な質問だったなと思う。
先輩がここで何と答えようと、私の方は更々としてセックスする気はないのだから。
「この部屋を出るためだ」
――聞き飽きましたよ。そんなしょうもない回答は。
心の中でため息をつく。そしてやはり悲しい気持ちになる。
たぶん先輩もそれが正解でないことには気づいているはずだ。にも関わらず、頑なに正答を口にしようとしないのは、それが恋人に対する誠意だと信じているからだろう。
まさかその誠意が刃となって私の心を傷つけているとは考えてもいまい。
「顔を上げてください、先輩」
ゆっくりと先輩は顔を上げた。
私は右手の人差し指で目の下を引っ張り、舌を出す。
「答えはノーです。残念でした」
間抜け面の先輩を尻目に、私はシーツを剥ぎ取ってベッドに転がった。
先輩に背を向けて、心の中で叫ぶ。
――バカバカ。先輩のバカっ。今は私といるんだから、他の女のことなんか考えてないで、私だけを見てよ!
届かない祈りだと分かっている。本当は声を大にして訴えたい。でも強者でありたいと願う私がそんな子供染みたマネを許さない。
立花、と先輩の声が聞こえた。
私は返事を返さなかった。対照的に心の声は激化する。
――どいつもこいつも、私の方が先に目を付けてたのに。後から出てきた分際で、私から先輩を奪っていかないでよ!
なんて身勝手な考えだろうか。責めるべくは自分の脇の甘さだというのに。
涙が溢れそうになるのを、唇を噛んで堪える。
もう絶対に悲しさや悔しさなんかで泣かない。次に涙を流すのは、先輩をこの手に取り戻した時だ。そう決めていた。でも結局耐えきれず、雫が一筋頬を伝った。成長した今でも我慢は大の苦手なのだった。
部屋に戻り、まずは突然中座したことを謝る。
先輩は戸惑いを露わにしつつも、私と目が合った途端に口を閉ざした。
涙が治まってしばらく経つが、まだ目が充血しているのかもしれない。めそめそしているところを見られたくなかったから浴室に駆け込んだのだけれど、どうやら無意味に終わったみたいだ。
でも、気分は少しスッキリした。久しぶりに泣いた気がする。
私は先輩に背を向けて、ベッドの淵に腰を下ろした。
「ねえ、先輩」
その声が震えていないことに安心する。
まだ自分に強がれるだけの気力は残っているようだ。
「失礼は承知の上でお尋ねします。新川さんと、どこまで済ませましたか?」
は? と素っ頓狂な返事を放ったきり先輩は沈黙する。質問の意味を図りかねているのか、またぞろ突拍子のない質問に呆れ果ててのか。見ずとも困惑している様がありありと目に浮かぶ。
無論ただ先輩を困らせたいがためにこんな不躾なことを訊いたのではない。先輩の中に新川カレンの存在がどの程度侵食しているか、またそれを知ったとき自分の心がどのように揺れ動くのか、怖いもの見たさで確かめたいからだ。
「どこまで、というのは?」
やがて先輩からそんな反問が返ってきた。悪あがきにも等しい時間稼ぎだ。そうやってしらばくれていれば質問を有耶無耶にできるとでも思っているのだろうか?
浅はかな先輩の愚行に苛立ちを覚えつつ、これじゃあ埒が明かないと思い、質問の内容をもっと具体的にする。
「もう手は繋ぎましたか?」
「……手くらい繋ぐよ」
私は自分の胸に右手を当てた――大丈夫。まだ気分は落ち着いているし、脈拍も乱れていない。
「キスはしましたか?」
「…………したよ」
また胸に右手を置く――大丈夫。まだ平常心は維持できている。
「……セックスは、しましたか?」
緊張のせいか、若干口運びが重たくなる。
またしても先輩は沈黙にひた走った。
この空間だけ重力が増したかのように、時の流れがやたら遅く感じられる。
これ以上、傷つきたくない。だけど生殺しはもうたくさんだ。殺すなら早く、ひと思いに殺してくれ。断頭台の上で首が刎ねられるのを待つ囚人の心持ちもかくや、私は固唾を呑んで審判が下されるのを待つ。
やがてすんとした吐息の音に続いて、先輩の声が聞こえた。
「したよ」
私はすかさず胸に手を押し当てて――バクバクと心臓が爆音を奏でているのを確認した。
ベッドの外に放り出した両脚がまたしても深い闇に呑み込まれそうになっていた。
力いっぱい瞼を閉じて、その闇に立ち向かうための記憶を引っ張り出す。
大きな痛みを伴う記憶だった。それは初めて先輩との仲を引き裂かれた時の記憶だ。3年前の私は今より少し純粋で、無知で無力な子供だった。その弱さにつけこまれて、先輩の隣の座を奪われたのだ。その辛い経験を経て、もっと強くなろうと――もっとずる賢く、貪欲に欲しいものを追い求める人間になろうと決意したのだ。
先輩はかつての私の憧れだった。その海のように深い優しさと信念の気高さに強く心を惹きつけれた。だから私は先輩を目指した。しかしそれは間違いだった。先輩を本当に我がものにしたいのなら、私が目指すべきは安住ヨシノだった。私から先輩を奪った張本人。あそこまで図太く強かに生きなければ、欲しいものは永遠に手に入ることはない。他人に期待して行動を起こさないのは弱者の振る舞いだ。私はもう弱者には成り下がらない。倫理とか世間の声とか、そんなものはどうだっていい。ただ強くありたい。純潔を失ったあの日からそう願い、懸命に生きてきた。
今の私に失うものは何もない。だから何を恐れることもないのだ。
気づけば足元を這っていた闇はどこかに消え去っていた。
足の裏を地につけ、ベッドから立ち上がる。振り返り、今度は何を言ってくるのかとでも言いたげな警戒心を露わにした表情でいる先輩に向かってまた質問を投じた。
「何回ですか?」
「えっ?」
「新川さんとは何回、情事を交わしたんですか?」
私は口元に余裕ぶった笑みを湛えて尋ねた。
今でも心臓は早鐘を打っている。正直、そんな話、聞きたくもない。だけど、これが強者の振る舞いだ。辛いときほど笑顔でいる。聞くに堪えない話にもあえて耳を傾けて、自らの士気を高める糧とする。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。そうしたことが強さの証明だと信じている。だから私は非情になりきるのだ。
「そんなこと、いちいち数えてられるか」
「へえ。数えきれないくらい致したわけですか」
先輩は唖然とした顔色で口をひん曲げるが、このままやり込められてはなるまいと思ったのか、一旦咳払いを挟んでから澄ましたような口調で言い返してきた。
「恋人なんだから、やることはやるさ」
「そうですか。週にどれくらい為されるんですか?」
「……知らんけど。まあ一般的な大学生からすると平均的な頻度なんじゃねえの」
「つまりヤりまくりというわけですね。それはそれは、お盛んなことで」
先輩が鋭い視線を送ってくる。しかし反論が続かないということは図星なのだろう。
不思議なもので強がっているうちは、それほどショックも大きくない。私以外の女の身体にうつつを抜かしている事実は極めて業腹だが、お気に入りのダッチワイフか何かだと思い込めば殊更悲しみの波に襲われることもない。
「もういいだろ、俺の話は。立花、今度はお前の話を聞かせてくれよ」
先輩が無理やり話題を転換しようとするが、そうは問屋が卸さない。
「ダメです。今日は先輩の話を聞くことに専念するって決めてるんだから」
「さっきまでの殊勝な態度はどこに行ったんだよ。俺の信用を取り戻すんじゃなかったのか」
「途中で気が変わりました。話を聞いてると、先輩ばっか幸せそうでずるいんだもん。ちょっとはいじめさせてくださいよ」
先輩はげんなりとした表情で宙を仰いだ。その口から諦念に染まったため息が放たれる。
まったく、この人と来たら、御しやすいったらありゃしないんだから。こちらが弱者だと分かると、すぐに手心を加えてくる。そういうお人好しなところは美点だが、その分騙されやすい性格でもあるのだろう。それなのに、よくここまで捻くれもせず真っ直ぐな人格者に成長したものだ。3年の月日を経て色々と変わった部分もあるが、優しいところは昔と変わりないようで安心する。
今更ながらに実感する。私は今も先輩のことを深く愛しているのだと。
ーーもう二度と諦めてなるものか。どうにかして先輩の心をまた自分に振り向かせてやるんだから!
そう決意して口元に笑みを浮かべた。今は強がりだが、これがいつか本心からのものになると信じて。
※
「立花」
少し早めの夕食を済ませてからすぐに、先輩が呼びかけてきた。
神妙なその気配だけで、なんとなく先に続く言葉は予想がつく。
「立花じゃないでしょ。カナって呼んでくださいってば」
「いや」
先輩はかぶりを振る。
「ごめん。やっぱり立花のこと、もう下の名前では呼べない。それはなんとなく、カレンに対する裏切りだと思うから」
まるで辻斬りに遭ったかのような気分だった。
俄に嫉妬心が蘇り、名前しか知らない新川カレンという女に激しい憤りを覚える。
先輩の心だけでは飽き足らず、私たちの絆まで奪う気か。
拳に力が強まるのを自覚しながら、私は努めて素っ気なく返した。
「ま、いいですけど。それより、何か言いかけてましたよね」
先を促すと、先輩は下唇を噛んで俯いた。迷いの跡がうかがえる間だった。
やがておもてを上げた先輩の双眸には確固たる決意がみなぎっていた。
「俺とセックスしてくれないか」
まあそんなことだろうと思った。
私はあえて蔑むような表情をつくって絶句した。
それが先輩の勇気に対しての、せめてもの抵抗だった。
何度拒絶されてもなお挑んでくるとは、見上げた勇気だと思う。だけどその勇気の発端が恋人の存在にあることが明らかとなった今、それは私にとって憎き敵以外の何物でもなかった。
「立花が俺とセックスしたくないことは重々承知してる。だから、ちゃんと償いはする。たとえばバイト代全部お前に渡したっていい。それで足りないっていうんなら、その分もいつか必ず返すと約束する。だから、後生だ立花」
先輩は立ち上がって深々と頭を下げてきた。
綺麗な形のつむじが目の前に現れる。私はそれを白けた心境で眺めていた。
「どうして先輩は、私とセックスがしたいんですか?」
口に出した後で、少し意地悪な質問だったなと思う。
先輩がここで何と答えようと、私の方は更々としてセックスする気はないのだから。
「この部屋を出るためだ」
――聞き飽きましたよ。そんなしょうもない回答は。
心の中でため息をつく。そしてやはり悲しい気持ちになる。
たぶん先輩もそれが正解でないことには気づいているはずだ。にも関わらず、頑なに正答を口にしようとしないのは、それが恋人に対する誠意だと信じているからだろう。
まさかその誠意が刃となって私の心を傷つけているとは考えてもいまい。
「顔を上げてください、先輩」
ゆっくりと先輩は顔を上げた。
私は右手の人差し指で目の下を引っ張り、舌を出す。
「答えはノーです。残念でした」
間抜け面の先輩を尻目に、私はシーツを剥ぎ取ってベッドに転がった。
先輩に背を向けて、心の中で叫ぶ。
――バカバカ。先輩のバカっ。今は私といるんだから、他の女のことなんか考えてないで、私だけを見てよ!
届かない祈りだと分かっている。本当は声を大にして訴えたい。でも強者でありたいと願う私がそんな子供染みたマネを許さない。
立花、と先輩の声が聞こえた。
私は返事を返さなかった。対照的に心の声は激化する。
――どいつもこいつも、私の方が先に目を付けてたのに。後から出てきた分際で、私から先輩を奪っていかないでよ!
なんて身勝手な考えだろうか。責めるべくは自分の脇の甘さだというのに。
涙が溢れそうになるのを、唇を噛んで堪える。
もう絶対に悲しさや悔しさなんかで泣かない。次に涙を流すのは、先輩をこの手に取り戻した時だ。そう決めていた。でも結局耐えきれず、雫が一筋頬を伝った。成長した今でも我慢は大の苦手なのだった。
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