セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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第3章

立花カナの決意(2/5)

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 ♥



 3日目の朝が来た。

 先に目が覚めたのは、今日も私。

 先輩は隣で仰向けになってぐうぐういびきをかいている。

 寝そべったまま頬杖して、その寝顔を覗く。本当に可愛いらしい顔立ちだなと思い、頬が蕩ける。至福の時間だ。将来先輩のお嫁さんになる人はこの寝顔を一生独占できるのだから、たいへん羨ましい限りで嫉妬してしまう。

 いつまでも眺めていたいところだけれど、先輩が起きる前に身だしなみを整えておかなくては。こんな寝癖つきまくりのボサボサ頭を見られるわけにはいかない。乙女の沽券に関わる。本当は軽くでいいからメイクもしたいのだけれど、道具がないのでは我慢するしかない。我慢は大の苦手だが駄々をこねていられる年齢でもない。まあメイクできない分は若さと笑顔で補うことにしよう。

 洗面台の前に立ち、手櫛で髪の毛の跳ねを整えてから、ついでに洗顔と歯磨きも済ませる。

 部屋に戻ると、すでに先輩もお目覚めの様子だった。未だに微睡みの境地を彷徨っているのか、ぼんやりとした表情で天井の一点を見つめていた。



「おはようございます。すみません、うるさかったですかね」



 微笑みというメイクを施して、私は挨拶する。

 その声に反応して、先輩の視線がゆっくりと私に移ろった。



「早いな。まだ5時前だぞ」



「もともと朝方の生活をしていましたので。それに、昨日もだいぶ早く床に就きましたから」



 この部屋はとにかく娯楽が少ない。できることといえば食事と入浴と睡眠と、あとはエッチなことくらいだ。セックスさせることが目的の部屋なのだから、ものが少ないのは、まあ合理的と言える。そういうわけだから、食欲と性欲が満たされていれば必然的に睡眠を貪るほかになくなるのだ。

 先輩はあくびをかきながら上体を起こした。首回りの関節をゴキゴキと鳴らして覇気の欠けた顔のまま口を動かす。



「健康的な生活を送ってるはずなのに全然充実感が湧かない。退屈は人を殺す病とはよく言ったものだ」



「同感です。こんなにもスマホが恋しいと思ったことはありません」



 3年前のひとり電車に揺られた日々を思い出す。あの当時はスマホなんて持っていなかった。スマホひとつあれば退屈凌ぎの手段に困ることも無かっただろうが、結果的には持っていなくて正解だった。もし持っていたらスマホに夢中になっていて先輩と会話する機会も失っていただろうから。



「身体が鈍って仕方ないな。ラジオ体操でもするか」



「あ、いいですね。やりましょう」



 私が同意を示すと、先輩はベッドから腰を浮かして立ち上がろうとした。だが、途中でその動きがぴたりと止まった。どうしたのだろうと思った次の瞬間には、そのまま何事も無かったかのように腰を元の位置に下ろしていた。



「どうしたんですか?」



「……いや」



 先輩は正露丸でも呑み込んだかのような渋面となって、



「ちょっと待ってくれ」



 と訴えてきた。

 目も合わせようとしないその態度から、すぐにピンときた。



「もしかして、勃ってるんですか?」



 先輩の表情が痛いところを突かれたとばかりに歪んだ。どうやら図星のようだ。

 別段からかう意図は無かったが、そんな風に可愛らしい反応をされるともっと虐めたくなってくる。



「生理現象でしょう。気にしませんよ。まあでも、先輩が恥ずかしいとおっしゃるなら、私はいくらでも待ちますよ」



 涼しい顔で、懐の広さを見せつける。

 すると先輩はまた煮え湯を飲まされたような顔になって、唇を尖らせるのだった。



「今日も元気溌剌だな。立花カナ」



 不意に名前を呼ばれ、体温が上昇する。

 にまにまと頬角が上がりそうになるのを抑えながら、先輩に背を向ける形でベッドの淵に腰かけた。



 ※



 軽い運動をこなし、少し早めの朝食を済ませる。そこまでやってもまだ6時前だった。今日も長い1日になりそうだ。

 さて、今日は先輩と何をして遊ぼうか。

 放っておくと、また部屋の調査などという超つまらないことを始めるに違いない。あれをやられると、こちらは暇で暇でしょうがないのだ。昨日など退屈のあまり居眠りしてしまう始末だった。これじゃあ何のために先輩をこの部屋に留まらせているのかわかったものではない。

 だからそんなことをおっぱじめる前に先手を打つ必要があった。思いつくのはエッチなことばかりだったが、今日はそうした行為は慎むことに決めていた。

 昨日お互いの自慰行為を見せ合って以降、心なしか先輩から落胆の気配が色濃く漂っているような気がしてならなかった。事後のシャワーを浴びている最中、ベッドの淵に座っていた先輩の背中がやけに小さく見えたのが引っかかっている。

 年下の小娘に辱めを受けたことが思いのほか堪えたのか、私に顔射してしまったことを気に病んでいるのか、はたまた何度も性交渉を拒絶しているせいか――思い当たる原因はいくつかあったが、いずれについてもこれだという手応えは感じられない。

 いつも期待以上の反応を返してくれるからついからかってしまいがちだが、先輩にだってプライドはある。イニシアチブを握らせるつもりはないが、だからといってそれを踏みにじってはいけない。我慢は嫌いだが、それ以上に傲慢は度し難いものだと弁えている。

 だから今日くらいは必要以上に先輩のメンタルを揺さぶらない、穏やかなメニューでいこうと思ったのだ。良い機会だ、いずれ知りたいと思っていたことを尋ねてみることにした。



「先輩。今日は先輩の話を聞かせていただけませんか?」



 その時、先輩は浅く椅子に腰かけて、テーブルの上のクッキーの空箱を弄んでいるところだった。そのぼんやりとした表情が急に戸惑いを帯びたものに変わった。



「俺の話?」



 私はこくりと頷き微笑んでみせる。



「先輩がどんな人生を送ってきたのかが知りたいんです」



「そんなもの聞いてどうするんだ」



「どうもしませんよ。ただの暇つぶしです」



 先輩は眉を顰めて閉口した。おもてにはありありと疑心の色が浮かんでいた。

 信用されてないな……まあ昨日までの私の振る舞いを見ていれば無理もないか。

 つかの間の沈黙の果てに、先輩は瞼を下ろして嘆息した。疑うことに疲れ果て、なすがままにされておこうという諦観の意思がそこから読み取れた。



「面白い話を期待されても困るぞ」



「悲しい話なんです?」



「悲しいこともたぶんないと思うけど。まあ平凡でありきたりな話だよ」



「結構です。是非聞かせてください」



 まずは自分と出会う以前の、先輩が少年だった頃の話をねだってみた。

 先輩は遠い目をして述懐を始めた。
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