10 / 54
第2章
理性と本能の狭間で(3/5)
しおりを挟む
♠
「お待たせしました。もうこっち向いていいですよ」
しばらくして立花が浴室から戻ってきた。
振り返ると元の私服姿に戻っていて、剥き出しの太腿につい視線が吸い寄せられる。
「……なんか目が怖いんですケド」
湿り気のある目でそう指摘され、さっと太腿から目を逸らす。
立花はすたすたと冷蔵庫の前まで移動すると、中腰になって中からペットボトルを取り出した。蓋を開け、ぐびぐびとあおる。唇の端から垂れている滴が妙に艶かしく見えてしまう。
「しかし、換えの服とかは支給されないんですかね? アウターはまだいいですけど、使用済みの下着をずっと履いてなくちゃいけないのはなかなか抵抗があります」
「……使用済みってなんだよ。言葉間違ってるだろ」
ぶつくさと言うと、立花はくすくす笑った。
「反応が過敏ですよ。欲求不満ですか?」
俺は意図して敵愾心のこもった眼差しを立花に向けた。
「お前は、俺をどうしたいんだ? 指一本触れるなと言いながら、誘惑するような言動ばっかしてきやがって。いい加減にしろっ」
少しばかり威圧するように声を荒げてみた。
だがてんで効果は薄く、立花の涼しい顔は崩れない。
「言いがかりですね。私、誘惑なんてしたつもりないですよ。先輩が勝手にそう意識しちゃってるだけです」
「男の前で何度もシャワーを浴びたり、オナニーしたりすることが誘惑じゃないっていうのか」
「シャワーもオナニーも好きでやってることです。断じて先輩の性的興奮を煽ることが目的ではありません」
「結果的に煽ってんだから同じことだ。襲われたくないなら、そっちも軽はずみな行動は慎んでくれ」
「そうですね。先輩、ちょろいですもんね」
「……」
短い台詞に圧を感じて唇を噛む。
立花はすんと鼻を鳴らしてベッドの端に腰かけた。
「話を戻します。同じ下着を何日も履き続けるのはストレスです。なので定期的に洗濯しませんか?」
「洗濯?」
「洗剤がないので、水洗いだけになりますけど」
「……洗濯して乾かすまでの間はどうするんだよ」
「どうする、というのは?」
「だから……」
ひと呼吸置いて続けようとしたが、ふっと吐息が漏れただけで続かなかった。あんまり反論するとまたつけ上がる隙を与えかねない。途中でそう気が付き、抜きかけた矛を鞘に収めた。
「……なんでもない。まあ背に腹はかえられんな」
「下着が一着しかないせいで、必然的に洗濯してる間は無防備になっちゃいますけど。それも仕方のないことですね」
「…………」
せっかく飲み込んだ言葉を、無遠慮に吐き出さないでもらいたいものだ。
俺は観念して首を折った。もうどうにでもなれ。
「先輩からお先にどうぞ。私はちょっとひと休みします」
立花はそう言ってベッドの上に大の字になった。
俺はため息をついて立ち上がり、浴室に足を向けた。
扉を開くなり熱気がもわっと肌を撫で、鼻腔をシャンプーの甘い香りが刺激した。その瞬間、無性に性欲が掻き立てられ、立ちくらみを覚えた。
かぶりを振って煩悩を駆逐しつつ服を脱いでガウンを羽織る。
洗面台の前で中腰になって色々な液に塗れたパンツをごしごし手洗いする。鏡に映る自分の姿がなんとも情けなかった。
※
洗濯を終えたところで早くもやることがなくなった俺たちは、しばらくベッドに寝そべり合って無言の時間を過ごした。下着は洗濯中のため、どちらともガウン姿だ。はたから見たら完全に事後の絵だなと思うと少し笑えてくる。
「退屈ですね」
ベッドに仰向けになった立花がぼんやりこぼす。
じゃあ今から部屋の出口を探そう、と提案する気にはなれなかった。無論、暇潰しにセックスするか、などと軽口を叩く気にもなれず、なので結果的に、そうだな退屈だな、と毒にも薬にもならない相槌を返すほかになかった。
「暇すぎて死にそうなので、テレビでも点けましょうか」
「ちょっと待て」
さらっと耳を疑うようなことを言ってきやがる。
眠そうな顔をしている立花に、俺は口を酸っぱくして言う。
「誘惑するなと忠告したはずだぞ」
「だから、誘惑とかじゃないってば。いちいち突っかからないでくださいよ」
「考えてからものを言え。AVなんか観たら興奮するに決まってるだろ、このエロ娘が」
立花の口元が不敵に綻ぶ。せんぱい、と俺に目線を移ろわせてひと言。
「セクハラですよ」
「どの口が言うかっ」
「別にムラムラしたっていいじゃないですか。私への手出しは許しませんけど、ひとりで勝手に発散する分には何も咎めませんよ」
とんでもないことを口走る女だ。
どうやら3年前の清楚の化身だった彼女は死んだらしい。
呆気に取られていた、その時、
「あれ?」
と立花が呟いた。すくっと上体を起こし、それこそ咎めるような目をこちらに向けてくる。
「よく考えたら先輩だけずるくないですか?」
「えっ、なにが?」
「先輩だけが一方的に私のオナニーを目撃してるのがですよ。不公平だと思います。先輩のも見せてください」
唇を尖らせて何を言い出すかと思えば……。
発想が完全に当たり屋のそれだ。本気で言っているのだとしたら、即刻その手の病院で診てもらうことをおすすめする。
「勝手に見せつけておいて、てめえのも見せろとはよく言えたものだな」
「見たくもないものをいやいやお見せしたというのなら、確かに筋違いですので今の発言は取り消します。ですが当時の状況から察するに、決してまんざらでもなかったんじゃないですか? あれだけおちんちんを大きくさせておいて、今更不快だったなどと言い逃れするのは少々無理があるかと」
思いがけずパワーワードが飛んできて、くらりと目眩がした。
俺は右手の二本指で眉間を押さえる。この女の辞書に恥じらいという単語はないのだろうか?
「馬鹿も休み休みいってくれ。人前でオナニーなんて……」
「そうは言いますけど。先輩だって、そろそろ限界なんじゃないですか?」
僅かに小首を傾げて、挑戦的な笑みを寄越してくる立花。
まるでサキュバスのようにちろっと舌を出して、上半身を前に傾ける。無防備なガウンの隙間から、白い乳房が顔を覗かせる。
生唾がごくりと音を立てて喉を通過する。
「もちろん、ただでとは言いませんよ。見せてくれるというのであれば、それなりの対価を提供するつもりです」
その時、何かがぶちんと切れる音がした。
もし立花カナへの負い目がなければ、この時点でいちもにもなく襲いかかっていただろう。
幸か不幸か、俺は彼女をまた裏切らなくて済んだ。
だが、この悪魔の誘いを断れるほど俺の自制心は強靭では無かった。
俺は誘蛾灯に誘われる羽虫のように立花ににじり寄る。シーツの上に膝立ちになり、そして多大なる躊躇いを振り払って、ガウンの前紐を解いた。
「お待たせしました。もうこっち向いていいですよ」
しばらくして立花が浴室から戻ってきた。
振り返ると元の私服姿に戻っていて、剥き出しの太腿につい視線が吸い寄せられる。
「……なんか目が怖いんですケド」
湿り気のある目でそう指摘され、さっと太腿から目を逸らす。
立花はすたすたと冷蔵庫の前まで移動すると、中腰になって中からペットボトルを取り出した。蓋を開け、ぐびぐびとあおる。唇の端から垂れている滴が妙に艶かしく見えてしまう。
「しかし、換えの服とかは支給されないんですかね? アウターはまだいいですけど、使用済みの下着をずっと履いてなくちゃいけないのはなかなか抵抗があります」
「……使用済みってなんだよ。言葉間違ってるだろ」
ぶつくさと言うと、立花はくすくす笑った。
「反応が過敏ですよ。欲求不満ですか?」
俺は意図して敵愾心のこもった眼差しを立花に向けた。
「お前は、俺をどうしたいんだ? 指一本触れるなと言いながら、誘惑するような言動ばっかしてきやがって。いい加減にしろっ」
少しばかり威圧するように声を荒げてみた。
だがてんで効果は薄く、立花の涼しい顔は崩れない。
「言いがかりですね。私、誘惑なんてしたつもりないですよ。先輩が勝手にそう意識しちゃってるだけです」
「男の前で何度もシャワーを浴びたり、オナニーしたりすることが誘惑じゃないっていうのか」
「シャワーもオナニーも好きでやってることです。断じて先輩の性的興奮を煽ることが目的ではありません」
「結果的に煽ってんだから同じことだ。襲われたくないなら、そっちも軽はずみな行動は慎んでくれ」
「そうですね。先輩、ちょろいですもんね」
「……」
短い台詞に圧を感じて唇を噛む。
立花はすんと鼻を鳴らしてベッドの端に腰かけた。
「話を戻します。同じ下着を何日も履き続けるのはストレスです。なので定期的に洗濯しませんか?」
「洗濯?」
「洗剤がないので、水洗いだけになりますけど」
「……洗濯して乾かすまでの間はどうするんだよ」
「どうする、というのは?」
「だから……」
ひと呼吸置いて続けようとしたが、ふっと吐息が漏れただけで続かなかった。あんまり反論するとまたつけ上がる隙を与えかねない。途中でそう気が付き、抜きかけた矛を鞘に収めた。
「……なんでもない。まあ背に腹はかえられんな」
「下着が一着しかないせいで、必然的に洗濯してる間は無防備になっちゃいますけど。それも仕方のないことですね」
「…………」
せっかく飲み込んだ言葉を、無遠慮に吐き出さないでもらいたいものだ。
俺は観念して首を折った。もうどうにでもなれ。
「先輩からお先にどうぞ。私はちょっとひと休みします」
立花はそう言ってベッドの上に大の字になった。
俺はため息をついて立ち上がり、浴室に足を向けた。
扉を開くなり熱気がもわっと肌を撫で、鼻腔をシャンプーの甘い香りが刺激した。その瞬間、無性に性欲が掻き立てられ、立ちくらみを覚えた。
かぶりを振って煩悩を駆逐しつつ服を脱いでガウンを羽織る。
洗面台の前で中腰になって色々な液に塗れたパンツをごしごし手洗いする。鏡に映る自分の姿がなんとも情けなかった。
※
洗濯を終えたところで早くもやることがなくなった俺たちは、しばらくベッドに寝そべり合って無言の時間を過ごした。下着は洗濯中のため、どちらともガウン姿だ。はたから見たら完全に事後の絵だなと思うと少し笑えてくる。
「退屈ですね」
ベッドに仰向けになった立花がぼんやりこぼす。
じゃあ今から部屋の出口を探そう、と提案する気にはなれなかった。無論、暇潰しにセックスするか、などと軽口を叩く気にもなれず、なので結果的に、そうだな退屈だな、と毒にも薬にもならない相槌を返すほかになかった。
「暇すぎて死にそうなので、テレビでも点けましょうか」
「ちょっと待て」
さらっと耳を疑うようなことを言ってきやがる。
眠そうな顔をしている立花に、俺は口を酸っぱくして言う。
「誘惑するなと忠告したはずだぞ」
「だから、誘惑とかじゃないってば。いちいち突っかからないでくださいよ」
「考えてからものを言え。AVなんか観たら興奮するに決まってるだろ、このエロ娘が」
立花の口元が不敵に綻ぶ。せんぱい、と俺に目線を移ろわせてひと言。
「セクハラですよ」
「どの口が言うかっ」
「別にムラムラしたっていいじゃないですか。私への手出しは許しませんけど、ひとりで勝手に発散する分には何も咎めませんよ」
とんでもないことを口走る女だ。
どうやら3年前の清楚の化身だった彼女は死んだらしい。
呆気に取られていた、その時、
「あれ?」
と立花が呟いた。すくっと上体を起こし、それこそ咎めるような目をこちらに向けてくる。
「よく考えたら先輩だけずるくないですか?」
「えっ、なにが?」
「先輩だけが一方的に私のオナニーを目撃してるのがですよ。不公平だと思います。先輩のも見せてください」
唇を尖らせて何を言い出すかと思えば……。
発想が完全に当たり屋のそれだ。本気で言っているのだとしたら、即刻その手の病院で診てもらうことをおすすめする。
「勝手に見せつけておいて、てめえのも見せろとはよく言えたものだな」
「見たくもないものをいやいやお見せしたというのなら、確かに筋違いですので今の発言は取り消します。ですが当時の状況から察するに、決してまんざらでもなかったんじゃないですか? あれだけおちんちんを大きくさせておいて、今更不快だったなどと言い逃れするのは少々無理があるかと」
思いがけずパワーワードが飛んできて、くらりと目眩がした。
俺は右手の二本指で眉間を押さえる。この女の辞書に恥じらいという単語はないのだろうか?
「馬鹿も休み休みいってくれ。人前でオナニーなんて……」
「そうは言いますけど。先輩だって、そろそろ限界なんじゃないですか?」
僅かに小首を傾げて、挑戦的な笑みを寄越してくる立花。
まるでサキュバスのようにちろっと舌を出して、上半身を前に傾ける。無防備なガウンの隙間から、白い乳房が顔を覗かせる。
生唾がごくりと音を立てて喉を通過する。
「もちろん、ただでとは言いませんよ。見せてくれるというのであれば、それなりの対価を提供するつもりです」
その時、何かがぶちんと切れる音がした。
もし立花カナへの負い目がなければ、この時点でいちもにもなく襲いかかっていただろう。
幸か不幸か、俺は彼女をまた裏切らなくて済んだ。
だが、この悪魔の誘いを断れるほど俺の自制心は強靭では無かった。
俺は誘蛾灯に誘われる羽虫のように立花ににじり寄る。シーツの上に膝立ちになり、そして多大なる躊躇いを振り払って、ガウンの前紐を解いた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる