セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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第2章

理性と本能の狭間で(3/5)

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 ♠



「お待たせしました。もうこっち向いていいですよ」



 しばらくして立花が浴室から戻ってきた。

 振り返ると元の私服姿に戻っていて、剥き出しの太腿につい視線が吸い寄せられる。



「……なんか目が怖いんですケド」



 湿り気のある目でそう指摘され、さっと太腿から目を逸らす。

 立花はすたすたと冷蔵庫の前まで移動すると、中腰になって中からペットボトルを取り出した。蓋を開け、ぐびぐびとあおる。唇の端から垂れている滴が妙に艶かしく見えてしまう。



「しかし、換えの服とかは支給されないんですかね? アウターはまだいいですけど、使用済みの下着をずっと履いてなくちゃいけないのはなかなか抵抗があります」



「……使用済みってなんだよ。言葉間違ってるだろ」



 ぶつくさと言うと、立花はくすくす笑った。



「反応が過敏ですよ。欲求不満ですか?」



 俺は意図して敵愾心のこもった眼差しを立花に向けた。



「お前は、俺をどうしたいんだ? 指一本触れるなと言いながら、誘惑するような言動ばっかしてきやがって。いい加減にしろっ」



 少しばかり威圧するように声を荒げてみた。

 だがてんで効果は薄く、立花の涼しい顔は崩れない。



「言いがかりですね。私、誘惑なんてしたつもりないですよ。先輩が勝手にそう意識しちゃってるだけです」



「男の前で何度もシャワーを浴びたり、オナニーしたりすることが誘惑じゃないっていうのか」



「シャワーもオナニーも好きでやってることです。断じて先輩の性的興奮を煽ることが目的ではありません」



「結果的に煽ってんだから同じことだ。襲われたくないなら、そっちも軽はずみな行動は慎んでくれ」



「そうですね。先輩、ちょろいですもんね」



「……」



 短い台詞に圧を感じて唇を噛む。

 立花はすんと鼻を鳴らしてベッドの端に腰かけた。



「話を戻します。同じ下着を何日も履き続けるのはストレスです。なので定期的に洗濯しませんか?」



「洗濯?」



「洗剤がないので、水洗いだけになりますけど」



「……洗濯して乾かすまでの間はどうするんだよ」



「どうする、というのは?」



「だから……」



 ひと呼吸置いて続けようとしたが、ふっと吐息が漏れただけで続かなかった。あんまり反論するとまたつけ上がる隙を与えかねない。途中でそう気が付き、抜きかけた矛を鞘に収めた。



「……なんでもない。まあ背に腹はかえられんな」



「下着が一着しかないせいで、必然的に洗濯してる間は無防備になっちゃいますけど。それも仕方のないことですね」



「…………」



 せっかく飲み込んだ言葉を、無遠慮に吐き出さないでもらいたいものだ。

 俺は観念して首を折った。もうどうにでもなれ。



「先輩からお先にどうぞ。私はちょっとひと休みします」



 立花はそう言ってベッドの上に大の字になった。

 俺はため息をついて立ち上がり、浴室に足を向けた。

 扉を開くなり熱気がもわっと肌を撫で、鼻腔をシャンプーの甘い香りが刺激した。その瞬間、無性に性欲が掻き立てられ、立ちくらみを覚えた。

 かぶりを振って煩悩を駆逐しつつ服を脱いでガウンを羽織る。

 洗面台の前で中腰になって色々な液に塗れたパンツをごしごし手洗いする。鏡に映る自分の姿がなんとも情けなかった。



 ※



 洗濯を終えたところで早くもやることがなくなった俺たちは、しばらくベッドに寝そべり合って無言の時間を過ごした。下着は洗濯中のため、どちらともガウン姿だ。はたから見たら完全に事後の絵だなと思うと少し笑えてくる。



「退屈ですね」



 ベッドに仰向けになった立花がぼんやりこぼす。

 じゃあ今から部屋の出口を探そう、と提案する気にはなれなかった。無論、暇潰しにセックスするか、などと軽口を叩く気にもなれず、なので結果的に、そうだな退屈だな、と毒にも薬にもならない相槌を返すほかになかった。



「暇すぎて死にそうなので、テレビでも点けましょうか」



「ちょっと待て」



 さらっと耳を疑うようなことを言ってきやがる。

 眠そうな顔をしている立花に、俺は口を酸っぱくして言う。



「誘惑するなと忠告したはずだぞ」



「だから、誘惑とかじゃないってば。いちいち突っかからないでくださいよ」



「考えてからものを言え。AVなんか観たら興奮するに決まってるだろ、このエロ娘が」



 立花の口元が不敵に綻ぶ。せんぱい、と俺に目線を移ろわせてひと言。



「セクハラですよ」



「どの口が言うかっ」



「別にムラムラしたっていいじゃないですか。私への手出しは許しませんけど、ひとりで勝手に発散する分には何も咎めませんよ」



 とんでもないことを口走る女だ。

 どうやら3年前の清楚の化身だった彼女は死んだらしい。

 呆気に取られていた、その時、



「あれ?」



 と立花が呟いた。すくっと上体を起こし、それこそ咎めるような目をこちらに向けてくる。



「よく考えたら先輩だけずるくないですか?」



「えっ、なにが?」



「先輩だけが一方的に私のオナニーを目撃してるのがですよ。不公平だと思います。先輩のも見せてください」



 唇を尖らせて何を言い出すかと思えば……。

 発想が完全に当たり屋のそれだ。本気で言っているのだとしたら、即刻その手の病院で診てもらうことをおすすめする。



「勝手に見せつけておいて、てめえのも見せろとはよく言えたものだな」



「見たくもないものをいやいやお見せしたというのなら、確かに筋違いですので今の発言は取り消します。ですが当時の状況から察するに、決してまんざらでもなかったんじゃないですか? あれだけおちんちんを大きくさせておいて、今更不快だったなどと言い逃れするのは少々無理があるかと」



 思いがけずパワーワードが飛んできて、くらりと目眩がした。

 俺は右手の二本指で眉間を押さえる。この女の辞書に恥じらいという単語はないのだろうか?



「馬鹿も休み休みいってくれ。人前でオナニーなんて……」



「そうは言いますけど。先輩だって、そろそろ限界なんじゃないですか?」



 僅かに小首を傾げて、挑戦的な笑みを寄越してくる立花。

 まるでサキュバスのようにちろっと舌を出して、上半身を前に傾ける。無防備なガウンの隙間から、白い乳房が顔を覗かせる。

 生唾がごくりと音を立てて喉を通過する。



「もちろん、ただでとは言いませんよ。見せてくれるというのであれば、それなりの対価を提供するつもりです」



 その時、何かがぶちんと切れる音がした。

 もし立花カナへの負い目がなければ、この時点でいちもにもなく襲いかかっていただろう。

 幸か不幸か、俺は彼女をまた裏切らなくて済んだ。

 だが、この悪魔の誘いを断れるほど俺の自制心は強靭では無かった。

 俺は誘蛾灯に誘われる羽虫のように立花ににじり寄る。シーツの上に膝立ちになり、そして多大なる躊躇いを振り払って、ガウンの前紐を解いた。
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