セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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第1章

再会は戸惑いと共に(2/5)

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 それからというもの。

 手探りで壁のどこかに隠し扉がないかを調べてみたり、体当たりで無理やり壁を壊そうと試みたり、ひとまず思いつく限りの手は尽くしてみたが、残念ながら努力の甲斐も虚しく、部屋を抜け出すための手立ては何ひとつ見つけ出すことはできなかった。

 八方塞がりという言葉がこれほど現実に即した状況はない。

 挙げ句の果てに俺と立花は、背中同士を向け合う形でベッドの端と端に腰かけて途方に暮れていた。途轍もない徒労感が自分たちから口数を奪っていた。

 どうしたものか、と思考を捻り続けるが、一向に名案が浮かばない。出口がひとつも無いはずなどなかった。さもなければ自分たちをどうやってこの部屋に連れ込んだのかという話になる。

 テレビ台の隅にあるデジタル時計に目を向けると、時刻は22時7分と表示されていた。この部屋で目が覚めてからもう半日が経つ。

 目を閉じてため息をつきながら腹をさすった。さすがに空腹感を覚えていた。

 備え付けの冷蔵庫の中身が空っぽであることはすでに立花から報告を受けている。いつまで絶食に耐えられるだろうか……考えるだけで余計に気が滅入ってくる。



「暇ですね」



 立花が言った。まるで覇気のこもっていない声だった。



「もう夜も遅いですし。今日の調査はこの辺で切り上げて、お風呂にでも入りませんか?」



「……はあ?」



 思いがけない提案が為され、耳を疑った。



「正気か? こんな時に風呂って」



「逆に訊きますが、入らないつもりですか? 不潔ですね」



「冗談言ってる場合か。だいたい、お前は平気なのかよ」



 部屋と浴室のあいだを仕切るのは透明な薄壁1枚のみ。つまりこの部屋から浴室の中の様子はまる見えなのだ。



「だって先輩言ったじゃないですか。変な気は起こさないって。私、その言葉を信じてますから」



 立花は顔だけ振り返って告げる。口元はうっすらと綻んでいるが、細まった瞳の奥には冷たい光が宿っているようにも感じられた。

 俺は閉口した。どう言い返しても藪蛇な事態を招いてしまいそうな予感がしたからだ。



「先輩からお先にどうぞ」



 この場に相応しくない余裕そうな口振りで立花は言う。



「イライラしてるご様子ですから。気を静めてきてくださいな」



 なんて神経の太い女なんだ、と呆れるほかにない。

 しばらく戸惑いの境地から抜け出せずにいたが、やがて意を決して、俺は立ち上がった。

 このまま流されていいのかと迷いも生じたが、最終的には立花の言う通り、気持ちを切り替えた方がいいだろうという結論に達したのだ。頭から冷水でも被れば、今まで思いつかなかった名案が突如として降りてくるかもしれない。そういう期待もあった。

 だが、流されてばかりいては面目が立たない。今の立花に主導権を渡すと、いずれ取り返しのつかない事態に陥ることになると直感が囁いていた。



「ひとつ、決まりをつくっておこう」



「? なんでしょう?」



「どちらかが入浴しているあいだ、浴室の方は見ないこと。覗きは厳禁だ」



 そう伝えると、立花はせせら笑うかのように口元を歪めた。



「女の子みたいなこと言うんですね」



 苛立ちに思わず声を荒げようとしたが、その前に立花は続けた。



「もちろん異論はありませんよ。私とて花の乙女ですから。嫁入り前の柔肌を、恋人でもない殿方に晒すようなマネはできませんとも」



 立花は身体の向きを180度反転させて、浴室に背を向けるように座り直した。



「では、ごゆっくり」



 無理やり会話を打ち切られ、やむをえず出かかった言葉を呑み込む。

 渋々と浴室に移り、躊躇いを拭い切れないまま衣服を脱いでいく。透明な壁越しに立花の様子を窺うが、その華奢な背中は微動だにする気配もない。

 やがて鏡の中に一糸まとわぬ姿の自分が現れた。理性的な言動を心がけるよう律してきたつもりだが、やはり身体は正直だと認めざるをえない。いきり立つ下半身を見て、なんとも決まりの悪い思いが胸中を満たすのだった。

 シャワーを手に持ちハンドルを回す。頭から熱湯を被ると、ようやく幾ばかりかの開放感を覚えた。とはいえ、この状況下で長居できるほどの胆力は持ち合わせていない。早々にハンドルを締め、バスタオルに手を伸ばし、元の服に袖を通してからドライヤーで軽く髪を乾かした後、ひとつ深呼吸を挟んで浴室を後にした。



「あら。ずいぶんとお早いご帰還ですことね」



「さっきからなんなんだ、その鼻につく喋り方は」



 つくり笑顔で出迎えてくる立花を尻目に、俺はベッドの淵に腰かけた。



「男の風呂なんて、だいたいこんなもんだ。汗さえ流せればそれでいい」



「カラスの行水という奴ですね。しかし、わざわざ元の服に袖を通さなくても。クローゼットにガウンが用意されてたでしょうに」



「こんな時にあんな緊張感の欠片もない服着てられるか」



「ふーん、真面目ですねぇ。ま、好きにしてください」



 そう言って立花は、よいしょっ、と腰を浮かせた。



「次、お風呂いただきますね」



 軽い足取りで浴室に向かっていく。

 心の中で、実家かよ、と突っ込みを入れつつ、浴室に背を預けるよう座り位置を改める。



「先輩」



 不意の呼びかけに反応して振り返ったことを俺はすぐさま後悔した。

 浴室の前で佇む彼女の口元には挑戦的な笑みが張り付いていた。



「覗かないでくださいね」



 唖然とするしかなかった。

 なぜこちらを試すような台詞を軽々しく口に出来るのか?

 俺が変な気を起こさないと本気で信じているのか……いったい何を根拠に?

 それとも、変な気を起こさせようとしているのか?――そう勘繰りたくもなってくる。

 抗論する気力が湧かず、ため息をついて正面に向き直った。いちいち発言を真に受けていたら精神が保たない。

 ガチャリ、と扉の閉まる音が聞こえた。さすがに無抵抗な相手をいたぶるまでの嗜虐趣味は持ち合わせていないらしい。

 だが、まだ安寧の時間は訪れていなかった。むしろ本格的な精神攻撃はこれから始まるのだった。

 つかの間の静寂をシャワーの音が破った。

 その瞬間、目眩がするほどのリビドーに襲われた。

 すぐ後ろに丸裸の女がいる。ましてやその女は他でもない、自分の初恋の相手だ。そんなどうしようもなくセンシティブな事実を、先月成人を迎えたばかりの健全な男子が無視できるはずもなかった。

 振り返りたいと幾度となく本能が喚き立て、理性を揺さぶる。その声を悉く黙殺し、正気を保つのは至難の技だった。

 懊悩を課せられ、いっそう重たくなった頭を抱える。軽く額を擦った直後の掌にはギラギラと光るものが浮かんでいた。せっかくシャワーを浴びたばかりだというのに、気づけば全身汗だくになっていた。
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