セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたのに、彼女が性交渉に応じてくれません。

西木景

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第1章

再会は戸惑いと共に(1/5)

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 瞼を開くと飴色の光に照らされた天井が目に入った。照明器具のひとつも吊されていない、殺風景な天井だ。

 未だに頭の中は靄がかかっているようで、肉体も鉛のように重たく感じた。

 意識を失う前の記憶が曖昧で、はっきり思い出せない。



「気がつきましたか?」



 出し抜けにすぐ近くから誰かの声が聞こえた。

 仰向けのまま首を横に捻ると、真隣に女の子がいた。

 華奢な体格に、端正な顔立ち。やや脱色した髪の毛は肩の辺りで綺麗に切り揃えられている。上はノースリーブの純白ブラウス、下は真っ赤なミニスカート。歳の程は自分よりやや下くらいか。

 正座した脚を腿の外側にずらしたような座り方をしており、雪のように白い膝小僧がちょうど俺の目線と同じ高さにあった。

 瞬きを繰り返しながら上体を起こす。

 辺りを見回して、ここはどこだろう? と疑問に思う。

 一見してどこかのホテルの、小さな一室のようだ。その敷地面積の大部分を占める巨大なベッドの上に自分は寝かされていた。



「ここは?」



 短く尋ねると、女の子は首を横に振った。艶めいた茶髪も振り子のように揺れ動く。

 もう一度、今度はもう少し仔細に、部屋の隅々に視線を巡らせる。

 ベッドの正面には大型テレビが1台、テレビ台の下には小型の冷蔵庫が収まっている。部屋の端にはこじんまりとしたサイズの丸テーブルと背もたれつきの木椅子が2脚。角には飴色の光を放つ間接照明が配置されている。

 ベッドの上から眺めるかぎり、家具やインテリアと呼べそうなものはそれくらいだ。最初はホテルの一室かと思ったが、それにしてはややモノが少ないように感じられる。

 何より奇怪さ満載だったのは、トイレと浴室だった。

 そのふたつと部屋の間は壁で仕切られている。実際に扉を開けて中を覗いたわけではないが、にも関わらず一目見ただけで壁の向こう側がトイレと浴室であると認識できたのは、その壁が透明だったからだ。



「どうしてこんなところに……」



 脳内に混乱の嵐が吹き荒れる。自然と疑問の言葉が口外に零れ落ちていた。



「睡眠薬です」



 女の子が言った。すんと心に沁み入る、落ち着いた声音だった。



「恐らくですが、あの時出されたお弁当の中に盛られていたんだと思います」



 そう諭され、たちどころに頭の中の靄が晴れていく。そうして思い当たった。面接の後に通された控室で食べたあの焼肉弁当のことを言っているのか、と。

 状況を理解するなり、血の気が引いていった。もしかして相当まずいことになっているのでは……? 強制的に眠らされて、知らない部屋に連れてこられて……それだけ聞いても事件性は十二分にあるように思える。

 途方に暮れた思いで女の子に視線を向けると、彼女も無言でこちらを見返してきた。その瞳は不安げに揺れていて、事の深刻さを物語っているようだった。

 その時、ふと心にひっかかるものがあった。喩えるなら、雨上がりの後、傘をどこかに置き忘れたと気づいた時のような。随分むかし好きだった曲がたまたま入った店の有線から聞こえてきた時のような。なんとなく胸の内側を騒々しくさせる、懐かしさと後ろめたさが混在したような奇妙な感覚が胸を掠めた。



「――先輩?」



 女の子が小首を傾げて呼びかけてくる。

 その声が、その呼び方が、その眼差しが、封印していた記憶の扉を俄に開放した。

 それは3年前、通学途中の電車の中で出会った、とある女の子にまつわる記憶だ。

 艶やかに煌めく長い黒髪。きめ細やかな白い肌。凜とした目鼻立ちに、瑞々しい唇。身じろぎするたび、ほんのり漂ってくる花のような甘い香り。慈愛に満ちた太陽のごとき笑顔――

 やがて記憶の中の女の子が、目の前にいる女の子と重なった。髪型も印象もまるっきり違うのに、疑惑はたちどころに確信に変わった。

 俺はその名を口にした。口にせずにはいられなかった。



「君は……立花カナか?」



 女の子の澄ました表情に変化が認められた。唇の両端がつり上がり、細まった目の内側にどことなく寂しげな色が浮かぶ。



「やっと気づいたんですか。遅すぎです。桐生先輩」



 俺は息を呑んだ。この瞬間ばかりは今の自分が陥っている危機的状況さえも忘れて、ひたすら驚愕の事実に打ち震えていた。なにせ目の前に、高校時代のかつての後輩にして密かに思い焦がれていた女の子がいるのだ。平静を保てというのは、とうてい無理な話だった。



「お久しぶりです。まさかこんな形で再会する日が来るとは思っていませんでした」



 立花カナは俺の胸元辺りに視線を彷徨わせながら、そう告げた。

 俺は言葉を返せなかった。未だに現実の理解が追いついていなかった。

 知らない場所に拉致されて、目が覚めたらすぐ隣にかつての思い人がいる――荒唐無稽にも程がある話だ。夢でも見ているのではないかと現実を疑わずにはいられない。



「……あの、いつまで気絶してるんですか? そんな呑気にしてる場合じゃないですよ」



 立花カナの幾分か冷たい声が、自分を現実に引き戻した。

 当惑を抱えたまま、俺は応答する。



「あ、ああ……すまん。そうだったな」



 奇跡的な再会にしてはドライな感じがしたが、彼女の言うとおり、いつまでも呆けているわけにはいかなかった。

 なにせ状況が状況だ。ここがどこなのか、これから自分たちに何が起きるのか。喫緊に明らかにしないといけないことは山のようにある。



「スマホは……当然、無いよな」



 ズボンのポケットをまさぐるが、感触は無し。

 立花も力なく首を横に振った。

 大方予想できていたことだ。だがスマホまで没収されたとなると、ますます危険な匂いが濃くなった気がする。

 想像が悪い方向に膨らんでいく。青ざめていたその時、先輩、と立花の曇りを帯びた声が聞こえた。



「机の上に、こんなものが」



 彼女の手には1枚のフリップボードが握られていた。

 手渡されてその内容を確認する。真っ白な紙面にゴシック体の文字でこう記されていた。



〈ここはセックスしないと出られない部屋です。〉



「なんだこれは……」



 シンプルな一文だが、咄嗟には呑み込み難い内容だった。

 立花と顔を見合わせる。戸惑いに満ちた視線が数秒交錯し、やがてどちらからともなく外れた。

 俺は身体の向きを変えてベッドの外に脚を放った。

 絨毯の上に素足で立ち、壁に沿って部屋を一周する。

 目視したかぎりでは外に繋がるドアはどこにも見当たらない。

 念のため立花にも確認するが、同じように探したが見つからなかったという。



「マジでどうなってるんだよ……」



 ベッドの淵に腰を下ろして、ため息と一緒に吐き捨てる。

 相次ぐ混乱に頭痛がしてきた。だが異様な胸の高鳴りも密かに感じていた。それだけは尾首にも出さないようにしなければと気を引き締めるだけの余裕はまだ僅かに残されていた。



「たぶんセックスしないと出られない部屋なんでしょうね」



 背後で立花があっけらかんと言う。

 俺は後方に手をついて、顔だけ振り返った。

 立花はベッドの上で膝を抱えて座り、ぼんやりと虚空を見つめていた。



「そのまんまだな」



「状況的にそう考えるしかないじゃないですか」



 投げやりな発言に聞こえたが、その心中はなんとなく推察できた。きっと一種の現実逃避だろう。そうやって楽観的に状況を捉えることで、とりあえず命の危険はないと考えたいのだ。これから地獄のような拷問が始まると想像するよりは、そう結論付けた方がいくらか気は楽に違いない。

 無論その発言を深読みして、変に誤解するのは禁物だ。唾を飲み込み、内心でそう自分を戒める。



「ていうか、そういう実験なんだと思いますよ。破格の報酬もそう考えると納得できます」



「……。立花も治験のバイトに応募して来たのか」



「ええ。先輩もでしょ?」



「まあな……」



 正面に向き直って首を折る。

 脳裏に水野さんと堂島さん、それから中川社長の顔があぶくのように浮かび上がる。あの愛想の限りを尽くした笑顔はやはりこちらを油断させるための仮面に過ぎなかったのだ。予想はしていたが、裏切られたことにショックを禁じ得なかった。そして警戒していたにも関わらず、まんまと彼らの策略に嵌まってしまった自分の愚かさに嫌気が差すのだった。



「なるほどな。これがバイトの内容ってわけか」



 治験というよりAVだ。そんなことが頭に浮かんだが、口にはしなかった。



「どおりで事前に内容を明かしてくれないわけです。まったく、悪質ですね。こんなだまし討ちみたいなことして。まるでAVじゃないですか」



 彼女も同じことを考えていたらしい。それを平然と口にできる肝の座り具合に内心ぎょっとする。意識しないようにしていたのに、また胸の鼓動が速度を増す。



「なあ、立花」



 唾を呑み込み、少しばかり勇気を振り絞って喋りかける。



「なんですか」



「パンツ見えてるぞ」



 今の彼女は膝丈よりも短いミニスカートを着用している。そんな隙だらけの恰好で体育座りなんかされたら、正面から見えてはいけないものが見てしまうのも自明の理だった。



「あら。それは失礼しました」



 その飄々とした口振りからはてんで動揺が感じられない。

 背後で身じろぎする気配があった。もういいですよ、と言われ振り返ると、姿勢が正座に変わっていた。俺は嘆息して、注意を促した。



「もう少し緊張感を持ってくれ。ただでさえ、わけのわからない状況だっていうのに」



「そうですね。先輩が変な気を起こして襲いかかってくるかもしれないですもんね」



 反応に困る冗談だ。俺は口を噤んだ。

 本当に目の前にいる女は立花カナなのかと改めて疑問に思う。記憶の中にある彼女はもっと丸い性格というか、物腰の柔らかい女の子だった気がする。間違ってもここまで態度が刺々しくて、発言の節々に毒気があって、異性にパンツを見られても平然と澄ました顔を浮かべていられるほどの逞しい性格ではなかった。

 3年という月日は、人をここまで変えてしまうものだろうか?



 ――いや、それとも。



 俺は考えを改める。

 他でもない自分が彼女をこんな性格に変えてしまったのか?

 かつての俺の裏切りが、立花カナの丸い性格をここまで尖らせてしまったのか……?

 不意に自責の念が込み上げてくる。

 奥歯を噛み締めて、俺は腰を上げた。直立して、背後を振り返って言う。



「心配するな。理性の働かせ方くらい心得ている。この部屋を脱出するまで、お前には指一本触れないと誓うよ」



 この発言に対する立花の反応は無く、ただ無表情でこちらを見返してくるだけだった。

 恐らくこう思っているのだろう――『理性の働かせ方を心得ている』などとどの口が言っているのだ、と。

 そう言われてしまえば返す言葉はない。

 でも俺は、過去の失敗で懲りていた。孤独に電車に揺られる日々は味気なくて虚しくて、自分を呪い殺したくなるほどの嫌悪感に満ちていた。それは生き地獄と呼ぶに相応しい日々だった。

 二度までも立花を裏切るわけにはいかない。

 心の中でそう自戒して、俺は部屋の出口を探すために足を動かし始めた。
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