きんだーがーでん

紫水晶羅

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エピローグ

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「政宗はそれでいいの?」
 楓が訊く。
「ああ。俺は別にどっちでもいい。俺はただ、自分の手で旨い酒が造りたいだけだから」
 水面に映る陽の光を受け、政宗の瞳が煌めいた。
「政宗らしいね」
 その横顔を、美乃里が眩しそうに見つめた。
「俺さ、いつか必ず、納得のいく一本を造るよ」
 うん、と二人が同時に相槌を打つ。
「名前はもう、決めてある」
「なに?」
 声を揃えて、二人が訊く。
 ゆっくり視線を隣に向け、美乃里と楓を順に見ると、政宗は勿体ぶったように口を開いた。

「HIJIRI」
「えっ?」
 二人同時に息を呑む。
「あいつの酒だ」
「ひじり……」
 大きく見開かれた楓の目に、じわりと涙が広がった。
「俺の手で、あいつを蘇らせてやる。あの世でのんびりできると思ったら、大間違いだ」
「政宗……」
 今にも泣きそうな顔で、美乃里が笑った。

「おい聖! 聞いてるか?」
 海に向かい、政宗が叫ぶ。
「完成したら、しこたま飲ませてやるからな! それまでそこで大人しく待ってろ!」
 溢れる涙を誤魔化すように、政宗は大きく天を仰いだ。
 海から吹く風が潮の香りを巻き込み、三人の鼻腔を切なくくすぐった。

「そっちは? 仕事は順調か?」
 人差し指で鼻を擦りながら、政宗がチラリと隣を見やる。
「私は……」
 美乃里は口ごもったあと一旦目を伏せ、それから愁いを帯びたで海を眺めた。
「今年、一歳児クラスを担当させてもらってね。大変だったけど、やり甲斐はあったし、すごく勉強になった。だけど……」
「どうかしたのか?」
 心配そうに、政宗が訊く。
「時々ね、思い出すんだ。あの子も生まれてたら、こんな風に笑ったり泣いたりしてたのかなって……」
 美乃里が膝に顔を埋める。
「美乃里……」
 その肩に、楓がそっと手を掛けた。

「辛いのか?」
 神妙な面持ちで、政宗が訊く。
「ん……。時々、無性に逃げ出したくなる」
 すん、と一つ鼻を鳴らすと、「でもね」と美乃里は膝の上から目だけを覗かせた。
「辛くなると、ここに来るの」
「ここに?」
 楓が訊き返す。
「ん。ここに、聖がいるような気がして……」
「えっ?」
 楓が瞳を丸くする。
 ふっと表情かおを緩めると、美乃里は楓の膝の上にある写真立てに手を伸ばした。

「あの日、聖が花火しながら言ったでしょ? 私たちの中に居場所を見つけたって。私もね、離れてみてわかったの。ああ、私の居場所もここだったんだなぁって……」
 写真立てを自分の膝に乗せ、美乃里は愛おしそうにその表面を指でなぞった。
 アクリル板の向こうに、遊園地を楽しむ四人の笑顔があった。
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