きんだーがーでん

紫水晶羅

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決裂

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「それじゃあ……、なんで、あの学校に入るのを許した……?」
 俯いたまま、押し殺したような声で聖は訊いた。
「そうねぇ。何か資格を持ってる方が面白いと思ったから? 話の種にもなるし」
「それだけの……ために?」
「まあ、どの道成人までは、うちの店で働かせる訳にはいかないしね。それまでの繋ぎに丁度いいかな、と思って」

「……っざけんな!」
 ありったけの怒りを込め、聖は静華を睨みつけた。
「俺はあんたの玩具おもちゃじゃない! もううんざりだ! 俺はもう、あんたの言いなりにはならない! これ以上、俺の人生めちゃくちゃにされてたまるか!」
「あら。聞き捨てならないわね。私がいつ、あなたの人生をめちゃくちゃにしたって言うの?」
 心外ね、と静華が瞳を丸くした。

「父親の暴力から救ってあげたのは私。親戚中たらい回しにされた挙句、施設に入れられそうになったのを引き取ってあげたのも私。感謝こそされても、恨まれる筋合いはないと思うのだけれど?」
「そ……それは……」
 聖は唇を噛みしめた。
 反論できずにいる聖の胸ぐらを嬉々とした表情で掴むと、静華はその耳元に口を寄せた。

「あなたは一生、私のために生きるのよ。離れるなんて許さない」
「……!」

 突き飛ばすように聖を離すと、「ステーキ冷めちゃったわね」静華は思い出したようにテーブルへと視線を向けた。
「温め直すわ」
 二つの皿を手に取り、静華が席を立つ。ボルドーのワンピースの裾が、聖の目の前でひらりと揺れた。
 キッチンへと向かう静華の室内履きが、規則正しく床を擦る。
 なんの感情も持たない琥珀色の瞳が、床のタイルを映して白く濁った。

「あ、そうそう」
 キッチンカウンターに皿を置き、静華はポンと手を叩いた。
「村瀬楓さんって言ったかしら? なかなか素敵なお嬢さんね」
 聖が勢いよく顔を上げる。
「なんで……名前……?」
 その顔が、みるみる青ざめていく。
「いろいろ調べさせてもらったわ。お寺の娘さんなんですってね」
「どう……して……?」
 無意識に、声が震える。
「だって、可愛い息子がどんなと付き合ってるのか知っておきたいじゃない? 母親として」
 静華がにっこり微笑んだ。
「母親……だって?」
「稼業を継ぐために保育士になるんですって? 健気よねぇ」
 さも愉しげに、静華はフライパンを火にかける。
「あんな小さなお寺の保育園に置いとくなんて勿体ないくらいの美人さんよね。彼女なら、きっともっと稼げると……」
「楓には手を出すな!」
 怒りと憎しみに染まる瞳で、聖は静華を睨みつけた。

「やあねぇ。何もしないわよ」
 揶揄からかうように笑ったあと、「あなたが、ずーっといい子でいてくれたらね」静華は、フライパンの上にステーキを乗せた。

 油の弾ける音と肉の焼ける匂いが、部屋の中に充満する。
 静華の甘い香りが血の匂いと混ざり合い、聖の粘膜を刺激した。
 せり上がる吐き気を堪えて視線を落とすと、涙で歪む視界の中で、床に転がるステーキナイフが煌めいていた。

「楓……」
 震える手でそれを掴む。
「……の……は、……が、……る」
「なぁに?」
 鼻歌まじりに、静華がステーキを皿に移した。
「お前……か、……本、……ない」
「何か言った?」
 焼き過ぎちゃったかしら、と静華がペロリと舌を出す。
 両手に皿を携え席に戻りかけた静華の足が、床に張り付いたようにピタリと止まった。

 癖のある猫っ毛が大きく揺れる。
「ひじ……り?」
 ステーキナイフを握りしめ、聖がゆらりと立ち上がった。
「なに……してるの?」
「母親だなんて、思ったことは、一度もない」
 地を這うような低い声で、聖が途切れ途切れに言葉を吐き出す。
「楓の未来は、俺が、守る」
 ずるずると足を引きずり、聖は静華に近づいていく。髪の隙間から覗く琥珀色の瞳が、憎悪に震え、禍々しい光を放った。

「やだ……。ふざけないで……」
 強張った笑みを浮かべ、静華が僅かに後ずさる。
「お前になんかっ、指一本っ、触れさせないっ!」
 言うが早いか、聖は力強く床を蹴り、静華の胸に飛び込んだ。
「ひっ!」
 静華の喉から引きつった声が漏れる。同時に手から滑り落ちた二つの皿が、白いタイルの上で激しく音を立てて砕け散った……。


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