きんだーがーでん

紫水晶羅

文字の大きさ
上 下
79 / 100
幸せなクリスマス

しおりを挟む

「ほんとにいいの? こんなとこで」
 聖が声を潜め、楓に耳打ちした。

 夕食は、お洒落なレストランでディナーでもと考えていた聖だったが、さすがにイブの夜だけあって、どこも満杯。やっぱり予約しとけば良かったと後悔していたところ、楓が突然「聖の行きつけの洋食屋さんに行ってみたい」と言ったのだ。

「悪いね、『こんなとこ』で」
 いらっしゃい、と初老の店主が、テーブルの上に水の入ったグラスを置いた。
「あ。聞こえてた?」
 店主を見上げ、聖はペロリと舌を出した。
 いつもは会社帰りのサラリーマンやOLで賑わっているというこの店も、イブの夜は空席が目立つ。
 店を手伝っているはずの女将さんも、今日はもう上がってしまったようだ。
 みんなお洒落な店にでも行ってるんだろう、と店主は人のよさそうな顔を歪め、自虐的に笑った。

「いえ。とっても素敵なお店です」
 楓はぐるりと店内を見渡した。
 創業四十年は経っているだろうこぢんまりとした店内は、昭和の香り漂うどこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
 入り口ドアの半分を埋め尽くすステンドグラスが、通りを行き交う車のライトを浴びて色鮮やかに浮かび上がる。
 その幻想的な光に、楓はふっと目を細めた。

「一度来てみたかったんです」
 視線を店主に戻し、「ここのオムライスが美味しいって、聖が自慢してたから」楓が期待に声を弾ませた。
「ははっ。そうかい。そりゃ嬉しいねぇ」
 水嶋君、いっつもオムライスだもんねぇ、と店主は丸くて大きな自らの腹に手を添え、愉快な声を上げた。
「ああもう。余計なこと言わなくていいから。オムライス二つね」
「あいよ」
 いいねぇ若いもんは、と浮かれた足取りで、店主は厨房へと戻って行った。

「仲いいんだね」
 厨房へ目をやり、楓がクスリと笑った。
「うん。いろいろ世話になってるんだ。俺にとっては親父みたいな存在」
「そっか」
 聖が実の親から受けた酷い仕打ちの数々を思い起こし、楓は言葉を詰まらせた。

「俺ね、今までクソみたいな人生だったけど、良かったこともあるんだ」
「良かったこと?」
「うん。だって、少なくともガキの頃の経験が、児童虐待に興味持つきっかけになったわけだし、そのおかげで、あの学校入って楓たちとも出会えたわけだし」
「聖……」
 厨房から、調理器具のぶつかり合う音と共に、ケチャップの美味しそうな香りが漂ってきた。
「やべ。急に腹減ってきた」
 早くできないかな、とオープンキッチンの厨房を覗き込み、聖は待ち遠しそうに目を細めた。

 店主が食器棚から皿を取り出すのが見える。一つも無駄のない流れるような動きを眺めていると、「だからね……」聖が静かに言葉を繋いた。
「俺今、すげぇ幸せ。こうして、一番大切な人と一緒に大好きなオムライスが食えるんだから」
「え……? 今、なんて……?」
「はいよ。お待ちどおさま」
 両手に皿を携え、店主が厨房から出てくる。
「おっ! 待ってました!」
 テーブルの上に乗せられたふわとろのオムライスに、聖は瞳を輝かせた。

 デミグラスソースのかかった黄金色の半熟卵が、ペンダントライトの明かりを弾いて煌めいている。
「凄い」
 想像以上の美しさに感激した楓は、先ほどの聖の言葉も忘れ、うっとりとした表情かおで溜息を漏らした。
「後でデザートもあるぞ」
「マジ?」
「ああ。親父おやじからのクリスマスプレゼントだ」
「さっすが太っ腹!」
 揶揄からかうように、聖が両手で店主の腹を指さす。
 失礼なやつだな、と店主が腹をさすりながら笑った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

後宮の下賜姫様

四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。 商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。 試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。 クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。 饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。 これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。 リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。 今日から毎日20時更新します。 予約ミスで29話とんでおりましたすみません。

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

お隣さんと暮らすことになりました!

ミズメ
児童書・童話
 動画配信を視聴するのが大好きな市山ひなは、みんなより背が高すぎることがコンプレックスの小学生。  周りの目を気にしていたひなは、ある日突然お隣さんに預けられることになってしまった。  そこは幼なじみでもある志水蒼太(しみずそうた)くんのおうちだった。  どうやら蒼太くんには秘密があって……!?  身長コンプレックスもちの優しい女の子✖️好きな子の前では背伸びをしたい男の子…を見守る愉快なメンバーで繰り広げるドタバタラブコメ!  

今日も青空、イルカ日和

鏡野ゆう
ライト文芸
浜路るいは航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスの整備小隊の整備員。そんな彼女が色々な意味で少しだけ気になっているのは着隊一年足らずのドルフィンライダー(予定)白勢一等空尉。そしてどうやら彼は彼女が整備している機体に乗ることになりそうで……? 空を泳ぐイルカ達と、ドルフィンライダーとドルフィンキーパーの恋の小話。 【本編】+【小話】+【小ネタ】 ※第1回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※ こちらには ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/999154031 ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『ウィングマンのキルコール』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/972154025 饕餮さん作『私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/812151114 白い黒猫さん作『イルカフェ今日も営業中』 https://ncode.syosetu.com/n7277er/ に出てくる人物が少しだけ顔を出します。それぞれ許可をいただいています。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...