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幸せなクリスマス
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しおりを挟む「ほんとにいいの? こんなとこで」
聖が声を潜め、楓に耳打ちした。
夕食は、お洒落なレストランでディナーでもと考えていた聖だったが、さすがにイブの夜だけあって、どこも満杯。やっぱり予約しとけば良かったと後悔していたところ、楓が突然「聖の行きつけの洋食屋さんに行ってみたい」と言ったのだ。
「悪いね、『こんなとこ』で」
いらっしゃい、と初老の店主が、テーブルの上に水の入ったグラスを置いた。
「あ。聞こえてた?」
店主を見上げ、聖はペロリと舌を出した。
いつもは会社帰りのサラリーマンやOLで賑わっているというこの店も、イブの夜は空席が目立つ。
店を手伝っているはずの女将さんも、今日はもう上がってしまったようだ。
みんなお洒落な店にでも行ってるんだろう、と店主は人のよさそうな顔を歪め、自虐的に笑った。
「いえ。とっても素敵なお店です」
楓はぐるりと店内を見渡した。
創業四十年は経っているだろうこぢんまりとした店内は、昭和の香り漂うどこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
入り口ドアの半分を埋め尽くすステンドグラスが、通りを行き交う車のライトを浴びて色鮮やかに浮かび上がる。
その幻想的な光に、楓はふっと目を細めた。
「一度来てみたかったんです」
視線を店主に戻し、「ここのオムライスが美味しいって、聖が自慢してたから」楓が期待に声を弾ませた。
「ははっ。そうかい。そりゃ嬉しいねぇ」
水嶋君、いっつもオムライスだもんねぇ、と店主は丸くて大きな自らの腹に手を添え、愉快な声を上げた。
「ああもう。余計なこと言わなくていいから。オムライス二つね」
「あいよ」
いいねぇ若いもんは、と浮かれた足取りで、店主は厨房へと戻って行った。
「仲いいんだね」
厨房へ目をやり、楓がクスリと笑った。
「うん。いろいろ世話になってるんだ。俺にとっては親父みたいな存在」
「そっか」
聖が実の親から受けた酷い仕打ちの数々を思い起こし、楓は言葉を詰まらせた。
「俺ね、今までクソみたいな人生だったけど、良かったこともあるんだ」
「良かったこと?」
「うん。だって、少なくともガキの頃の経験が、児童虐待に興味持つきっかけになったわけだし、そのおかげで、あの学校入って楓たちとも出会えたわけだし」
「聖……」
厨房から、調理器具のぶつかり合う音と共に、ケチャップの美味しそうな香りが漂ってきた。
「やべ。急に腹減ってきた」
早くできないかな、とオープンキッチンの厨房を覗き込み、聖は待ち遠しそうに目を細めた。
店主が食器棚から皿を取り出すのが見える。一つも無駄のない流れるような動きを眺めていると、「だからね……」聖が静かに言葉を繋いた。
「俺今、すげぇ幸せ。こうして、一番大切な人と一緒に大好きなオムライスが食えるんだから」
「え……? 今、なんて……?」
「はいよ。お待ちどおさま」
両手に皿を携え、店主が厨房から出てくる。
「おっ! 待ってました!」
テーブルの上に乗せられたふわとろのオムライスに、聖は瞳を輝かせた。
デミグラスソースのかかった黄金色の半熟卵が、ペンダントライトの明かりを弾いて煌めいている。
「凄い」
想像以上の美しさに感激した楓は、先ほどの聖の言葉も忘れ、うっとりとした表情で溜息を漏らした。
「後でデザートもあるぞ」
「マジ?」
「ああ。親父からのクリスマスプレゼントだ」
「さっすが太っ腹!」
揶揄うように、聖が両手で店主の腹を指さす。
失礼なやつだな、と店主が腹をさすりながら笑った。
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