きんだーがーでん

紫水晶羅

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「勝手な事ばかり言わないで! 私の気持ちも知らないくせに!」
「美乃里の……気持ち……?」
 突如向けられた怒りに、政宗は困惑の表情を浮かべた。

「そう。私がこれまで、どんな想いで政宗のこと見てきたのか……。政宗の傍でずっと、何を考えていたのか……」
「な……なに、考えて……たんだ?」
 苦しそうに顔を歪め、美乃里は唇を噛み締める。言葉にならない掠れた声が、喉の奥を切なく揺らした。

「言いたいことがあるなら言えよ。それ聞くまで、俺は絶対諦めねぇから」
 スッと目を細めると、政宗は覚悟を決めたように、細く長い息を吐いた。

「政宗……。私……」

 ひと言ひと言ゆっくりと、美乃里が言葉を紡ぎ出す。美乃里のリズムに合わせ、政宗もゆっくり相槌を打った。

「政宗には感謝してる。いっぱい迷惑かけたし、いっぱい助けてもらった。政宗がいなかったら、今頃私、どうなっていたかわからない」
「うん」
「だけど……」

 一旦言葉を切ると、美乃里は政宗を悲しそうに見つめた。その瞳から、みるみる涙が溢れてきた。

「政宗を見る度、あの日の事を思い出す。奪ってしまった小さな命を思い出す。篠崎先生と過ごした日々を思い出す……。政宗の傍にいる限り、私は、先生の呪縛から逃れることができない……!」

「……!」

 政宗が息を呑む。美乃里の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「本当は、こんなこと言いたくなかった。言ったら絶対、政宗が傷つくと思ったから。だから、適当なこと言って断り続けるつもりだった。なのに……」

 堪らず美乃里は、両手で顔を覆った。

「もちろん、政宗と離れても、私の罪が消えるわけじゃない。これからも一生背負っていかなきゃならないと思う。だけど、常に責められているのは、辛いよ……」
「どういう……意味だ?」
「政宗に優しくされればされるほど、罪の意識が膨らんで、押し潰されそうになる。幸せを感じれば感じるほど、そんな資格がないことを思い出す。政宗といる限り、この想いは消えない。ずっと、責められ続けて生きていなかければならない」
「そんな……」

「だからお願い!」

 両手の中から、美乃里の悲痛な叫びが漏れる。

「もう……、私を、解放して……!」

 身体を折り曲げ、美乃里は声を上げて泣き崩れた。


 団地の隙間から覗いていた夕日がいつの間にか姿を消し、代わりに街灯の光が、辺りをぼんやりと照らし始めた。

「それじゃあ俺は……」
 鳴り止まない嗚咽に混じり、政宗の哀しい声が、薄闇の中にポトリと滲んだ。
「美乃里を苦しめる為だけに、側にいたってことだよな……?」
 しゃくり上げる美乃里の息づかいが、一段と強くなる。
「俺の存在がずっと、美乃里を苦しめていたんだなぁ……」
「まさっ……むねっ……」
 言葉にならない声で、ごめん、と美乃里は頭を下げた。

 政宗は、何も映さない瞳で空を見上げ、「馬鹿だよな」と一言呟いた。
「ごめんな……。なんも気づかなくて……」
 オレンジからコバルトブルーに変わるグラデーションが、政宗の潤んだ瞳に映り込む。
「ずっと、辛い想いさせて……ごめんな……」
 政宗の瞳から、すうっと一筋、涙が落ちる。
 背中を丸めて泣きじゃくる美乃里の身体を、政宗は両手でそっと起こした。

「美乃里の気持ちはよくわかった。だからもう、泣くな」
 乱れた長い黒髪をぎこちない手つきで軽く整え、そっと胸に抱き寄せる。
 瞬間、ぶるりと震えるその身体を腕の中に閉じ込めると、政宗は、自らの両腕に力を込めた。

「美乃里……。幸せになれよ……」
「政宗……」
「約束だぞ……」
「ごめっ……」

 美乃里の髪を、政宗の涙が濡らしていく。
 むせび泣く二つの影を、冷たい冬の闇夜が、音もなく静かに覆い尽くしていった……。

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