きんだーがーでん

紫水晶羅

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それぞれの事情、それぞれの想い

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「びっくりした……。どうしたの?」
「いや、あの……。虫が……」
「虫?」
 楓が足元を指差す。
「なんにもいないじゃない」
 足を退けて地面を確認しながら、美乃里は不思議そうに首を傾げた。

「ああ。ごめん。見間違いかも」
「もう。脅かさないで」
 呆れたように笑うと、美乃里はベンチに座り直した。
 ごめんごめんと笑いながら、楓は「そっちはどうなの?」と話の矛先を変えた。

「どうって?」
 美乃里がきょとんとする。
「政宗とのこと」
 楓が、伺うように美乃里の顔を覗き込んだ。
「ああ……。そのこと……」

 ふうっと息をつき、美乃里は空を見上げた。
 澄んだ青い空に、沢山の雲が浮かんでいる。日の当たるところが白く輝き、眩しいほどの光を放っていた。

「正直、わからないんだ」
 眩しそうに目を細め、美乃里はポツリ呟いた。
「わからないって?」
「政宗のこと、どう思ってるのか」
 美乃里はゆっくり顔を戻すと、キャンパスを行き交う人々をぼんやり見つめた。

「政宗には感謝してる。一番辛い時、側にいて助けてくれた。感謝してもしきれないくらい。だけど……」
 視線を落とし、何かを探すように目の前の芝生を見つめながら、美乃里は苦しそうに瞳を歪めた。

「それは、恋愛感情とは違う気がする」
「美乃里……」
「政宗のことは好きだよ。だけどそれは、友だちとしてってことで、篠崎先生と付き合っていた時のようなときめきとか、胸の苦しみとか、そういうのは全く感じないの」
「もしかして……。まだ好きなの? 篠崎のこと」

 宙に視線を彷徨わせ、ゆっくり瞬きをしたあと、美乃里は小さく頷いた。
「なんで……?」
「わかんないよ。わかんないけど好きなの。だって初めてだったんだもん。本当の自分さらけ出すことができたのは。親にだって見せたことなかったのに……。私にとって先生は、唯一の拠り所だったの。そんな簡単に忘れることなんてできないよ。それに……」
 そこまで一気に吐き出すと、美乃里はハッと息を呑み、「なんでもない」と首を振った。
「なに?」
「ううん。いいの。とにかく……」
 楓の方へ向き直ると、美乃里は申し訳なさそうに瞳を歪めた。

「今のままじゃ、私は政宗の気持ちには応えられない。せっかく身を引いてくれたのに、ごめんなさい」
 美乃里は深く、頭を下げた。
「美乃里……」
 楓はそっと、美乃里の肩に手を置いた。
「ねぇ、頭上げて。あたしもう、とっくに吹っ切れてるから」
「でも……」
「確かに、あの時は悲しかったし、美乃里のこと恨んだりもした。だけどもう、今は何とも思ってないよ。政宗のこと」
「ほんとに?」
 恐る恐る、美乃里の視線が持ち上がる。
「うん。だって今、あたしの頭ん中は、聖でいっぱいだもん」
「楓……」
 美乃里は頭を上げ、楓を見つめた。黒く澄んだ大きな瞳が、美乃里を映して輝いていた。

「だから、あたしのことは気にしないで。美乃里は、自分の気持ちにゆっくり向き合えばいいよ」
 ただし、篠崎に戻るのは無しね、と楓が悪戯っぽく笑った。

「ありがとう」
 目尻の涙を指で押さえ、美乃里は、泣き顔と笑顔をごちゃ混ぜにしたような顔で笑った。


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