きんだーがーでん

紫水晶羅

文字の大きさ
上 下
68 / 100
それぞれの事情、それぞれの想い

しおりを挟む
 楓の瞳が涙で濡れる。
 ゆっくり楓の方へ顔を向けると、聖はその頬にそっと右手を伸ばした。
 ピクリと肩を震わせ、楓が僅かに身を引く。
 ハッと息を呑んだあと、「ごめん」と聖が目を伏せた。

「怖い思いさせちゃったよね」
 伸ばした右手を引き戻し、聖はそれを左手できつく握りしめた。
「時々、自分がわからなくなる時があるんだ。感情が抑えきれなくなって、全てを壊したくなる」
 苦しそうに顔を歪めると、聖は言葉を絞り出した。
「楓と映画行く約束してた日、夜中に突然あの女が来て、一晩中『奉仕』させられてたんだ」
「……!」
 楓は言葉を失った。
「楓に知られたと思ったら、なんだか気が遠くなって……。気が付いたら、楓に酷いことしてた……。ほんとにごめん」
 聖が深く頭を下げる。楓は、ううん、と何度も首を振った。

 部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえ、間もなくドアを解錠する音がした。隣の住人が帰ってきたのだろう。バタンと玄関ドアが閉まる音がした後、再び部屋の中に静寂が訪れた。

 項垂れた聖の口元から、ふうぅぅっと長い息が漏れた。
「もう二度と、会えないと思った」
「えっ?」
 聖の声が、涙で揺れる。
 俯く聖の横顔を、楓は驚いた表情かおで見つめた。
「怖かった……。また楓を傷つけてしまうんじゃないかって……」
「聖……」
「俺さ、前に、セックスは嫌いだって言ったじゃん?」
「ああ……。うん……」
「でもさ、時々無性にヤりたくなることがあるんだ」
「え……?」
 矛盾してるよね、と聖が笑った。

「だから、誘われればついて行くし、そういう雰囲気になれば、迷わずヤる。男だろうが、女だろうが……」
「男の人……も?」
 引くよね、と聖は、楓にちらりと視線を送り、悲しそうに笑った。
「セックス依存症っていうんだって。ネットで児童虐待について調べてたら出てきた。性的虐待されてた人間に見られることが多いって。そうやって、心のバランスを保ってるんだ」
「セックス……依存症……」
 どこかで耳にしたことのある言葉を、楓は口の中で反芻した。
 今まで遠い世界のことだと思っていたことが、こんなに身近なところで起こっている事実に、楓はショックを受け、言葉を失った。

「だから、悔しいけど、俺とあの女はギブアンドテイクの関係。あの女は、俺の性処理の相手も担ってくれてるってわけ」
 吐き捨てるように言うと、聖はソファーの背もたれに身体を預け、遠くを見つめた。
「だからもう、俺には関わらないほうがいいよ。今度こそ俺、楓に何するかわからない」
 痛みを堪えるように、聖は眉間に皺を寄せ、瞳を歪めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu
ライト文芸
café R のオーナー・莉子と、後輩の誘いから通い始めた盲目サラリーマン・連藤が、料理とワインで距離を縮めます。 連藤の同僚や後輩たちの恋愛模様を絡めながら、ふたりの恋愛はどう進むのか? ※小説家になろうでも連載をしている作品ですが、アルファポリスさんにて、書き直し投稿を行なっております。第1章の内容をより描写を濃く、エピソードを増やして、現在更新しております。

おやすみご飯

水宝玉
ライト文芸
もう疲れた。 ご飯を食べる元気もない。 そんな時に美味しい匂いが漂ってきた。 フラフラと引き寄せられる足。 真夜中に灯る小さな灯り。 「食べるって、生きるっていう事ですよ」

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

彼の愛は不透明◆◆若頭からの愛は深く、底が見えない…沼愛◆◆ 【完結】

まぁ
恋愛
【1分先の未来を生きる言葉を口にしろ】 天野玖未(あまのくみ)飲食店勤務 玖の字が表す‘黒色の美しい石’の通りの容姿ではあるが、未来を見据えてはいない。言葉足らずで少々諦め癖のある23歳 須藤悠仁(すどうゆうじん) 東日本最大極道 須藤組若頭 暗闇にも光る黒い宝を見つけ、垂涎三尺…狙い始める 心に深い傷を持つ彼女が、信じられるものを手に入れるまでの……波乱の軌跡 そこには彼の底なしの愛があった… 作中の人名団体名等、全て架空のフィクションです また本作は違法行為等を推奨するものではありません

妻が家出したので、子育てしながらカフェを始めることにした

夏間木リョウ
ライト文芸
植物の聲を聞ける御園生秀治とその娘の莉々子。妻と三人で平和に暮らしていたものの、ある日突然妻の雪乃が部屋を出ていってしまう。子育てと仕事の両立に困った秀治は、叔父の有麻の元を頼るが…… 日常ミステリ×ほんのりファンタジーです。 小説家になろう様でも連載中。

メンヘラちゃん

壱婁
ライト文芸
2chのメンタルヘルス板から生まれた「メンヘラ」という造語。精神を患っている人に使う用語として使われる「メンヘラ」要素を持つ女の子と精神病のお話です。あくまでも個人差があり病気や社会、人物などはフィクションとしてお楽しみください。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

ココロオドル蝶々が舞う

便葉
ライト文芸
そこは男だけの職場 少年週刊誌「ホッパー」編集部 そこに一匹の麗しの蝶が舞い降りた 蝶?? どこに?? 誰が?? ~・~・~・~ 城戸蝶々(24歳) 見た目偏差値85、中身偏差値35 喋らなければ絶世の美女 喋り出したら究極のオタク グロ系漫画をこよなく愛する ホラー系漫画家志望の腰かけ編集部員 ~・~・~・~ 藤堂和成(29歳) 次の副編集長候補のイケメンチーフ 顔よし、仕事よし、性格よし バトル系漫画のカリスマ編集者 でも本当は究極の少女漫画オタク 「誰だ? この部屋に蛾を連れてきたやつは」 「蝶々、喋るな。 お前の言葉のチョイスは恐ろしすぎる」 恋をすれば蝶に変わる? マイペースな蝶々と蝶々溺愛の藤堂 そんな二人が 有望新人漫画家の担当になるが…… 恋に無頓着な二人が行きつく先は? 「蝶々、お前みたいな変な女を 愛してやってんだから たまには優しくしろよ……」 「藤堂さん、愛するって ゲロすることよりもきついんですね」 いつかは交わる時が来るのでしょうか……?

処理中です...