きんだーがーでん

紫水晶羅

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それぞれの事情、それぞれの想い

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 楓の瞳が涙で濡れる。
 ゆっくり楓の方へ顔を向けると、聖はその頬にそっと右手を伸ばした。
 ピクリと肩を震わせ、楓が僅かに身を引く。
 ハッと息を呑んだあと、「ごめん」と聖が目を伏せた。

「怖い思いさせちゃったよね」
 伸ばした右手を引き戻し、聖はそれを左手できつく握りしめた。
「時々、自分がわからなくなる時があるんだ。感情が抑えきれなくなって、全てを壊したくなる」
 苦しそうに顔を歪めると、聖は言葉を絞り出した。
「楓と映画行く約束してた日、夜中に突然あの女が来て、一晩中『奉仕』させられてたんだ」
「……!」
 楓は言葉を失った。
「楓に知られたと思ったら、なんだか気が遠くなって……。気が付いたら、楓に酷いことしてた……。ほんとにごめん」
 聖が深く頭を下げる。楓は、ううん、と何度も首を振った。

 部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえ、間もなくドアを解錠する音がした。隣の住人が帰ってきたのだろう。バタンと玄関ドアが閉まる音がした後、再び部屋の中に静寂が訪れた。

 項垂れた聖の口元から、ふうぅぅっと長い息が漏れた。
「もう二度と、会えないと思った」
「えっ?」
 聖の声が、涙で揺れる。
 俯く聖の横顔を、楓は驚いた表情かおで見つめた。
「怖かった……。また楓を傷つけてしまうんじゃないかって……」
「聖……」
「俺さ、前に、セックスは嫌いだって言ったじゃん?」
「ああ……。うん……」
「でもさ、時々無性にヤりたくなることがあるんだ」
「え……?」
 矛盾してるよね、と聖が笑った。

「だから、誘われればついて行くし、そういう雰囲気になれば、迷わずヤる。男だろうが、女だろうが……」
「男の人……も?」
 引くよね、と聖は、楓にちらりと視線を送り、悲しそうに笑った。
「セックス依存症っていうんだって。ネットで児童虐待について調べてたら出てきた。性的虐待されてた人間に見られることが多いって。そうやって、心のバランスを保ってるんだ」
「セックス……依存症……」
 どこかで耳にしたことのある言葉を、楓は口の中で反芻した。
 今まで遠い世界のことだと思っていたことが、こんなに身近なところで起こっている事実に、楓はショックを受け、言葉を失った。

「だから、悔しいけど、俺とあの女はギブアンドテイクの関係。あの女は、俺の性処理の相手も担ってくれてるってわけ」
 吐き捨てるように言うと、聖はソファーの背もたれに身体を預け、遠くを見つめた。
「だからもう、俺には関わらないほうがいいよ。今度こそ俺、楓に何するかわからない」
 痛みを堪えるように、聖は眉間に皺を寄せ、瞳を歪めた。
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