きんだーがーでん

紫水晶羅

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それぞれの事情、それぞれの想い

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「俺にとってセックスは、『奉仕』なんだ。そこに『愛情』なんて、ひとかけらもない」

 十一月の日暮れは早い。
 家路を急ぐ靴音が、暗くなった通りに幾つも響き渡る。
 そんな人々の営みから切り離されたような静寂の中、聖の言葉がぽとりと落ちた。

「小五の時母さんが死んで、それから間もなくあの女が来た。今思えば、母さんが生きてる頃から、親父と付き合っていたのかも知れない。あの女は、親父が当時通ってたスナックのホステスだったんだ」

 聖は静華のことを『あの女』と呼んだ。
 そこから、凄まじいほどの憎しみが伝わってくる。
 今までどんな想いで、『静華さん』と呼んでいたのだろう……。
 聖の心情を察し、楓の胸は締め付けられた。

「お母さんは、ご病気か何かで?」
「いや。自殺だよ。精神を病んでたみたい。俺、まだガキだったから、あんまよくわかんないんだけど……」
 ソファーに腰掛けた膝の上に肘をつき、両手の中に顔を埋めると、聖はふうっと息を吐いた。
「もしかしたら知ってたのかもね。親父とあの女の事」
 消え入りそうな声で呟く聖の声が、涙で滲んだ。

 震える吐息を深く吸い込んだあと、聖はゆっくり顔を上げ、宙を見つめた。
「親父が死んで間もなく、俺はあの女に、全てを奪われたんだ」
「えっ? お父さん、亡くなったの?」
「うん。俺が中二の時」
「じゃあ、それからずっと……?」
 コクリ、と聖が頷いた。

 予期していた言葉なのに、楓の心は激しく動揺する。
 静かに深呼吸を繰り返したあと、なるべく平静を装い、楓は訊いた。

「拒めなかったの?」
「もちろん拒んだよ。だけどあの女は言うんだ。養ってあげてるんだから、これくらいは当然のことだって。嫌なら、学校辞めて自分の店で働けって……」
「お店って?」
「ホストクラブだよ。会員制の。あの女、親父の遺産で店持ったんだ」
「酷い……」
 楓は両手で口を覆った。

 静華にとって、若干十三歳の少年を思うがままに操ることなど、造作もないことだったのだろう。
 そうやって聖は、長い間、静華に洗脳され続けてきたのだ。
 楓は、怒りに身体を震わせた。

「俺、望まれない子どもだったから、生まれた時からずっと厄介者扱いされててさ。おまけに母さんもあんな死に方して……。だから結局、親戚中誰も引き取り手がなくて、もう施設に入れるしかないなって時に、あの女が、自分が引き取るって言い出したんだ。親父の遺産を全て貰う代わりに……」

「お父さんの遺産って……そんなにあったの?」
 遠慮がちに、楓が訊いた。
「まあね。俺の親父、製薬会社の社長だったんだ。今は叔父さん……親父の弟が引き継いでるけど」
「そう……だったんだ……」
「俺さ、母さん死んでからずっと、親父に暴力振るわれてて。そのたんびに、あの女が助けてくれてたんだ。親父、あの女の言うことだけは聞くんだ。キモイよね」
 苦虫を嚙み潰したような顔で、聖が笑った。
「優しいお姉さんだと思ってたんだ。あの日までは……」
 聖はまぶたを落とし、何もかもを諦めたようなぼんやりとした顔で遠くを見つめた。

「親父の四十九日の法要が終わった日の夜、独りになった俺を慰めるフリをして、あの女は近づいてきたんだ。それからはもう、言わなくてもわかるよね? あの日以来、俺は、あの女の玩具おもちゃなんだ。俺の意思なんて、関係ない……」
「聖……」
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