きんだーがーでん

紫水晶羅

文字の大きさ
上 下
66 / 100
衝動

しおりを挟む

『元気?』

 たった一言送るのに、一体何日かかったのだろう?
 僅かに震える指をギュッと手のひらに収め、楓はスマホの画面を見つめた。

 夕方のカフェテリアには、バイトや電車の時間調整をする人、誰かと待ち合わせをする人などが、入れ替わり立ち替わり入っては出て行く。
 楽しそうな話し声に混じって、あちらこちらから忙しなくキーボードを叩く音が聞こえてくる。レポートでも作成しているのだろうか。その不規則なタップ音を聴きながら、楓は紙コップのコーヒーを啜った。

 苦味の強いブラックコーヒーが紙コップの中ほどまでになった頃、ようやくメッセージが既読になった。
「あ!」
 思わず声を上げ、楓は慌てて口を塞いだ。
 周りを見渡したが、楓に注目する者は一人もいない。ホッと胸を撫で下ろし、再び楓は、スマホに視線を貼り付けた。

 しかし、一分が過ぎ、二分が過ぎても、聖からの返信はない。
「もしかして、あたしを避けてる……?」
 きっと自分は、見てはいけないものを見てしまったのだろう。
 あの状況から察するに、聖と静華は、男女の関係に違いない。
 静華との情事のあとを見られ動揺した聖は、思わず楓に乱暴を働いてしまい、そのことを悔やんで……。

 そこまで考えて、楓は「違う」と呟いた。
 ザワザワと、胸の奥から嫌な予感が湧き上がってくる。
 以前、授業で習った言葉が頭をぎる。
 静華との関係は、今に始まったことではなくて……。

「まさか……。性的……虐待……?」

 あの時の聖は、明らかに様子がおかしかった。
 虐待され続けてきた子どもは、感情のコントロールがきかなくなることが多い。

 前に聖は、セックスが嫌いだと言っていた。
 もしも長い間、静華にセックスを強要されていたのだとしたら……?

 ぐにゃりと視界が歪むような感覚に見舞われ、楓は両手で目頭を強く押さえた。
「聖……」
 口の中で小さく呟くと、楓は荷物をわし掴み、勢いよく立ち上がった。

 残りのコーヒーを手洗い場に流し、カップをゴミ箱に投げ入れる。ドアを開けて入ってくる学生の脇を、すいません、と器用にすり抜け、楓は急いで駅へと向かった。



***



 聖の部屋の前で、楓は深く深呼吸する。
 あの日の光景がフラッシュバックし、自然と身体が震えてくる。
 このドアの向こうから再び静華が現れたらと思うと、楓の心は不安でいっぱいになった。

 しかし、今更引き返すわけにはいかない。
 その時はその時だと腹を括り、楓はインターホンに手を伸ばした。

 ボタンを押して暫く待つ。
 少しの静寂のあと、プツリと回線の切れる音がした。映像を確認したのだろう。
 間もなく、部屋の中から人の動く気配が流れてきた。

 躊躇いがちにサムターンが回される。
 ゆっくり開いたドアの隙間から、色素の薄い猫っ毛が、様子を伺うようにのっそりと姿を見せた。

「なんで来たんだよ」
 聖が、泣いているとも怒っているともつかないような不貞腐れた表情かおで、ぼそりと呟いた。

「だって……。一応、だから」

 ハッとして楓を見つめる琥珀色の瞳が、困ったように歪んだあと、みるみる涙の膜に覆われていく。
「楓……。ごめん……。俺……」
 両手で顔を覆うと、聖は背中を丸め、深く頭を下げた。

 震える聖の身体を、楓がそっと包みこむ。

「大丈夫だよ……」

 癖のある猫っ毛を優しく撫でながら、楓は何度も「大丈夫」と繰り返した……。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...