きんだーがーでん

紫水晶羅

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衝動

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 時折吹く北風が、丁寧に巻かれた楓の髪を無情にも乱して通り過ぎる。
「もう! せっかく綺麗にしてきたのに」
 髪を押さえ頬を膨らませると、楓は遠くの空を睨んだ。

 今日は聖と映画デートだ。
 たまには恋人らしいこともしてみるか、という聖の提案で、土曜日、二人は駅で待ち合わせをすることにした。
 待ち合わせの時間は午後一時半。楓が保育園の仕事を終えて支度をする時間を計算すると、どうしてもそのくらいになってしまう。
「楓に合わせるよ」
 二人でランチしようという聖は、一時半まで食べずに待つつもりだ。
「大丈夫。朝食遅めにするから」
 心配しないで、と聖は笑った。

 ところが、保育を希望していた保護者から当日キャンセルの連絡が入った為、楓の勤務は十一時までとなった。
 急いで聖に連絡したが、送ったメッセージはいつまで経っても既読にならない。
「まだ寝てるのかな?」
 直接アパートに行った方が早いと思い、楓は身支度を整えるとすぐに出発した。


「さすがにもう起きてるかな?」
 最寄りの駅に降り立ちスマホの時計を確認する。時刻は十二時半を少し過ぎたあたりだった。
 そのままトークアプリを開く。先程送ったメッセージは、いまだ未読のままだった。
「どうしたんだろ?」
 妙な胸騒ぎを覚え、楓は歩くスピードを上げた。

 暫くすると、前方に、すっかり見慣れたアパートが見えてきた。
 いてもたってもいられなくなり、楓は思わず駆け出した。

 ホールに飛び込み、吹き抜けの階段を一気に三階まで駆け上がる。
 登りきって左側、一番手前の部屋の前で、楓はインターホンに手を伸ばした。

「あら?」
 突然ドアが開き、中から一人の女性が現れた。
「あなたは確か……」
 おとがいに人差し指を当て、女性が首を傾げる。
 楓の顔を覗き込み、記憶を辿るように「うーん……」と思案したのち、「あ! そうそう!」とその女性は大きな瞳を輝かせ、ポンと胸の前で両手を叩いた。
「聖のお友だちね。前に学校で会った……」
「あ……」
 楓は目の前の女性を凝視した。

 小振りの顔に、意思の強そうなくっきり二重の大きな瞳。艶めくダークブラウンの長い髪は一つにまとめ上げられ、程よく垂れた後れ毛が、細い首筋を上品に飾っている。
「聖の……お義母……さん」
「ふふっ。憶えててくれたのね」
 ベージュのニットワンピースの肩に掛けた黒いロングカーディガンを羽織り直し、静華は嬉しそうに微笑んだ。

「あの……。あたし……」
「聖に御用?」
「は、はい。出掛ける約束してて。それで……」
 思いもよらぬ出来事に、頭の中が真っ白になる。
 宙を彷徨う両手が所在を求め、ショルダーバッグの紐をきつく掴んだ。
「いいのよ。そんな緊張しなくても」
 肩を竦めて笑うと、「どうぞ。私はもうおいとまするから」静華はドアを押さえて道を開けた。

「あ……。すみません。お邪魔します」
 ペコリと頭を下げ、楓は代わりにドアを押さえる。
「勝手に上がっていいわよ。あの子今、シャワー浴びてるから」
「えっ?」
 驚いて顔を上げる楓に笑顔で返すと、「じゃ、ごゆっくり」静華は金色に輝く大きな蝶のバレッタを指先で整えながら、甘い香りを残して去って行った。

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