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偽装恋人
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目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
世界は何も変わらない。変わったのは、美乃里自身だ。
お腹に手を当て、美乃里は再び目を閉じた。
結局美乃里は、産まない道を選んだ。
篠崎に激しく拒絶されたのもショックだったが、それよりも、母を悲しませたくない気持ちの方が大きかった。
母にとって、父の不倫相手は、この世で一番憎い相手に違いない。
その不倫相手と同じ事を娘がしていると知った時の、母の気持ちは如何なるものか?
そう思ったら、どうしても『産む』という選択はできなかった。
それに、もし仮にシングルマザーの道を選んだとしたら、政宗が「一緒に育てよう」と言うのは目に見えている。そうなった場合、今の美乃里には、強く拒める自信がなかった。
しかし、いくらなんでも、そこまで甘えるわけにはいかない。第一、政宗への気持ちもよくわからないままなのだ。
ずっと友人だと思っていた相手を、そんなにすぐには恋愛対象として見ることはできない。
幸いにもまだ初期だった為、処置後はすぐに帰され、母に知られることなく全てを済ませることができた。
費用は政宗がとりあえず立て替え、後日篠崎に請求したようだ。
世話になりっぱなしの政宗に「アイツにはもう近付くな」と言われてしまっては、美乃里にはもうどうすることもできなかった。
慰謝料と手切金のつもりなのか、篠崎は、手術代の他に五十万円の入った封筒を政宗に渡したが、受け取る意思のない美乃里は、そっくりそのまま返してもらった。
全てが終わり、残ったのは、大きな虚無感と、光を見る事なくこの世を去った我が子への罪悪感だった。
美乃里は、平たいお腹をそっと撫でた。
ついこの間まで確かにあった命は、今はもう跡形もなく消えている。
「ごめんね……」
何度も呟くと、美乃里はいく筋もの涙を流した。
***
『体調どう?』
欠席している美乃里の元に、楓からメッセージが届いた。
金曜日に手術を終えた美乃里は、そのまま月、火と学校を休んでいた。
母には、夏の疲れが出ただけだと説明したが、娘の様子がおかしいことに気付かないような母親ではなかった。
いつもより優しく接してくれる母を前に、美乃里の罪悪感は募る一方だった。
『明日は学校来れる?』
続けてメッセージを受信する。
『わからない』
いっそ退学しようかとも考えていた美乃里は、投げやりな気持ちで返信した。
すぐに既読の表示がついたものの、楓からは一向に音沙汰がない。
暫く待ったがやがて諦め、美乃里はアプリを閉じると、枕元にスマホを投げ出した。
はあっと大きく息をつく。
壁に向かって寝返りを打ったところで、ようやく受信を知らせるアラームが、背後で短く鳴り響いた。
のろのろと振り向きアプリを開く。その目に突然、『今から行っていい?』の文字が飛び込んできた。
『えっ? うちに?』
慌てて飛び起き返信する。
『だめ?』
間髪入れずに送られてきたメッセージには、上目遣いに見つめるセクシーな猫のスタンプが添えられていた。
世界は何も変わらない。変わったのは、美乃里自身だ。
お腹に手を当て、美乃里は再び目を閉じた。
結局美乃里は、産まない道を選んだ。
篠崎に激しく拒絶されたのもショックだったが、それよりも、母を悲しませたくない気持ちの方が大きかった。
母にとって、父の不倫相手は、この世で一番憎い相手に違いない。
その不倫相手と同じ事を娘がしていると知った時の、母の気持ちは如何なるものか?
そう思ったら、どうしても『産む』という選択はできなかった。
それに、もし仮にシングルマザーの道を選んだとしたら、政宗が「一緒に育てよう」と言うのは目に見えている。そうなった場合、今の美乃里には、強く拒める自信がなかった。
しかし、いくらなんでも、そこまで甘えるわけにはいかない。第一、政宗への気持ちもよくわからないままなのだ。
ずっと友人だと思っていた相手を、そんなにすぐには恋愛対象として見ることはできない。
幸いにもまだ初期だった為、処置後はすぐに帰され、母に知られることなく全てを済ませることができた。
費用は政宗がとりあえず立て替え、後日篠崎に請求したようだ。
世話になりっぱなしの政宗に「アイツにはもう近付くな」と言われてしまっては、美乃里にはもうどうすることもできなかった。
慰謝料と手切金のつもりなのか、篠崎は、手術代の他に五十万円の入った封筒を政宗に渡したが、受け取る意思のない美乃里は、そっくりそのまま返してもらった。
全てが終わり、残ったのは、大きな虚無感と、光を見る事なくこの世を去った我が子への罪悪感だった。
美乃里は、平たいお腹をそっと撫でた。
ついこの間まで確かにあった命は、今はもう跡形もなく消えている。
「ごめんね……」
何度も呟くと、美乃里はいく筋もの涙を流した。
***
『体調どう?』
欠席している美乃里の元に、楓からメッセージが届いた。
金曜日に手術を終えた美乃里は、そのまま月、火と学校を休んでいた。
母には、夏の疲れが出ただけだと説明したが、娘の様子がおかしいことに気付かないような母親ではなかった。
いつもより優しく接してくれる母を前に、美乃里の罪悪感は募る一方だった。
『明日は学校来れる?』
続けてメッセージを受信する。
『わからない』
いっそ退学しようかとも考えていた美乃里は、投げやりな気持ちで返信した。
すぐに既読の表示がついたものの、楓からは一向に音沙汰がない。
暫く待ったがやがて諦め、美乃里はアプリを閉じると、枕元にスマホを投げ出した。
はあっと大きく息をつく。
壁に向かって寝返りを打ったところで、ようやく受信を知らせるアラームが、背後で短く鳴り響いた。
のろのろと振り向きアプリを開く。その目に突然、『今から行っていい?』の文字が飛び込んできた。
『えっ? うちに?』
慌てて飛び起き返信する。
『だめ?』
間髪入れずに送られてきたメッセージには、上目遣いに見つめるセクシーな猫のスタンプが添えられていた。
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