きんだーがーでん

紫水晶羅

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政宗の覚悟

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「起きれるか?」
「ん……」
 政宗に支えられ、美乃里はゆっくり身体を起こした。

 あれから駅まで行ったものの、美乃里の体力は既に限界を超えていた。その大半が、精神的ダメージによるものだということは火を見るよりも明らかだった。
 おぼつかない足取りの美乃里を一人で帰すのは忍びない。
「家まで送るよ」
 ホームに向かおうとする政宗を、「待って」と美乃里が引き止めた。
「家には……帰りたくない」
「え?」
 理由を聞き出そうとするも、美乃里は固く口を閉ざし、頑として動こうとしない。
 仕方がないので政宗は、自宅アパートに連れて帰る事にしたのだ。

「雑炊、作ったんだけど……」
 食えるか? と訊くと、美乃里は、うん、と頷いた。
 アパートに着くと政宗は、ぐったりしている美乃里を取り敢えずベッドに寝かせ、コンビニで梅干しやら果物やらスポーツドリンクやらを買い込み、簡単な夕食を用意したのだった。

「初めて作ったから、味の保証はできねぇぞ」
 スマホのアプリを見ながら作ったというその卵雑炊は、湯気の中でまばゆい光を放っていた。
「美味しそう」
 嬉しそうに顔を綻ばせる美乃里に、「新潟県産コシヒカリだぞ」と政宗は自慢げに言った。
「そっか。政宗の実家、新潟だもんね」
「ああ。無くなりそうになると、勝手に送られてくる」
「へぇ。いいご両親じゃない」
「別に。新潟じゃ普通のことだよ」
 吐き捨てるように答えると、良かったらこれも、と政宗は、買ってきた梅干しや惣菜をテーブルの上に並べた。

「狭くて悪りぃな」
 六畳一間のワンルームは、ベッド、テレビ、勉強机でほぼ満杯だ。
 小さな折りたたみテーブルに膝を滑り込ませると、美乃里は「ううん。私こそ我儘わがまま言ってごめんね」と申し訳なさそうに俯いた。
「全然。俺はむしろ……」
「え?」
 上目遣いに、美乃里が見つめる。いや、と政宗は頬を赤らめ、「早く食おうぜ」茶碗に雑炊をよそった。

「食後にオレンジもあるからな」
「デザートまで用意してくれたの?」
 美乃里が目を丸くする。
「だって、その……。酸っぱいもんとか食いたくなるって、聞いたことあるから……」
「あ……」
 恥ずかしそうに口籠る政宗に、「ごめん」と美乃里は、頭を下げ涙ぐんだ。
「別に謝ることじゃねぇだろ」
 ぶっきらぼうに言うと、政宗は「いただきます」と手を合わせた。


「うちの父親、浮気してて……」
 食後のデザートをつつきながら、美乃里がぽつりぽつりと話し始めた。
 食べ終えた食器を片付けた後、政宗は、用意していたオレンジとりんごを一口大にカットし、食卓に出した。
 居酒屋でバイトしているだけあって、その辺の手際は良い。
 先程、買い出しの途中でバイト先に休みの電話を入れた政宗は、腰を落ち着かせて美乃里の話に耳を傾けた。
「いつか離婚するんじゃないかって思ったら、毎日不安で……」

 美乃里は、不仲な両親に対する想いを赤裸々に語った。
 話を聞き終えたあと、政宗は、まるで自分のことのように悲しそうな顔をした。
「ごめん。俺、美乃里がそんなに悩んでたこと、全然知らなかった」
「ううん。いいの。私もずっと隠してたから」
 話してスッキリしたのか、美乃里はオレンジを一つフォークで刺すと、口へと運んだ。
 ゆっくり味わうように、美乃里は静かに咀嚼する。それを見て政宗もりんごへと手を伸ばした。

「そんな時、優しく話を聞いてくれたのが、篠崎先生だったの……」
 再び語り出した美乃里は、気の抜けたような眼差しで、手にしたフォークをぼんやり見つめた。
「私、自分で言うのもなんだけど、みんなから優等生って目で見られてるじゃない?」
「うん」
「だからいつも、周りの期待に応えなきゃって思ってて……。毎日気が抜けなくて……。結構しんどかったんだよね」
 本当の私は、親の顔色を伺って毎日ビクビク過ごしてるだけの情けない子なのにね、と寂しそうに美乃里が笑った。
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