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政宗の覚悟
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窓から差し込む陽の光がいつの間にか弱まり、造形室に長い影を落とし始めた。
作業台に広げてある学生たちの切り絵作品から視線を外すと、篠崎は窓の外を眺めた。
「日が短くなったな」
急に目の疲れを感じ、篠崎は親指と人差し指で目頭を押さえた。
作業に没頭するあまり、時間が経つのを忘れていたようだ。
目を閉じ眼球を揉み解していると、突然、ドアをノックする音が、篠崎の鼓膜を震わせた。
「はい」
ゆっくり目を開け、入り口の方を見る。
「失礼します」
ドアが開くと同時に入室してきた人物を見て、篠崎は不思議そうに首を傾げた。
「君は確か……」
「緑川です。二年D組、緑川政宗」
「ああ……」
そういえば、そんな生徒がいたと、篠崎は記憶の端を手繰り寄せた。
「どうかしましたか? 僕に何か相談でも?」
目尻を下げ、にこやかに空いている作業台の丸椅子を勧める篠崎を、政宗は怒りのこもった眼差しで睨みつけた。
「お話があります。美乃里……守田美乃里のことで」
「美……守田さん……ですか?」
一瞬、顔を強張らせたあと、篠崎は再び、顔面に笑みを貼り付かせた。
「ええ。ご存知ですよね? 守田美乃里」
「もちろん。守田さんは、よくここに来ますからね」
「よく……ね」
「いろいろ相談に乗ってるんですよ。絵画制作について。彼女はとても真面目ですから」
「ふぅん……」
鋭い視線を向けたまま、政宗は刺々しい口調で訊いた。
「それだけですか?」
「えっ?」
「絵画制作の相談に乗ってるだけなのか、って訊いてるんですけど?」
「君は、何を……?」
その時、ガラリとドアの開く音がした。
「政宗……」
「美乃里」
「何……してんの? こんなとこで……」
振り返った政宗の険しい顔に、美乃里が声を震わせる。
「何って……」チラリと篠崎を見やったあと、「確認しに来た」再び政宗は、美乃里の方に向き直った。
「確認? 何の?」
後ろ手にドアを閉めながら、美乃里は二人の顔を順に見た。
政宗の背後で、篠崎が僅かに首を振った。
「コイツが知ってるのか、ってことだよ」
美乃里の方を向いたまま、政宗は親指で背後を指した。
「君。コイツってことはないだろ?」
不機嫌そうに、篠崎が割って入る。
ゆっくり振り返ると、政宗は射るように篠崎の瞳を見据えた。
「お前みたいな奴は、コイツで充分だ。教え子と不……」
「政宗っ!」
堪らず美乃里が叫ぶ。
あちこちぶつかりながら作業台の間をすり抜けると、美乃里は政宗の腕を掴んだ。
「やめて!」
「やっぱり言ってないのか?」
「政宗……お願い」
「言えないなら、俺が代わりに言ってやるよ」
美乃里が激しく首を振る。
その縋るような眼差しから無理やり視線を引き剥がすと、政宗は篠崎に向き直った。
怪訝そうに、篠崎が政宗の顔をじろじろ眺めた。
「美乃里、妊娠してる」
「政宗っ!」
「え?」
ピクリと、篠崎の眉が上がる。
「あんたの……子だ」
「何……言って……」
篠崎が、政宗と美乃里を見比べる。
「冗談……だろ?」
美乃里に焦点を合わせると、篠崎は顔面を痙攣らせた。
「そんなわけ……」
辺りに瞳を泳がせたあと、篠崎がハッとした表情を浮かべた。
「心当たり……あるんだな?」
「いや、だって、あの日は、大丈夫だって……」
「いやあぁぁっ!」
「っざけんなっ!」
美乃里が耳を塞ぐのと同時に、政宗の手が篠崎の胸ぐらを掴んだ。
作業台に広げてある学生たちの切り絵作品から視線を外すと、篠崎は窓の外を眺めた。
「日が短くなったな」
急に目の疲れを感じ、篠崎は親指と人差し指で目頭を押さえた。
作業に没頭するあまり、時間が経つのを忘れていたようだ。
目を閉じ眼球を揉み解していると、突然、ドアをノックする音が、篠崎の鼓膜を震わせた。
「はい」
ゆっくり目を開け、入り口の方を見る。
「失礼します」
ドアが開くと同時に入室してきた人物を見て、篠崎は不思議そうに首を傾げた。
「君は確か……」
「緑川です。二年D組、緑川政宗」
「ああ……」
そういえば、そんな生徒がいたと、篠崎は記憶の端を手繰り寄せた。
「どうかしましたか? 僕に何か相談でも?」
目尻を下げ、にこやかに空いている作業台の丸椅子を勧める篠崎を、政宗は怒りのこもった眼差しで睨みつけた。
「お話があります。美乃里……守田美乃里のことで」
「美……守田さん……ですか?」
一瞬、顔を強張らせたあと、篠崎は再び、顔面に笑みを貼り付かせた。
「ええ。ご存知ですよね? 守田美乃里」
「もちろん。守田さんは、よくここに来ますからね」
「よく……ね」
「いろいろ相談に乗ってるんですよ。絵画制作について。彼女はとても真面目ですから」
「ふぅん……」
鋭い視線を向けたまま、政宗は刺々しい口調で訊いた。
「それだけですか?」
「えっ?」
「絵画制作の相談に乗ってるだけなのか、って訊いてるんですけど?」
「君は、何を……?」
その時、ガラリとドアの開く音がした。
「政宗……」
「美乃里」
「何……してんの? こんなとこで……」
振り返った政宗の険しい顔に、美乃里が声を震わせる。
「何って……」チラリと篠崎を見やったあと、「確認しに来た」再び政宗は、美乃里の方に向き直った。
「確認? 何の?」
後ろ手にドアを閉めながら、美乃里は二人の顔を順に見た。
政宗の背後で、篠崎が僅かに首を振った。
「コイツが知ってるのか、ってことだよ」
美乃里の方を向いたまま、政宗は親指で背後を指した。
「君。コイツってことはないだろ?」
不機嫌そうに、篠崎が割って入る。
ゆっくり振り返ると、政宗は射るように篠崎の瞳を見据えた。
「お前みたいな奴は、コイツで充分だ。教え子と不……」
「政宗っ!」
堪らず美乃里が叫ぶ。
あちこちぶつかりながら作業台の間をすり抜けると、美乃里は政宗の腕を掴んだ。
「やめて!」
「やっぱり言ってないのか?」
「政宗……お願い」
「言えないなら、俺が代わりに言ってやるよ」
美乃里が激しく首を振る。
その縋るような眼差しから無理やり視線を引き剥がすと、政宗は篠崎に向き直った。
怪訝そうに、篠崎が政宗の顔をじろじろ眺めた。
「美乃里、妊娠してる」
「政宗っ!」
「え?」
ピクリと、篠崎の眉が上がる。
「あんたの……子だ」
「何……言って……」
篠崎が、政宗と美乃里を見比べる。
「冗談……だろ?」
美乃里に焦点を合わせると、篠崎は顔面を痙攣らせた。
「そんなわけ……」
辺りに瞳を泳がせたあと、篠崎がハッとした表情を浮かべた。
「心当たり……あるんだな?」
「いや、だって、あの日は、大丈夫だって……」
「いやあぁぁっ!」
「っざけんなっ!」
美乃里が耳を塞ぐのと同時に、政宗の手が篠崎の胸ぐらを掴んだ。
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