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嫉妬と友情
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朝から灰色の雲に埋め尽くされていた空は、昼を過ぎたあたりから我慢の限界を越えたのか、ポツリポツリと小さな滴を落とし始めた。
アパートの薄暗いエントランスの中で、楓はアスファルトに落ちる雨粒をぼんやりと眺めていた。
土曜日の昼下がり。以前なんとなく聞いていた聖の住処は、固く施錠され、主人の留守をしっかりと守っていた。
「どこ行ったんだろう?」
来る前に連絡すれば良かったかと、少しだけ後悔する。
しかし、改まってするような話でもないと思い、いたらラッキーくらいの気持ちで、楓はここまでやって来たのだった。
「今日は帰って来ないのかなぁ?」
お菓子と飲み物が入ったコンビニ袋を見つめ、楓は大きく溜息をついた。
とりあえず連絡してみようか?
バッグからスマホを取り出し、トークアプリを開いたところで、楓はその指を止めた。
別に今すぐ会って話したい訳でもない。
ただなんとなく、胸の内を聞いて欲しかっただけなのだ。
会えなかったということは、今日はまだ、話す時期ではないのかも知れない。
それにもし、この先もずっと話す機会がないのなら、一生話さなくたっていい。
スマホをバッグの中に戻すと、楓は水玉模様のアスファルトへ、足を一歩踏み出した。
急いで帰れば、本降りになる前に駅に着くだろう。
楓が空を見上げた時。
「楓?」
聞き覚えのある甘い声が、楓の背中をくすぐった。
「聖……」
慌てて楓が振り返る。
「何してんの? こんなとこで」
琥珀色の瞳を丸くさせ、聖が仔猫のように小首を傾げた。
「すぐそこの洋食屋さん、オムライスが美味しくてさ」
聖の行きつけの洋食屋は、アパートから徒歩二~三分のところにあるらしい。
今度連れてってやるよ、と言いながら、聖は楓にソファーを勧めた。
「よく行くの?」
ソファーにちょこんと腰掛け、楓はぐるりと辺りを見回す。
七畳ほどの広さのダイニングキッチンには、テーブルとソファー、少し大きめの液晶テレビが置いてある。
モノトーンで統一されたそれは、聖のイメージとはかけ離れていて、楓は少し面食らった。
奥にスライド式のドアがあるところを見ると、向こうにもう一部屋あるようだ。
あっちはベッドルームだろうか?
そんなことをぼんやり考えてると、キッチンの方からカチャカチャとグラスのぶつかり合う音が聞こえてきた。
「さっき実家から帰って来たら、ご飯作るの面倒くさくなってさ」
カウンターテーブルの向こうで、楓が手土産に持って来たアイスティーをグラスに注ぎながら、聖が答えた。
「実家? 朝から?」
「ん……」
曖昧に頷くと、聖はグラスを手に、楓の隣に腰掛けた。
「はい、どうぞ。……つっても、楓が持って来てくれたんだけど」
楓の前にグラスを置き、聖が笑った。
「いえいえ」
肩を竦め、楓がペコリと頭を下げた。
「緊張してる?」
「え?」
ピクリと僅かに、楓の肩が跳ね上がる。
そんな露骨に怯えなくても、と聖が呆れたように笑った。
「何か話があるんだろ?」
コンビニ袋から、聖がチョコレートとポテトチップスを取り出す。
あ、これ好き、と聖は、トマト味のプリッツを手に取り、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「政宗と、なんかあった?」
「なんで……わかるの?」
恐る恐る、楓が訊く。
「わかるよそんなの。だって楓、こないだ変だったもん」
プリッツの内袋を開けながら、聖が答えた。
「こないだ……?」
「うん。夏休み明けの初日。美乃里にメッセ送った時、楓と政宗、意味ありげに見つめ合ってたじゃん」
「そう……だった?」
「それに、今週ずっとよそよそしかったし。政宗と美乃里に対して」
「そんなこと……」
「俺が気付かないとでも?」
ふふんと鼻を鳴らし、勝ち誇ったように聖が笑った。
聖はいつもこうだ。一見、何も考えずヘラヘラしているようで、意外と周りをよく見ていて、痛いところを突いてくる。
はあぁぁっと長く息を吐き出すと、「やっぱり聖には敵わないなぁ……」楓は項垂れ、頭を振った。
「話してごらん? お兄さんが聞いてやるから」
「うっさい。まだコドモのくせに……」
俯いたまま、楓が小さく呟いた。
クスリと笑って、聖がプリッツを一口齧った。
アパートの薄暗いエントランスの中で、楓はアスファルトに落ちる雨粒をぼんやりと眺めていた。
土曜日の昼下がり。以前なんとなく聞いていた聖の住処は、固く施錠され、主人の留守をしっかりと守っていた。
「どこ行ったんだろう?」
来る前に連絡すれば良かったかと、少しだけ後悔する。
しかし、改まってするような話でもないと思い、いたらラッキーくらいの気持ちで、楓はここまでやって来たのだった。
「今日は帰って来ないのかなぁ?」
お菓子と飲み物が入ったコンビニ袋を見つめ、楓は大きく溜息をついた。
とりあえず連絡してみようか?
バッグからスマホを取り出し、トークアプリを開いたところで、楓はその指を止めた。
別に今すぐ会って話したい訳でもない。
ただなんとなく、胸の内を聞いて欲しかっただけなのだ。
会えなかったということは、今日はまだ、話す時期ではないのかも知れない。
それにもし、この先もずっと話す機会がないのなら、一生話さなくたっていい。
スマホをバッグの中に戻すと、楓は水玉模様のアスファルトへ、足を一歩踏み出した。
急いで帰れば、本降りになる前に駅に着くだろう。
楓が空を見上げた時。
「楓?」
聞き覚えのある甘い声が、楓の背中をくすぐった。
「聖……」
慌てて楓が振り返る。
「何してんの? こんなとこで」
琥珀色の瞳を丸くさせ、聖が仔猫のように小首を傾げた。
「すぐそこの洋食屋さん、オムライスが美味しくてさ」
聖の行きつけの洋食屋は、アパートから徒歩二~三分のところにあるらしい。
今度連れてってやるよ、と言いながら、聖は楓にソファーを勧めた。
「よく行くの?」
ソファーにちょこんと腰掛け、楓はぐるりと辺りを見回す。
七畳ほどの広さのダイニングキッチンには、テーブルとソファー、少し大きめの液晶テレビが置いてある。
モノトーンで統一されたそれは、聖のイメージとはかけ離れていて、楓は少し面食らった。
奥にスライド式のドアがあるところを見ると、向こうにもう一部屋あるようだ。
あっちはベッドルームだろうか?
そんなことをぼんやり考えてると、キッチンの方からカチャカチャとグラスのぶつかり合う音が聞こえてきた。
「さっき実家から帰って来たら、ご飯作るの面倒くさくなってさ」
カウンターテーブルの向こうで、楓が手土産に持って来たアイスティーをグラスに注ぎながら、聖が答えた。
「実家? 朝から?」
「ん……」
曖昧に頷くと、聖はグラスを手に、楓の隣に腰掛けた。
「はい、どうぞ。……つっても、楓が持って来てくれたんだけど」
楓の前にグラスを置き、聖が笑った。
「いえいえ」
肩を竦め、楓がペコリと頭を下げた。
「緊張してる?」
「え?」
ピクリと僅かに、楓の肩が跳ね上がる。
そんな露骨に怯えなくても、と聖が呆れたように笑った。
「何か話があるんだろ?」
コンビニ袋から、聖がチョコレートとポテトチップスを取り出す。
あ、これ好き、と聖は、トマト味のプリッツを手に取り、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「政宗と、なんかあった?」
「なんで……わかるの?」
恐る恐る、楓が訊く。
「わかるよそんなの。だって楓、こないだ変だったもん」
プリッツの内袋を開けながら、聖が答えた。
「こないだ……?」
「うん。夏休み明けの初日。美乃里にメッセ送った時、楓と政宗、意味ありげに見つめ合ってたじゃん」
「そう……だった?」
「それに、今週ずっとよそよそしかったし。政宗と美乃里に対して」
「そんなこと……」
「俺が気付かないとでも?」
ふふんと鼻を鳴らし、勝ち誇ったように聖が笑った。
聖はいつもこうだ。一見、何も考えずヘラヘラしているようで、意外と周りをよく見ていて、痛いところを突いてくる。
はあぁぁっと長く息を吐き出すと、「やっぱり聖には敵わないなぁ……」楓は項垂れ、頭を振った。
「話してごらん? お兄さんが聞いてやるから」
「うっさい。まだコドモのくせに……」
俯いたまま、楓が小さく呟いた。
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