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涙の施設実習
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先程までしていた水道管を流れる水の音や、洗面所から聞こえる足音が途切れ、施設内を夜の静寂が包み込んだ。
ふうっと長く息を吐くと、聖はゆっくり顔を上げ、頭を壁にもたせかけた。
「最初は興味本位からだった……」
虚な瞳を宙に漂わせ、聖はまるで自分に言い聞かせるかのように、一つ一つ丁寧に言葉を紡いだ。
「当時テレビで、児童虐待の特集があって……。その時俺は初めて、父親の行為が虐待だったということを知ったんだ。それでいろいろ調べたら、同じような経験をしている子どもが沢山いることがわかった」
「だから保育士に?」
政宗の問いかけに、聖は小さく首を振った。
「その時は別に、保育士になろうなんて思わなかった。だって、俺みたいな人間がなれるなんて思わなかったから……」
自虐的に、聖が笑った。
「ただ知りたかったんだ。俺と同じような境遇の子どもが、どれくらいいるのか……」
「そうか……」
「実習中、それらしい子は何人かいたけど、先生たちもさすがに、実習生なんかに詳しいことは教えてくれなくて……。個人情報だからって……」
「だろうな」
政宗が当然だとばかりに頷いた。
「だから俺は思ったんだ。保育士になろうって。保育士になって、そういう子どもを救いたいって」
「じゃあ、実習がきっかけで、本格的に保育の道に進むことにしたのか?」
「まあ、そういうことになるね。順序は逆になっちゃったけど」
口の端を持ち上げ、聖は皮肉っぽく笑った。
「だけど……」
悲しそうに目を伏せると、聖は瞳を曇らせた。
「海里くんが父親から暴力を受けていたっていう話聞いて……」
「海里くんって、いつも一人で本読んでる子か?」
「そう。実は海里くん、折り紙が得意で……。だけどそれを隠してるんだ。そのせいで父親に殴られてたから……。折り紙ばかりして、女みたいだって……。俺と同じだった。俺も女みたいだって殴られてたから……。あいつは殴るたび言うんだ。『女みてぇな顔しやがって』って……。『母親にそっくりだ』って……」
まるで目の前に父親がいるかのように、聖は怯えた瞳を彷徨わせた。
「俺は逃げ出したんだ。海里くんから。俺は、保育士になる資格なんてない……」
両手で顔を覆い、聖は身体を震わせた。
指の隙間から、悲痛な息遣いが漏れてきた。
『女みてぇな……』という響きに、政宗の心が反応する。
聖の父親が発した言葉と、『女みてぇな職業選びやがって』と吐き捨てた自分の父親の姿が重なり、政宗は拳をきつく握りしめた。
ふうっと長く息を吐くと、聖はゆっくり顔を上げ、頭を壁にもたせかけた。
「最初は興味本位からだった……」
虚な瞳を宙に漂わせ、聖はまるで自分に言い聞かせるかのように、一つ一つ丁寧に言葉を紡いだ。
「当時テレビで、児童虐待の特集があって……。その時俺は初めて、父親の行為が虐待だったということを知ったんだ。それでいろいろ調べたら、同じような経験をしている子どもが沢山いることがわかった」
「だから保育士に?」
政宗の問いかけに、聖は小さく首を振った。
「その時は別に、保育士になろうなんて思わなかった。だって、俺みたいな人間がなれるなんて思わなかったから……」
自虐的に、聖が笑った。
「ただ知りたかったんだ。俺と同じような境遇の子どもが、どれくらいいるのか……」
「そうか……」
「実習中、それらしい子は何人かいたけど、先生たちもさすがに、実習生なんかに詳しいことは教えてくれなくて……。個人情報だからって……」
「だろうな」
政宗が当然だとばかりに頷いた。
「だから俺は思ったんだ。保育士になろうって。保育士になって、そういう子どもを救いたいって」
「じゃあ、実習がきっかけで、本格的に保育の道に進むことにしたのか?」
「まあ、そういうことになるね。順序は逆になっちゃったけど」
口の端を持ち上げ、聖は皮肉っぽく笑った。
「だけど……」
悲しそうに目を伏せると、聖は瞳を曇らせた。
「海里くんが父親から暴力を受けていたっていう話聞いて……」
「海里くんって、いつも一人で本読んでる子か?」
「そう。実は海里くん、折り紙が得意で……。だけどそれを隠してるんだ。そのせいで父親に殴られてたから……。折り紙ばかりして、女みたいだって……。俺と同じだった。俺も女みたいだって殴られてたから……。あいつは殴るたび言うんだ。『女みてぇな顔しやがって』って……。『母親にそっくりだ』って……」
まるで目の前に父親がいるかのように、聖は怯えた瞳を彷徨わせた。
「俺は逃げ出したんだ。海里くんから。俺は、保育士になる資格なんてない……」
両手で顔を覆い、聖は身体を震わせた。
指の隙間から、悲痛な息遣いが漏れてきた。
『女みてぇな……』という響きに、政宗の心が反応する。
聖の父親が発した言葉と、『女みてぇな職業選びやがって』と吐き捨てた自分の父親の姿が重なり、政宗は拳をきつく握りしめた。
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