きんだーがーでん

紫水晶羅

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涙の施設実習

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「どう? 少しは落ち着いた?」

 平野の淹れたココアを一口飲み、聖はふうっと長い息を吐いた。
「すみません。急に目眩がして……」
「びっくりしたわよ。暗闇でうずくまってるんだもん。つんのめって危うく階段落ち披露するところだったじゃないの」
 冗談を交えながら話す平野に、「すみませんでした」聖はもう一度深く頭を下げた。

 平野が中学生の学習にケリをつけ、事務室に戻ろうとしたところ、階段の降り口で蹲っている聖を発見したのだ。
 朦朧とする聖をどうにか歩かせ事務室の椅子に座らせた平野は、気持ちを落ち着かせる為、たった今温かいココアを淹れてやったところだ。

「そんなことより、大丈夫? 病院とか行かなくていいの?」
「はい。もうおさまりましたから」
 額の汗を半袖Tシャツの袖で拭うと、聖はにっこり微笑んだ。
「そう。ならいいけど……」
 聖を心配そうに見つめながら、「疲れが出たのかな?」平野は隣の席に腰掛けた。

「あの……。平野さん……」
「ん?」
「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど……」
「何?」
 両手を膝に乗せ居住まいを正すと、聖はくるりと椅子を回転させ、平野の方へ向き直った。

「海里くんのこと……なんですけど」
「海里くん?」
「はい」
 一旦目を伏せ、それから聖は、平野の瞳を射るように見据えた。
「あの子は、何故ここに?」
「何故って……。措置理由が知りたいってこと?」
「はい」
「どうして?」
「ちょっと、気になることを言ってたので……」
「気になることって?」
 平野は聖の方へ身体を向けると、椅子に深く座り直した。年季の入ったオフィスチェアが、ギッと耳障りな音をたてた。

「折り紙してると……お父さんに怒られるって……。女みたい……だって……」
 つかえつかえ、聖が答える。
 中空に視線を彷徨わせ、「ああ……」と平野が小さく頷いた。
「あの子はね、父親から酷い暴力を受けていたの」
「暴力……」

 あまり詳しくは言えないんだけどね、と前置きし、平野は静かに言葉を繋いだ。

「海里くんのお父さん、気に入らないことがあると、しょっちゅう手を上げてたみたい。海里くんだけじゃなくて、お母さんにも」
「お母さん……にも?」
「そう。『海里が女みたいなのは、お前のせいだ』って。海里くん、折り紙得意でしょ? どうやらそれ、お母さんが教えたみたいで……。きっとお父さんは、戸外を活発に走り回るような息子を期待してたんでしょうね」
 眉間に皺を寄せ僅かに首を左右に振ると、平野はふうっと息を吐き出した。

「まあ、他にもいろいろ問題のあるご家庭だったから、この度入所措置がとられたってわけ」
「そう……なんですか」
「でも、あの海里くんが、出会って間もないあなたにそんなこと言うなんて、よっぽど信頼されてるのね」
「えっ?」
 私たちにも完全に心を開いていないのに、と平野は聖に羨望の眼差しを向けた。
「きっと、何か惹かれるものがあったのかも知れないわね」
「俺に……ですか?」
「ええ。ここの子たちは皆、そういうを察知する力に長けてるから」
「目に見えない……何か……」
「これも何かの縁かも知れないから、実習終わるまで仲良くしてあげてね」
「……はい」
 聖は曖昧に頷いた。

「とにかく、今日はもう休みなさい。あとは朝まで特にすることないから」
 シャワー浴びてゆっくり休むのよ、と平野は聖を優しく送り出した。
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げると、聖は事務室を後にした。



 部屋に戻ると、政宗はまだ起きていた。
「お疲れ」
 聖に気付いた政宗が、実習日誌から顔を上げた。
「まだ起きてたんだ」
「ああ。返してもらった分、見直ししてた」
 政宗は、施設長から返ってきた実習日誌を持ち上げヒラヒラさせた。
「ふうん。真面目だね」

 重い足を引きずりながら、聖は、政宗のいる座卓の脇を壁伝いにゆっくり進んだ。
 部屋の隅に置いてあるバッグに手を伸ばそうとした時、力尽きた聖の足が、ぐにゃりと折れ曲がった。
 バランスを崩した細身の身体が、勢いよく壁にぶつかり、ドン! と大きな音を立てた。

「おいっ! 大丈夫かっ?」
 慌てて政宗が駆け寄る。
 咄嗟に触れた政宗の手を、「さわるなっ!」聖が物凄い剣幕で払い退けた。

「あ……。政宗……。ごめ……」
 琥珀色の瞳を忙しなく震わせ、聖は自身の身体をかき抱く。
「聖……?」
 政宗の表情かおが、戸惑いに歪んだ。

「政宗……。俺……。俺……」
 小刻みに首を左右に振りながら、聖はそのまま壁にもたれて座り込んだ。
「何が……あった?」
 茫然と立ち尽くしたまま、政宗が不安そうに聖を見つめる。
 血の気を失った聖の唇の隙間から、カチカチと激しく歯のぶつかる音が漏れてきた。
「……けて……」
「え?」
「政宗……。助けて……」
 激しく身体を震わせ、聖はすがるように政宗を見上げた。

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