きんだーがーでん

紫水晶羅

文字の大きさ
上 下
32 / 100
涙の施設実習

しおりを挟む
 その夜。
 中高生の夏休みの宿題に付き合っていた聖に、「落ち着いたから今のうちにシャワー浴びて来て」と平野が声を掛けた。
 今夜は、初日にオリエンテーションをしてくれた平野が夜勤ということもあり、聖はリラックスして実習にあたることができた。
「ありがとうございます」
 聖は会釈すると、平野と交代で居室を出た。

 実習生の部屋は一階にある。
 着替えを取りに戻ろうと階段を降り掛けた時、突き当たりの居室に仄かな明かりが灯っているのが見えた。
「どうしたんだろう? こんな時間に」
 そこは、小学校高学年の男児のいる居室だった。
 時刻は十一時を過ぎている。小学生の消灯時間は九時だ。
 不思議に思い、聖は引き戸に手を掛けた。
 戸板の上半分が擦りガラスになっており、中で僅かな明かりがゆらゆら揺れているのが見える。
 ゴクリと喉を鳴らすと、聖はゆっくり、その戸を開けた。

 中は四人部屋となっており、二十畳ほどの部屋に、ベッド、勉強机、小さな本棚、着替え用のタンスが、四つずつ置かれている。個人のスペースは、勉強机と本棚やタンスでそれぞれ仕切られており、申し訳程度だが一応プライバシーが保たれている。

 真ん中にある入り口を中心に、左右二人ずつのスペースが作られてある。明かりが灯っているのは、左側手前のスペースだ。
 そこにいるであろう人物を思い浮かべ、聖は身体を硬くした。

 なるべく音をさせないよう、慎重に入り口の戸を閉める。
 果たしてそこには、想像通りの人物がいた。
 デスクライトの明かりの中、机に向かって何やら熱心に作業している。

「海里くん?」
 聖の声に、海里がビクッと肩を震わせた。
 同時に他のベッドから寝返りをうつ気配を感じ、聖は思わず声を潜めた。
「なに……してるの?」
 海里が顔を上げ、ゆっくり後ろを振り返った。
「折り紙?」
 海里の指先には、作りかけの折り紙が摘まれていた。
「ごめ……さい」
 怯えたように声を震わせると、海里は机の上を慌てて片付け始めた。

「へぇ。折鶴かぁ」
 机の上に開かれた本を、聖がヒョイと持ち上げる。
 手にした本には、様々な変わった形の折鶴の写真が載っていた。その横には、折り方の説明が付いている。
「これ可愛い。手、繋いでるみたいだね」
 先程海里が見ていたページには、三羽の鶴が並んで羽を広げている写真があった。
「羽のところ、繋がってるんだね」
 難しそう、とページをめくる聖を不思議そうに見上げ、「怒らないの?」海里が恐る恐る訊ねてきた。
「ああ。そうだね。もう寝る時間とっくに過ぎてるよね?」
 形式的に注意する聖に、「そうじゃなくて」と海里が言った。

「折り紙。女みたいでしょ? 男のくせにみっともないよね?」
「え……?」
 聖は瞳を大きく見開き、海里の顔をじっと見つめた。
「それ……、誰かに……言われたの?」
 コクリと海里が頷いた。
「誰に……?」
「……お父さん」
「……!」
 海里を映す琥珀色の瞳が、怯えたように左右に揺れる。
 咄嗟に聖は、自身の胸元を強く掴んだ。
「女みたいなことしてると、怒られるから……」
 喉元を締め付けられるような圧迫感を覚え、聖は大きく息を吸った。
 ひゅうっという音が、気管支の中を通り抜けた。

「えっと……。聖……さん?」
 異変に気付き、海里が心配そうに聖の顔を覗き込んだ。
 数回深呼吸を繰り返したあと、「大丈夫だよ……」聖はぎこちなく微笑んだ。
「それより、もうこんな時間だから、続きは明日にしよう。今度作り方教えてよ。俺も折ってみたい」
「ほんと? じゃあ明日は?」
 海里が瞳を輝かせた。
「わかった。じゃあ明日の午前中に」
「約束だよ」
 聖の手から本を受け取り、海里は席を立った。

「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 デスクライトの明かりが消え、二人の周りを闇が包む。
 ふらりと歩き出した聖に、「聖さん」海里が声を掛けた。
「ん?」
 聖が振り向く。
「同じだね。僕たち」
「え?」
 切れ長の大きな瞳が、聖の奥を深くえぐる。
「そうじゃないかと思ったんだ」
「……なに……が?」
 聖の背中を、冷たい汗が伝って落ちた。
 ふっと笑みをこぼしたあと、「なんでもない」小さく首を振り、海里はベッドに潜り込んだ。

 タオルケットの中で暫くもぞもぞ動いていた海里の身体は、やがて落ち着き、動かなくなった。
 静かになったのを見届けると、聖はふらつく足取りで居室を後にした。

 階段を三段ばかり降りたところで、聖の足が、動きを止めた。
 力を失った身体は、重力に任せて沈み込む。
 額から噴き出した汗が、耳の脇を伝って膝に落ちた。
 聖は身体を固くしたまま、荒い息を繰り返していた……。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...