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涙の施設実習
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結局花火は、次回に持ち越しとなった。
長時間炎天下の中にいたせいか、美乃里が体調を崩したのだ。
聖が運転する車の後部座席で「ごめんね」と力なく謝る美乃里を、誰一人責めることはできなかった。
「いいよ。花火はいつでもできるし。それに、今日一日で夏は十分満喫できたし」
バックミラー越しに聖が微笑む。
「聖、大人になったねぇ」
茶化すように、楓が笑った。
「なんなら、施設実習終わってからでもいいしな」
助手席から振り返り、政宗が美乃里を労わるように見つめる。
「ん。ありがと」
美乃里がにっこり微笑んだ。
二人の視線が絡み合う。その見えない糸から逃れるように、「いいよね? 聖」楓が運転席に声をかけた。
「もちろん。秋にやろうが冬にやろうが、花火には変わりないし。なんなら来年の夏でも……」
「そんなに引っ張ることないでしょ?」
お笑い芸人のような手振りで、楓が聖にツッコミを入れる。
「確かに」
バックミラーに映る楓にチラリと視線を流し、聖が大袈裟に笑い声を上げた。
***
遊園地から約一週間が経ち、いよいよ政宗と聖の施設実習が始まった。
実習担当の平野から事前にオリエンテーションを受けた後、二人は子どもたちが遊ぶ運動場へと通された。
「みんなぁ。今日から実習に入るお兄さんだよ。仲良くしてあげてね」
平野の声に、バスケットボールをしていた三人の高校生たちが、チラッと政宗たちの方を見た。
「あ。俺は、緑川……」
自己紹介しながら近づく政宗に、神経質そうな顔をした少年が「邪魔」と鋭い視線を向けた。
「あ、ああ。ごめん」
慌てて飛び退き、政宗は再び入り口へと引き返した。
「最初はこんなもんよ。みんな警戒心が強いから」
ここ敬愛学園は、下は小学一年生、上は高校三年生までの男女が二十五名入所している。
入所理由は様々だか、その多くは虐待である。
長期にわたり虐待されてきた子どもたちは、次第に大人を信用しなくなる。
警戒心が強く、他者を簡単には受け入れられないのも特徴だ。
「彼はね、ずっと親に無視されて育ってきたの。つまりネグレクトね。あれでも随分社交的になったのよ」
子どもたちに聞こえないようこっそりと、平野が二人に耳打ちした。
ネグレクトは育児放棄だ。
ネグレクトが原因で、親との間に適切な愛着関係が築けなかった子どもは、後に愛着障害を引き起こしたり、感情のコントロールができにくくなったりすることが多い。そのため、対人関係において困難を抱えてしまうことがある。
「最初は無理に接しようとしないで、向こうから近寄って来た子を中心に接してみて。その姿を見て大丈夫だと判断すれば、彼らの警戒心も少しずつ和らいでいくと思うから」
頑張って、と右手で拳を作ると、平野は事務室へと戻って行った。
「頑張ってって言われてもなぁ……」
政宗が険しい顔で頭を掻く。
「邪魔って言われちゃったしね」
聖が肩を竦めて笑った。
「お兄さん、だあれ?」
「えっ?」
声がした方を振り返ると、そこには小学生くらいの女の子が立っていた。
「俺は水嶋聖。今日から実習に来たんだ」
「同じく実習に来た緑川政宗。よろしくな」
両手を膝に当て腰を屈めて自己紹介する二人を交互に見たあと、「綺麗……」その子は聖の瞳をじっと見つめて溜息をついた。
「お兄さんの瞳、綺麗な色。髪の毛もキラキラしてる」
「そう? ありがと」
色素の薄い猫っ毛を掻き上げ、聖が照れ臭そうに笑った。
「キミ、名前は?」
「あたしは上里茜。小学三年生」
「茜ちゃんか。可愛い名前だね」
「ふふっ。そうかなぁ?」
茜は黒目がちの大きな丸い瞳をパチクリしながら、恥ずかしそうに身体をくねらせた。
長時間炎天下の中にいたせいか、美乃里が体調を崩したのだ。
聖が運転する車の後部座席で「ごめんね」と力なく謝る美乃里を、誰一人責めることはできなかった。
「いいよ。花火はいつでもできるし。それに、今日一日で夏は十分満喫できたし」
バックミラー越しに聖が微笑む。
「聖、大人になったねぇ」
茶化すように、楓が笑った。
「なんなら、施設実習終わってからでもいいしな」
助手席から振り返り、政宗が美乃里を労わるように見つめる。
「ん。ありがと」
美乃里がにっこり微笑んだ。
二人の視線が絡み合う。その見えない糸から逃れるように、「いいよね? 聖」楓が運転席に声をかけた。
「もちろん。秋にやろうが冬にやろうが、花火には変わりないし。なんなら来年の夏でも……」
「そんなに引っ張ることないでしょ?」
お笑い芸人のような手振りで、楓が聖にツッコミを入れる。
「確かに」
バックミラーに映る楓にチラリと視線を流し、聖が大袈裟に笑い声を上げた。
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遊園地から約一週間が経ち、いよいよ政宗と聖の施設実習が始まった。
実習担当の平野から事前にオリエンテーションを受けた後、二人は子どもたちが遊ぶ運動場へと通された。
「みんなぁ。今日から実習に入るお兄さんだよ。仲良くしてあげてね」
平野の声に、バスケットボールをしていた三人の高校生たちが、チラッと政宗たちの方を見た。
「あ。俺は、緑川……」
自己紹介しながら近づく政宗に、神経質そうな顔をした少年が「邪魔」と鋭い視線を向けた。
「あ、ああ。ごめん」
慌てて飛び退き、政宗は再び入り口へと引き返した。
「最初はこんなもんよ。みんな警戒心が強いから」
ここ敬愛学園は、下は小学一年生、上は高校三年生までの男女が二十五名入所している。
入所理由は様々だか、その多くは虐待である。
長期にわたり虐待されてきた子どもたちは、次第に大人を信用しなくなる。
警戒心が強く、他者を簡単には受け入れられないのも特徴だ。
「彼はね、ずっと親に無視されて育ってきたの。つまりネグレクトね。あれでも随分社交的になったのよ」
子どもたちに聞こえないようこっそりと、平野が二人に耳打ちした。
ネグレクトは育児放棄だ。
ネグレクトが原因で、親との間に適切な愛着関係が築けなかった子どもは、後に愛着障害を引き起こしたり、感情のコントロールができにくくなったりすることが多い。そのため、対人関係において困難を抱えてしまうことがある。
「最初は無理に接しようとしないで、向こうから近寄って来た子を中心に接してみて。その姿を見て大丈夫だと判断すれば、彼らの警戒心も少しずつ和らいでいくと思うから」
頑張って、と右手で拳を作ると、平野は事務室へと戻って行った。
「頑張ってって言われてもなぁ……」
政宗が険しい顔で頭を掻く。
「邪魔って言われちゃったしね」
聖が肩を竦めて笑った。
「お兄さん、だあれ?」
「えっ?」
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両手を膝に当て腰を屈めて自己紹介する二人を交互に見たあと、「綺麗……」その子は聖の瞳をじっと見つめて溜息をついた。
「お兄さんの瞳、綺麗な色。髪の毛もキラキラしてる」
「そう? ありがと」
色素の薄い猫っ毛を掻き上げ、聖が照れ臭そうに笑った。
「キミ、名前は?」
「あたしは上里茜。小学三年生」
「茜ちゃんか。可愛い名前だね」
「ふふっ。そうかなぁ?」
茜は黒目がちの大きな丸い瞳をパチクリしながら、恥ずかしそうに身体をくねらせた。
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