26 / 100
不協和音
3
しおりを挟む
「良かったね。無事にご家族が見つかって」
「そうだな」
あー疲れた、と政宗は近くのベンチに腰掛けた。
「美乃里、どっち食う?」
ピンクとブルー、二つのカキ氷を少し持ち上げ、政宗がニッと笑った。
「じゃあ、こっち」
政宗の手からピンク色のカキ氷を受け取ると、美乃里は隣に腰掛けた。
「それにしても、よく咄嗟にあんな手品思いついたね」
先がスプーンの形になっているストローをカキ氷に刺しながら、美乃里が感心したように政宗を見た。
「ああ、あれね……」
同じくストローを刺しながら、政宗が笑った。
二人の手元から、シャクシャクと涼しげな音がする。何度か刺したあと、政宗はカキ氷を一口掬った。
「こないだの幼稚園実習でやったんだよ。四歳児に大ウケでさ。ちょうどあれくらいの歳だと思ったから」
カキ氷を口に入れ冷たそうに口を窄めると、「上手くいって良かった」と政宗は安心したように目を細めた。
「そっか。凄いね。私なんて何もできなかったよ。政宗がいてくれて助かった」
カキ氷を一口食べ、「こんなの貰う資格ないのに……」美乃里は申し訳なさそうに俯いた。
「んなことねぇよ。俺だって一人じゃビビって何もできなかったよ。美乃里がいたから勇気が出たんだ」
「政宗……」
二人の視線が絡み合う。
「美乃里。俺……」
「そういえば政宗って……」
言葉が被り、お互いどうぞと相手に譲る。
「美乃里から話せよ。俺のは大した話じゃねぇから」
ふっと柔らかく瞳を緩め、政宗が美乃里を促した。
それじゃあ、と美乃里は軽く頭を下げ、改めて話し始めた。
「前から気になってだんだけど、政宗の実家って、酒屋さんなんでしょ?」
「酒屋っつーか、造り酒屋な」
「そうそれ。そこの長男が、何でまた保育士になんてなろうと思ったの?」
「ああ、その話……」
言いにくそうに言葉を詰まらせると、政宗はカキ氷を口の中に掻き込んだ。冷たさに顔を歪め、頭を親指の付け根で数回叩く。
「ちょっとした反抗だよ」
吐き捨てるように、政宗が言った。
「反抗?」
「ああ」
ズズっと音を立て、政宗が溶けた氷を啜った。ストライプ柄の白いストローの中を、ブルーの液体が通っていった。
「俺さ、高校受験に失敗したんだ」
感情を失くした顔で、政宗が語り出す。その横顔をじっと見つめ、美乃里は静かに耳を傾けた。
「市内で一番レベル高いところでさ。合格確実って言われてたのに、当日プレッシャーで熱出して……」
サクッと音を立て、政宗はカキ氷にストローを突き立てた。
「なんとか受験したものの、結果は不合格。俺は、二次試験で受かった私立の高校に進学したんだ」
「そう……なんだ」
予想だにしなかった政宗の重苦しい過去に、美乃里は気まずそうに口を噤んだ。
「俺ね、生まれた時から老舗酒蔵の跡取り倅と持て囃されて、子どもの頃から周りにチヤホヤされて育ったわけ。自分で言うのも何だけど、昔から頭良くて、クラスのみんなからも一目置かれる存在だったんだ」
遠くを見つめ、政宗が目を細めた。
その隣で、美乃里がうん、うん、と相槌を打った。
「親父にとっても、自慢の息子だった。どこに出しても恥ずかしくない跡取り倅……。それなのに……」
悲しそうに瞳を歪め、政宗が小さく溜息をついた。
「自慢の息子から一転、一気に恥晒しだよ」
「そんな……」
自虐的に、政宗が笑った。
「でもさ。その二年後、弟が受かったんだよ。俺が落ちたあの高校に」
「えっ?」
「それからは、話さなくてもわかるだろ?」
「政宗……」
薄く笑みを浮かべ、政宗はカキ氷を突いた。氷は既に、半分以上液体になっていた。
「親父の目にはもう、俺の姿は映っていない。進路を決める時も、『好きにしろ』という一言だけ。当時高三だった俺は、昔習っていたピアノをなんとか生かせないかと頭捻って、苦し紛れに幼稚園か保育園の先生になることを選んだんだ。何でも良かったんだ。あの家から解放されれば」
「そう……だったんだ……」
「今年の正月に帰った時、『女みてぇな職業選びやがって』って言われてさ」
「それは偏見だよ」
「うん。でも、そういう人間なんだ。うちの親父は。で、喧嘩して家を飛び出し、未だ絶縁状態ってわけ」
「あ、だから夏休み帰らないんだ」
その通り、と政宗は力なく笑った。
「まあいいさ。その方が気楽だし。これからは好きに生きる。あの家に必要なのは弟なんだ。俺じゃない」
どうせ酒も飲めねぇことだし、と政宗は眩しそうに空を仰いだ。
口では吹っ切れたようなことを言っていても、どこか寂しげな政宗の横顔に、美乃里は胸の痛みを覚え、顔を歪めた。
「んな顔すんなよ。俺、めっちゃ可哀想な子みてぇじゃん」
ははっと笑うと、政宗は勢いよく残りの液体を啜った。
「ほら、もう溶けてんぞ」
「あ、ほんとだ」
ハッとしたように容器を覗き込み、美乃里も慌ててストローを口に咥えた。
「そうだな」
あー疲れた、と政宗は近くのベンチに腰掛けた。
「美乃里、どっち食う?」
ピンクとブルー、二つのカキ氷を少し持ち上げ、政宗がニッと笑った。
「じゃあ、こっち」
政宗の手からピンク色のカキ氷を受け取ると、美乃里は隣に腰掛けた。
「それにしても、よく咄嗟にあんな手品思いついたね」
先がスプーンの形になっているストローをカキ氷に刺しながら、美乃里が感心したように政宗を見た。
「ああ、あれね……」
同じくストローを刺しながら、政宗が笑った。
二人の手元から、シャクシャクと涼しげな音がする。何度か刺したあと、政宗はカキ氷を一口掬った。
「こないだの幼稚園実習でやったんだよ。四歳児に大ウケでさ。ちょうどあれくらいの歳だと思ったから」
カキ氷を口に入れ冷たそうに口を窄めると、「上手くいって良かった」と政宗は安心したように目を細めた。
「そっか。凄いね。私なんて何もできなかったよ。政宗がいてくれて助かった」
カキ氷を一口食べ、「こんなの貰う資格ないのに……」美乃里は申し訳なさそうに俯いた。
「んなことねぇよ。俺だって一人じゃビビって何もできなかったよ。美乃里がいたから勇気が出たんだ」
「政宗……」
二人の視線が絡み合う。
「美乃里。俺……」
「そういえば政宗って……」
言葉が被り、お互いどうぞと相手に譲る。
「美乃里から話せよ。俺のは大した話じゃねぇから」
ふっと柔らかく瞳を緩め、政宗が美乃里を促した。
それじゃあ、と美乃里は軽く頭を下げ、改めて話し始めた。
「前から気になってだんだけど、政宗の実家って、酒屋さんなんでしょ?」
「酒屋っつーか、造り酒屋な」
「そうそれ。そこの長男が、何でまた保育士になんてなろうと思ったの?」
「ああ、その話……」
言いにくそうに言葉を詰まらせると、政宗はカキ氷を口の中に掻き込んだ。冷たさに顔を歪め、頭を親指の付け根で数回叩く。
「ちょっとした反抗だよ」
吐き捨てるように、政宗が言った。
「反抗?」
「ああ」
ズズっと音を立て、政宗が溶けた氷を啜った。ストライプ柄の白いストローの中を、ブルーの液体が通っていった。
「俺さ、高校受験に失敗したんだ」
感情を失くした顔で、政宗が語り出す。その横顔をじっと見つめ、美乃里は静かに耳を傾けた。
「市内で一番レベル高いところでさ。合格確実って言われてたのに、当日プレッシャーで熱出して……」
サクッと音を立て、政宗はカキ氷にストローを突き立てた。
「なんとか受験したものの、結果は不合格。俺は、二次試験で受かった私立の高校に進学したんだ」
「そう……なんだ」
予想だにしなかった政宗の重苦しい過去に、美乃里は気まずそうに口を噤んだ。
「俺ね、生まれた時から老舗酒蔵の跡取り倅と持て囃されて、子どもの頃から周りにチヤホヤされて育ったわけ。自分で言うのも何だけど、昔から頭良くて、クラスのみんなからも一目置かれる存在だったんだ」
遠くを見つめ、政宗が目を細めた。
その隣で、美乃里がうん、うん、と相槌を打った。
「親父にとっても、自慢の息子だった。どこに出しても恥ずかしくない跡取り倅……。それなのに……」
悲しそうに瞳を歪め、政宗が小さく溜息をついた。
「自慢の息子から一転、一気に恥晒しだよ」
「そんな……」
自虐的に、政宗が笑った。
「でもさ。その二年後、弟が受かったんだよ。俺が落ちたあの高校に」
「えっ?」
「それからは、話さなくてもわかるだろ?」
「政宗……」
薄く笑みを浮かべ、政宗はカキ氷を突いた。氷は既に、半分以上液体になっていた。
「親父の目にはもう、俺の姿は映っていない。進路を決める時も、『好きにしろ』という一言だけ。当時高三だった俺は、昔習っていたピアノをなんとか生かせないかと頭捻って、苦し紛れに幼稚園か保育園の先生になることを選んだんだ。何でも良かったんだ。あの家から解放されれば」
「そう……だったんだ……」
「今年の正月に帰った時、『女みてぇな職業選びやがって』って言われてさ」
「それは偏見だよ」
「うん。でも、そういう人間なんだ。うちの親父は。で、喧嘩して家を飛び出し、未だ絶縁状態ってわけ」
「あ、だから夏休み帰らないんだ」
その通り、と政宗は力なく笑った。
「まあいいさ。その方が気楽だし。これからは好きに生きる。あの家に必要なのは弟なんだ。俺じゃない」
どうせ酒も飲めねぇことだし、と政宗は眩しそうに空を仰いだ。
口では吹っ切れたようなことを言っていても、どこか寂しげな政宗の横顔に、美乃里は胸の痛みを覚え、顔を歪めた。
「んな顔すんなよ。俺、めっちゃ可哀想な子みてぇじゃん」
ははっと笑うと、政宗は勢いよく残りの液体を啜った。
「ほら、もう溶けてんぞ」
「あ、ほんとだ」
ハッとしたように容器を覗き込み、美乃里も慌ててストローを口に咥えた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
視点
Nagi
ライト文芸
中堅客室乗務員梨花と、若年客室乗務員の鈴。
初めて一緒にフライトをしたのに、なぜか鈴は梨花に好意を
持っている。
仕事終わりに鈴に誘われていった先で、鈴は梨花から
全く気づかなかった視点を学ぶ。
PrettyGirls(可愛い少女達)ーレディースバンドの物語ー【学生時代とセミプロ時代】
本庄 太鳳
ライト文芸
田中麗奈は、大人しく控えめであり。いつも教室では、一人ぼっちの存在であった。家でも、無口でいたが。尊敬するのは、姉の茉莉子であり。茉莉子は、小学生からトランペットを吹いていた。茉莉子の通う教室でも、先生や父兄から賛美を浴びていたのが麗奈の目に焼き付いていた。そんな麗奈も、姉と同じ教室に通うのだが、憧れのトランペットはもう人数がおり。ユーフォとなっていた。そんな麗奈が、中1の時あるものと出会い。そこから、麗奈の人生は変わっていった。そんな彼女と、巡り合った3人。そんな4人の物語です。
しぇいく!
風浦らの
ライト文芸
田舎で部員も少ない女子卓球部。
初心者、天才、努力家、我慢強い子、策略家、短気な子から心の弱い子まで、多くの個性がぶつかり合う、群雄割拠の地区大会。
弱小チームが、努力と友情で勝利を掴み取り、それぞれがその先で見つける夢や希望。
きっとあなたは卓球が好きになる(はず)。
☆印の付いたタイトルには挿絵が入ります。
試合数は20試合以上。それぞれに特徴や戦術、必殺技有り。卓球の奥深さを伝えております。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
峽(はざま)
黒蝶
ライト文芸
私には、誰にも言えない秘密がある。
どうなるのかなんて分からない。
そんな私の日常の物語。
※病気に偏見をお持ちの方は読まないでください。
※症状はあくまで一例です。
※『*』の印がある話は若干の吸血表現があります。
※読んだあと体調が悪くなられても責任は負いかねます。
自己責任でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる