きんだーがーでん

紫水晶羅

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不協和音

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「どうしたの?」
 美乃里の問いかけにチラリと視線を上げたものの、男の子はすぐにまた両手の甲で目を覆い、大きな声で泣き出してしまった。
「お母さんとはぐれたのか?」
 一足遅れて駆け寄った政宗が、男の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。

 歳の頃は四~五歳。濃い水色の半袖Tシャツに、カーキ色のハーフパンツ。頭には、辛子色のキャップを被っている。
 先程までそこにいたカップルたちは、いつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。チッと小さく舌を鳴らすと、政宗は優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと男の子に話しかけた。
「大丈夫だ。俺たちがお母さんのところに連れてってやる」
 男の子は指の隙間から政宗の顔を覗き見ると、しゃくり上げながらも小さく頷いた。

「美乃里。どこかに迷子センターみたいなの無いか?」
「ちょっと待って」
 美乃里が、斜め掛けの小さなポシェットからマップを取り出す。
「ええっとぉ……。あった!」
 指差した場所は、入場門近くの案内所の中だった。
「うーん。ここからだと二キロくらいあるな。ボク、歩けるか?」
 政宗が訊くと、その子は首を振ってしゃがみ込んでしまった。

「どうする?」
 不安そうに、美乃里が政宗の顔を覗き込む。
「仕方ねぇ」
 政宗はおもむろに、ボディバッグからティッシュを一枚取り出した。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここに、世にも不思議なティッシュがございます」
 政宗は、男の子の目の前にティッシュをひらひらはためかせた。

 いきなり始まったショータイムに、男の子は驚き視線を上げ、目の前のティッシュをじっと見つめた。
 男の子の目がティッシュを捉えたのを確認すると、政宗はニヤリと笑みを浮かべた。

「このティッシュ、種も仕掛けもありません。ところが、一度破ってもまた元に戻るというから驚きです」
 政宗はティッシュを真ん中から二つに破き、クシャクシャに丸めた。それを右手の人差し指と親指で摘むと、男の子の前にかざした。

「ここに魔法の粉をかけると、不思議や不思議……」
 左手でパンツのポケットから何やら取り出す仕草をした政宗は、目に見えない粉をティッシュの上にパラパラと振りかけた。
「ほら。開いてごらん」
 目の前に突き出されたティッシュを、男の子は恐る恐る受け取った。
 神妙な面持ちで、ゆっくりとそれを開く。
「あっ!」
 開かれたティッシュは、どこも破れていなかった。
「すげぇ……」
 涙に濡れた男の子の瞳が、一気に明るく輝いた。

 パチパチパチパチ……。

 いつの間にか、周りに人だかりができていた。
「兄ちゃん、すげぇな」
 四十代くらいの男性が、隣で手を叩く娘に「なぁ」と笑いかけると、「うん。すっごく面白かった」と小学三年生くらいのそのが満面の笑みで答えた。
「あ……。いや、その……」
 予期せぬ大勢の観客に驚いた政宗は、慌てて立ち上がると恥ずかしそうに頭を掻いた。

颯太そうた!」
 その時、観客の隙間から一人の女性が輪の中に飛び込んできた。
「お母さん!」
 勢いよく立ち上がると、男の子は母の胸に飛び込んだ。
「良かった。心配したのよ」
 母親の目に涙が光った。
 後から、父親と小学生くらいの女の子も近づいて来る。
「もう。すぐどっか行っちゃうんだから」
 姉と見られる女の子が、不機嫌そうに頬を膨らませた。

「お母さん! このお兄ちゃん、凄いんだよ!」
 興奮する息子を「はいはい」と宥め、母親は政宗に向き直った。
「すみません。ちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまって……。さっきすれ違った若い子たちに訊いたら、こっちの方でそれらしき男の子を見たって……」
 申し訳なさそうに眉間に皺を寄せると、「本当にすみませんでした」母親はもう一度頭を下げた。
「いえいえ。別に大したことしてませんし」
 照れ臭そうに頭を掻きながら、政宗が笑った。

「そうだ。ちょっと待ってて」
 父親に颯太を預けると、母親はいそいそとどこかへ駆けて行った。

 観客たちが散り散りに去って行く。暫く待っていると、母親が両手にカキ氷をたずさえ戻って来た。
「これ、お礼です」
「え? いや、俺たち何も……」
 なあ、と政宗が美乃里に視線を投げる。うん、と美乃里も困った顔で頷いた。
「そう仰らずに受け取って下さい。そうしないと私たちの気持ちも収らないので」
 半ば強引に政宗の手にカキ氷を押しつけると、「本当にありがとうございました」母親は深々と頭を下げた。
 それを見て、父親、姉、颯太の順に頭を下げる。そんな親子の姿に、政宗と美乃里も「こちらこそご馳走さまです」と頭を下げた。

「バイバイ。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「バイバイ。颯太くん」
「もう迷子になんなよ」
 三人はそれぞれ右手を合わせてタッチすると、手を振って別れた。
 父親と母親は、二人の子どもたちとそれぞれしっかり手を繋ぎ、何度も頭を下げて歩いて行った。

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