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ポケットの中の気持ち
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楓が店内に足を踏み入れた途端、「いらっしゃい!」と、活気溢れる声があちこちから上がった。
馴染みのバイトたちに「こんばんは」と会釈すると、楓は「待ち合わせで……」と続けた。
「あ、いらっしゃい。楓ちゃん。もうみんな来てるよ」
厨房から、店長が顔を出す。その指が指し示す方に目を向けると、「楓! こっち!」少し腰を浮かせて手を振る美乃里の姿が見えた。
美乃里の声に反応し、政宗と聖も振り返る。
「どうも」と店長に挨拶すると、楓は皆の待つテーブルへと急いだ。
幼稚園実習、前期試験を終え、ようやく待ちに待った夏休みが始まった。
成績はどうあれ再試験は免れた四人は、政宗のバイトする店で打ち上げをする事にしたのだ。もちろん、政宗は休みを取ってある。
「ごめんね、遅くなって。パートの先生のお子さんが熱出して来られなくなったから、途中で抜けられなくて……」
美乃里の隣に腰掛けながら、楓が申し訳なさそうに頭を下げた。
夏休みに入ってからというもの、楓は、毎日のように自宅が経営する保育園でボランティアをしている。時には空き時間に手遊びや絵本の読み聞かせなどもさせてもらえることもあり、着実に保育スキルを身につけてきている。
「すごいよね。ボランティアなんて。夏休み中もずっと実習してるみたいじゃない」
美乃里が感嘆の声を漏らした。
「全然。だって我が家みたいなもんだもん」
あっけらかんと、楓が笑った。
「いいよなぁ。自宅が保育園なんて。毎日遊びたい放題じゃん」
聖が羨望の眼差しを向けた。
「お前の発想は保育園児並だな」
呆れた顔で、政宗がドリンクメニューを楓に渡した。
あはは、と笑いながら、楓は政宗からメニューを受け取った。
「でも実際、小さい頃は楽しかったよ。友だちが毎日遊びに来てくれてる感じ?」
「今もいいだろ? そうやって毎日勉強させてもらえて。かなり恵まれた境遇だと思うけど?」
羨ましそうに政宗が言った。
「まあね。感謝してるよ。あ、そうだ。政宗も夏休み中暇だったら、うちの園で……」
「いらっしゃい、楓ちゃん。はい。おしぼり」
突然、楓の目の前におしぼりが差し出された。
「あ、店長さん」
ありがとうございます、と軽く頭を下げると、楓は店長に微笑んだ。
「いつ見ても可愛いね」
「店長、それセクハラっす」
眉間に皺を寄せ、政宗が苦言を呈した。
「なんだ、妬いてんのか? お前も可愛いねぇ」
「ち、違っ!」
政宗の頭をわしゃわしゃ撫で回すと、「じゃ、ゆっくりしてって」軽くウィンクを一つして、店長は厨房へと戻って行った。
「ったく……。悪りぃな、楓。店長なんか誤解してて……」
ジェルでセットした短髪を両手で握って直しながら、政宗が困ったように顔を歪めた。
「う、ううん。全然」
ほんのり染まる頬を隠すように、楓は下を向いてドリンクを選び始めた。
「楓、よく来るの? この店」
今までの会話から不思議に思った美乃里は、楓と政宗を交互に見た。
「や、別に、よくって訳じゃ……」
視線をメニューに落としたまま、楓が答える。
「そうだな。最近だよな。来るようになったの」
「うん。ようやくお酒が飲めるようになったからね」
楓は五月で二十歳になった。その頃から、月に二、三回のペースで飲みに来ている。
政宗へのほのかな想いを勘付かれたくなくて、楓は今まで、美乃里と聖に言えずにいたのだ。
「ふぅん。店長さんともすっかり仲良しなんだね」
特に気にする風もなく、美乃里が笑った。
「てかさぁ……」
突然、聖が口を挟んだ。
「お前ら二人、付き合ってんの?」
馴染みのバイトたちに「こんばんは」と会釈すると、楓は「待ち合わせで……」と続けた。
「あ、いらっしゃい。楓ちゃん。もうみんな来てるよ」
厨房から、店長が顔を出す。その指が指し示す方に目を向けると、「楓! こっち!」少し腰を浮かせて手を振る美乃里の姿が見えた。
美乃里の声に反応し、政宗と聖も振り返る。
「どうも」と店長に挨拶すると、楓は皆の待つテーブルへと急いだ。
幼稚園実習、前期試験を終え、ようやく待ちに待った夏休みが始まった。
成績はどうあれ再試験は免れた四人は、政宗のバイトする店で打ち上げをする事にしたのだ。もちろん、政宗は休みを取ってある。
「ごめんね、遅くなって。パートの先生のお子さんが熱出して来られなくなったから、途中で抜けられなくて……」
美乃里の隣に腰掛けながら、楓が申し訳なさそうに頭を下げた。
夏休みに入ってからというもの、楓は、毎日のように自宅が経営する保育園でボランティアをしている。時には空き時間に手遊びや絵本の読み聞かせなどもさせてもらえることもあり、着実に保育スキルを身につけてきている。
「すごいよね。ボランティアなんて。夏休み中もずっと実習してるみたいじゃない」
美乃里が感嘆の声を漏らした。
「全然。だって我が家みたいなもんだもん」
あっけらかんと、楓が笑った。
「いいよなぁ。自宅が保育園なんて。毎日遊びたい放題じゃん」
聖が羨望の眼差しを向けた。
「お前の発想は保育園児並だな」
呆れた顔で、政宗がドリンクメニューを楓に渡した。
あはは、と笑いながら、楓は政宗からメニューを受け取った。
「でも実際、小さい頃は楽しかったよ。友だちが毎日遊びに来てくれてる感じ?」
「今もいいだろ? そうやって毎日勉強させてもらえて。かなり恵まれた境遇だと思うけど?」
羨ましそうに政宗が言った。
「まあね。感謝してるよ。あ、そうだ。政宗も夏休み中暇だったら、うちの園で……」
「いらっしゃい、楓ちゃん。はい。おしぼり」
突然、楓の目の前におしぼりが差し出された。
「あ、店長さん」
ありがとうございます、と軽く頭を下げると、楓は店長に微笑んだ。
「いつ見ても可愛いね」
「店長、それセクハラっす」
眉間に皺を寄せ、政宗が苦言を呈した。
「なんだ、妬いてんのか? お前も可愛いねぇ」
「ち、違っ!」
政宗の頭をわしゃわしゃ撫で回すと、「じゃ、ゆっくりしてって」軽くウィンクを一つして、店長は厨房へと戻って行った。
「ったく……。悪りぃな、楓。店長なんか誤解してて……」
ジェルでセットした短髪を両手で握って直しながら、政宗が困ったように顔を歪めた。
「う、ううん。全然」
ほんのり染まる頬を隠すように、楓は下を向いてドリンクを選び始めた。
「楓、よく来るの? この店」
今までの会話から不思議に思った美乃里は、楓と政宗を交互に見た。
「や、別に、よくって訳じゃ……」
視線をメニューに落としたまま、楓が答える。
「そうだな。最近だよな。来るようになったの」
「うん。ようやくお酒が飲めるようになったからね」
楓は五月で二十歳になった。その頃から、月に二、三回のペースで飲みに来ている。
政宗へのほのかな想いを勘付かれたくなくて、楓は今まで、美乃里と聖に言えずにいたのだ。
「ふぅん。店長さんともすっかり仲良しなんだね」
特に気にする風もなく、美乃里が笑った。
「てかさぁ……」
突然、聖が口を挟んだ。
「お前ら二人、付き合ってんの?」
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