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禁断の課外授業
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暫くした後、篠崎はそっと身体を起こした。
「すまない」
美乃里を抱き起こしながら、篠崎は申し訳なさそうに目を伏せた。
「何がです?」
「こんな所で欲情するなんて……。情けない。いい歳して……」
恥ずかしそうに、篠崎が両手で顔を擦った。
「ほんと。こんな所で。悪い先生ですね」
ブラウスの裾を手早く直し、美乃里は子どもの悪戯を嗜めるように、篠崎の顔を覗き込んだ。
「ああ。悪い先生だ」
目尻に皺を寄せ、篠崎が笑った。
陽は既に傾き、造形室の半分が闇に隠れ始めていた。
「それじゃ、気をつけて帰るんだよ」
「はい」
「また時間ができたら、部屋取るから」
篠崎が発した『部屋』という言葉に、美乃里の中の深いところが熱くなる。
「はい……」
物欲しそうな表情を見られたくなくて、美乃里は俯き頬を赤らめた。
「可愛いな。美乃里は……」
ふっと笑うと篠崎は、美乃里を両腕で包み込んだ。
シトラスの香りがふわりと漂い、美乃里の鼻腔を刺激する。その瞬間、目の奥から温かいものが込み上げてきた。
篠崎は決して、『愛してる』とは言ってくれない。美乃里も言わない。
特に約束した訳ではないが、二人の間ではそれが暗黙のルールとなっている。
しかし頭では理解していても、心が勝手に飛び出してしまいそうになることもある。
そんな気持ちを抑え込み、美乃里は、篠崎の背に回した腕に力を込めた。
「どうした? 今日はやけに甘えん坊さんだな」
手のひらで何度か優しく頭を叩いたあと、「近いうちに時間取るから」そっと身体を離し、篠崎は美乃里のふっくらとした唇に自分のそれを重ね合わせた。
「じゃあね」
親指の腹で美乃里の頬をゆっくりなぞると、篠崎は名残惜しそうに入り口へと歩を進めた。
数歩進んでから、「あ、そういえば」突然立ち止まり踵を返すと、篠崎は再び美乃里の元へと戻ってきた。
「お土産。こないだ大阪に出張した時買ってきたんだ」
はい、と篠崎はスラックスのポケットから取り出した小さな袋を美乃里の手のひらに乗せた。
「若い子の好みがわからなくて……」
照れたように頭を掻く篠崎の前で、「開けていいですか?」美乃里は嬉しそうに頬を染めた。
「どうぞ」
「じゃ、遠慮なく」
篠崎に促され、美乃里は赤と白の細かいチェック柄の小袋を開けた。
逸る気持ちを抑えつけ、美乃里は中を覗き込んだ。
「え?」
親指と人差し指でそっと取り出しされたそれは、ボア生地で作られた、たこ焼きのキーホルダーだった。
「ちょっと、子どもっぽかったかな?」
恐る恐る、篠崎が美乃里の顔を覗き込む。
「い、いえ……。嬉しいです。ありがとうございます」
両手でキーホルダーを包み込み、美乃里はにっこり笑った。
「そうか。良かった、気に入ってくれて」
チラリと時計を見たあと、「マズい。そろそろ行かないとまた呼び出される」じゃあまた、と軽く手を上げ、篠崎は慌てて出て行った。
暫く篠崎の残像を目で追った後、美乃里は大きく溜息をついた。
そっと両手を開くと、ソースを塗った頭に紅生姜と青のりを散らしたボア生地のたこ焼きが顔を覗かせる。
「先生にとって私って……?」
まるで幼い子どもに渡すようなその土産を見つめ、美乃里は呆然と立ち尽くしていた。
闇が身体をすっぽりと覆い尽くすまで、美乃里はその場を動けずにいた……。
「すまない」
美乃里を抱き起こしながら、篠崎は申し訳なさそうに目を伏せた。
「何がです?」
「こんな所で欲情するなんて……。情けない。いい歳して……」
恥ずかしそうに、篠崎が両手で顔を擦った。
「ほんと。こんな所で。悪い先生ですね」
ブラウスの裾を手早く直し、美乃里は子どもの悪戯を嗜めるように、篠崎の顔を覗き込んだ。
「ああ。悪い先生だ」
目尻に皺を寄せ、篠崎が笑った。
陽は既に傾き、造形室の半分が闇に隠れ始めていた。
「それじゃ、気をつけて帰るんだよ」
「はい」
「また時間ができたら、部屋取るから」
篠崎が発した『部屋』という言葉に、美乃里の中の深いところが熱くなる。
「はい……」
物欲しそうな表情を見られたくなくて、美乃里は俯き頬を赤らめた。
「可愛いな。美乃里は……」
ふっと笑うと篠崎は、美乃里を両腕で包み込んだ。
シトラスの香りがふわりと漂い、美乃里の鼻腔を刺激する。その瞬間、目の奥から温かいものが込み上げてきた。
篠崎は決して、『愛してる』とは言ってくれない。美乃里も言わない。
特に約束した訳ではないが、二人の間ではそれが暗黙のルールとなっている。
しかし頭では理解していても、心が勝手に飛び出してしまいそうになることもある。
そんな気持ちを抑え込み、美乃里は、篠崎の背に回した腕に力を込めた。
「どうした? 今日はやけに甘えん坊さんだな」
手のひらで何度か優しく頭を叩いたあと、「近いうちに時間取るから」そっと身体を離し、篠崎は美乃里のふっくらとした唇に自分のそれを重ね合わせた。
「じゃあね」
親指の腹で美乃里の頬をゆっくりなぞると、篠崎は名残惜しそうに入り口へと歩を進めた。
数歩進んでから、「あ、そういえば」突然立ち止まり踵を返すと、篠崎は再び美乃里の元へと戻ってきた。
「お土産。こないだ大阪に出張した時買ってきたんだ」
はい、と篠崎はスラックスのポケットから取り出した小さな袋を美乃里の手のひらに乗せた。
「若い子の好みがわからなくて……」
照れたように頭を掻く篠崎の前で、「開けていいですか?」美乃里は嬉しそうに頬を染めた。
「どうぞ」
「じゃ、遠慮なく」
篠崎に促され、美乃里は赤と白の細かいチェック柄の小袋を開けた。
逸る気持ちを抑えつけ、美乃里は中を覗き込んだ。
「え?」
親指と人差し指でそっと取り出しされたそれは、ボア生地で作られた、たこ焼きのキーホルダーだった。
「ちょっと、子どもっぽかったかな?」
恐る恐る、篠崎が美乃里の顔を覗き込む。
「い、いえ……。嬉しいです。ありがとうございます」
両手でキーホルダーを包み込み、美乃里はにっこり笑った。
「そうか。良かった、気に入ってくれて」
チラリと時計を見たあと、「マズい。そろそろ行かないとまた呼び出される」じゃあまた、と軽く手を上げ、篠崎は慌てて出て行った。
暫く篠崎の残像を目で追った後、美乃里は大きく溜息をついた。
そっと両手を開くと、ソースを塗った頭に紅生姜と青のりを散らしたボア生地のたこ焼きが顔を覗かせる。
「先生にとって私って……?」
まるで幼い子どもに渡すようなその土産を見つめ、美乃里は呆然と立ち尽くしていた。
闇が身体をすっぽりと覆い尽くすまで、美乃里はその場を動けずにいた……。
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