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楓
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「あら、安塚さん。いつもすみません」
スーパーの袋に入ったモロヘイヤを受け取りなら、母が頭を下げた。
「いいのよ。さすがにうちもこんなに食べきれないから。貰ってくれると助かるわぁ」
大きな腹を上下させ、安塚が笑った。
安塚の家は、この寺の檀家だ。
寺の台所は常に檀家の人が出入りする為、プライベートが殆ど無い。
楓の母も嫁に来た当初はかなり戸惑ったが、さすがに今は慣れたものだ。
「それより聞いてよ。うちの旦那ったら……」
早速始まった愚痴話にも、「どうぞ掛けて」と椅子を進めながら、お茶の用意をし始めた。
これはかなりの長丁場になりそうだ。
楓はお茶と一緒にカツ丼を胃の中に流し込むと、「ごちそうさま」と席を立ち、素早く食器を片付けた。
「あら、ごめんなさいね。なんだか追い出しちゃったみたいで」
少しも悪びれた様子もなく、安塚が笑う。
「いえいえ。ごゆっくり」
笑顔で返すと、楓は二階の自室へと向かった。
「ふう……」
自室のドアを閉めた途端、深いため息が口をついた。
楓はお団子状に束ねられた髪に手を掛けると、一気にそれほどいた。
ヘアゴムを引き抜いた途端、癖のついた長い髪がバサリと落ちる。急に与えられた開放感に地肌が緩み、痒みを覚えた。
両手でわしゃわしゃと頭を掻きながら、楓はベッドに雪崩れ込んだ。
「いい人……か」
天井を見つめ、ぽつり呟く。
楓の脳裏に、政宗と交わしたあの日の会話が蘇った。
あの日……。
政宗のバイト帰りに二人で歩いた僅かな時間……。
以前から政宗にほのかな恋心を抱いていた楓だったが、老舗酒蔵の跡取り倅だと知ってからは、気持ちにブレーキをかけていた。楓の相手は、寺を継いでくれる人でなければならないからだ。
しかしあの日、政宗は家業を継がないと言っていた。そうなれば、婿養子になることも可能である。
いずれは僧侶となり寺を継いでくれるのなら、それは楓にとって願ってもない幸せだ。
あの瞬間、楓の胸に僅かな希望が宿った。
それなのに……。
『アイツは基本、来るもの拒まずだし。楓なら案外、喜んで飛びつくんじゃね? お前結構、男共に人気あるし』
なんて、随分酷い振られ方だ。
「いや、振られてすらいないのか」
楓はひとりごちると、自嘲気味に笑った。
目を閉じると、政宗の皮肉っぽい笑みが浮かんでくる。
切れ長の細い目を意地悪そうに歪め、笑いを含んだ薄い唇から、とどめの一言が繰り出される。
しかし、楓は知っている。
政宗の皮肉っぽい瞳の向こうに、優しい光が宿っている事を。
仲間思いで、困った時にはさり気なく手を差し伸べてくれる事を。
時折見せる無防備な笑顔が、誰よりも輝いている事を。
そんな政宗に、楓は惹かれた。
「政宗……」
小さく呟いたあと、楓は、深い眠りに落ちていった……。
スーパーの袋に入ったモロヘイヤを受け取りなら、母が頭を下げた。
「いいのよ。さすがにうちもこんなに食べきれないから。貰ってくれると助かるわぁ」
大きな腹を上下させ、安塚が笑った。
安塚の家は、この寺の檀家だ。
寺の台所は常に檀家の人が出入りする為、プライベートが殆ど無い。
楓の母も嫁に来た当初はかなり戸惑ったが、さすがに今は慣れたものだ。
「それより聞いてよ。うちの旦那ったら……」
早速始まった愚痴話にも、「どうぞ掛けて」と椅子を進めながら、お茶の用意をし始めた。
これはかなりの長丁場になりそうだ。
楓はお茶と一緒にカツ丼を胃の中に流し込むと、「ごちそうさま」と席を立ち、素早く食器を片付けた。
「あら、ごめんなさいね。なんだか追い出しちゃったみたいで」
少しも悪びれた様子もなく、安塚が笑う。
「いえいえ。ごゆっくり」
笑顔で返すと、楓は二階の自室へと向かった。
「ふう……」
自室のドアを閉めた途端、深いため息が口をついた。
楓はお団子状に束ねられた髪に手を掛けると、一気にそれほどいた。
ヘアゴムを引き抜いた途端、癖のついた長い髪がバサリと落ちる。急に与えられた開放感に地肌が緩み、痒みを覚えた。
両手でわしゃわしゃと頭を掻きながら、楓はベッドに雪崩れ込んだ。
「いい人……か」
天井を見つめ、ぽつり呟く。
楓の脳裏に、政宗と交わしたあの日の会話が蘇った。
あの日……。
政宗のバイト帰りに二人で歩いた僅かな時間……。
以前から政宗にほのかな恋心を抱いていた楓だったが、老舗酒蔵の跡取り倅だと知ってからは、気持ちにブレーキをかけていた。楓の相手は、寺を継いでくれる人でなければならないからだ。
しかしあの日、政宗は家業を継がないと言っていた。そうなれば、婿養子になることも可能である。
いずれは僧侶となり寺を継いでくれるのなら、それは楓にとって願ってもない幸せだ。
あの瞬間、楓の胸に僅かな希望が宿った。
それなのに……。
『アイツは基本、来るもの拒まずだし。楓なら案外、喜んで飛びつくんじゃね? お前結構、男共に人気あるし』
なんて、随分酷い振られ方だ。
「いや、振られてすらいないのか」
楓はひとりごちると、自嘲気味に笑った。
目を閉じると、政宗の皮肉っぽい笑みが浮かんでくる。
切れ長の細い目を意地悪そうに歪め、笑いを含んだ薄い唇から、とどめの一言が繰り出される。
しかし、楓は知っている。
政宗の皮肉っぽい瞳の向こうに、優しい光が宿っている事を。
仲間思いで、困った時にはさり気なく手を差し伸べてくれる事を。
時折見せる無防備な笑顔が、誰よりも輝いている事を。
そんな政宗に、楓は惹かれた。
「政宗……」
小さく呟いたあと、楓は、深い眠りに落ちていった……。
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